第十一話:暴走する解放と、残虐なる戴冠
指導者を失った暴力は、もはや誰にも制御できなかった。
バマー’の城門は、人間解放連盟(HLL)の怒号と共に内側から破られた。怒りと憎悪を糧に膨れ上がった群衆のエネルギーは、もはや「自由」を求める運動ではなく、血を求める「荒んだ欲望」へとその姿を変えていた。
「城を落とせ! 亜人の王を引きずり出せ!」
その巨大な人の波に、偶然居合わせたユウサクは呑み込まれていた。
ユウサク「ちょ、ちょっと待ってください。押さないで……痛い、足踏んでるって!」
抵抗も虚しく、ユウサクは狂乱する HLL のメンバーに背中を押され、最前線へと押し出される。たどり着いたのは、豪華絢爛な装飾が施されたバマー王の謁見の間だった。
招かれざる最前線
ユウサク「……はい?」
目の前には、震える手で槍を構えるわずかな近衛兵たち。その奥、玉座の横で腰を抜かし、ガタガタと震えているバマー王の姿があった。
ユウサクは、自分がなぜこの血気盛んな集団の先頭に立っているのか、全く理解できていなかった。
ユウサク「(いや……俺、当事者じゃないんだけどな。ただの通りすがりの人間……とにかく、関係ないのに……)」
逃げようにも、背後の群衆は興奮の極致に達しており、退路は完全に塞がれていた。
王様「……もう、誰にも止められませんよ……」
王は絶望に濁った瞳で、城内に雪崩れ込む人間たちの波を見つめていた。その声には、自らが築き、維持してきた支配システムが、最も野蛮な形で崩壊していくのを悟った者の諦念が混じっていた。
勘違いの英雄戴冠
混乱が頂点に達したその時、誰かが叫んだ。
「見ろ! あの男が王を追い詰めたぞ!」
「槍の群れを潜り抜け、単身で謁見の間へ乗り込むとは……あいつこそが真の勇者だ!」
ユウサクが「いや、押されただけです」と言おうとした瞬間には、すでに遅かった。
群衆の目に映っていたのは、無数の兵士が倒れる中、ただ一人毅然と(実際には困惑して呆然と)王の目の前に立つユウサクの姿だった。
ユウサク「ん?? え、俺……?」
「王を討ち取った英雄だ! 人間の新しいリーダー万歳!!」
もはや個人の識別や事実確認など、この狂乱の渦の中では無意味だった。
ユウサクは逃げる間もなく大勢の男たちに担ぎ上げられ、わっしょいわっしょいと広場へ向かって運び出された。どさくさに紛れた完全なる誤解。だが、一度火がついた群衆の「勢いの波」を止める術は、もはや誰にも残されていなかった。
断頭台の主賓と、月からの使者
再び夜の広場。そこには急造の断頭台が設置されていた。
ユウサクは「英雄」として、群衆の肩の上からその凄惨な光景を見下ろす形となった。そのすぐ下では、バマー王が乱暴に引きずり出され、断頭台へと跪かされている。
ユウサク「(待て待て待て、これ俺が合図とかしなきゃいけない雰囲気か……? 俺、本当に何もしてないんだけど……)」
隣で震える王が、肩の上で担がれるユウサクを怨めしげに見上げる。
バマーの夜を焦がす炎が、断頭台の刃を赤く染め上げる。自らが望まぬまま「革命の象徴」として担ぎ上げられたユウサクが、いよいよ覚悟を決めようとしたその時だった。
「やめろぉぉぉーーーー!!!」
広場に響き渡ったのは、必死さと羞恥が入り混じった、聞き覚えのある叫びだった。
屋根の上から、レオタード姿にマスクという、相変わらず正気を疑う格好のヴァレリアが躍り出た。
ヴァレリア「わ、私は人間仮面美少女の戦士、月からきた使者だ!!! お前たち、神にかわってお仕置きよーーー!!!」
あまりの勢いに群衆が呆気にとられる中、ユウサクだけは、担がれたまま冷静に心の中でツッコミを入れていた。
ユウサク「(……待て、口上がどんどん変わって大袈裟になってないか? さっきまでただの『人間仮面』だったじゃん……)」
拒絶と降臨
当のヴァレリアは、そんなユウサクの視線に気づく余裕もない。マスクの下で滝のような汗を流し、ヤケクソ気味にポーズを決めていたが、返ってきたのは喝采ではなく、地を飛ぶような罵声だった。
「亜人の味方をするのか! 貴様、人間のくせにどうしてだぁ!!」
「裏切り者め! その化け物じみた女も王と一緒にギロチンにかけろ!」
逆巻く群衆のブーイングが、ヴァレリアを、それ担ぎ上げられたユウサクを包囲する。
だが、その醜悪な怒号を、突如として訪れた「静寂」が塗りつぶした。
「おい、見ろ! そらを!」
一人が指をさし、その指を追うように何百という視線が天空へと向けられた。
唐突に空が暗くなり、分厚い雲がバマーの街を覆い尽くす。
広場を照らしていた火の手さえも、その圧倒的な威圧感に押し潰されたかのように、勢いを失った。
ヴァレリア「……なんだあれ。あんなの、見たことない……」
天空から、ゆっくりと何かが降りてくる。
それは、白磁のように滑らかな肌を持っていた。しかし、その肌の内側からは、熱を帯びた透明な「竜の鱗」が脈打つように透けて見え、背中からは巨大な黒い皮膜の翼がバサリと大きく広がっている。一糸まとわぬ裸体のまま舞い降りるその異形は、恐ろしくもあり、同時に直視できないほどに美しかった。
魔王の妃、シズク
地におりたった『美しき絶望』は、黒い翼を静かにたたみ、混乱に震える群衆を見渡した。
「……われは魔王の妃、シズク。魔王の嘆きの涙から生み出されたもの。お前たちの嘆きと、憎しみのなかのカオスの渦から生まれしものなり」
彼女がその名を告げた瞬間、それを合図としたかのように、上空で待機していた翼竜たちが一斉に咆哮した。
凄まじい破壊が始まった。翼竜たちは広場の周りの建物を次々と破壊し、口から猛烈な火の玉を吐き出す。逃げ惑う人間や亜人を空から強襲し、そのまま食らいつく竜さえいた。
広場は一瞬にして、炎と絶叫、そして肉を裂く音が支配する地獄へと変わった。
その虐殺の嵐の中、ただ一人、ヴァレリアが地を蹴った。
羞恥も焦りも、その瞬間の彼女にはなかった。ただ目の前の「絶対的な悪」を止めるという本能だけが、彼女の体を動かした。
「はああああああっ!!!」
ヴァレリアはシズクの懐へ深く踏み込み、腰の剣を抜き放つと、その白磁の胸元へと深く、深く突き立てた。
シズク「……が、はっ……!」
シズクの口から、鮮やかな赤が吹き出した。
だが、彼女は苦悶に顔を歪めるのと同時に、どこか芝居がかった、よく通る声で高らかに叫んだ。
シズク「……素晴らしい。こんなに強い勇者が、人間のなかにいたのか。これほどまでに強い人間が、この世界に……っ!」
胸を貫かれたまま、シズクはヴァレリアを凝視した。その瞳には、血の熱さとは裏腹な、どこか冷静さがあるようにも見えた。
シズク「お前の名は……なんという?」
ヴァレリア「……ヴァレリア、ヴァレリアだ!!!」
その叫びを聞き届けると、シズクは不敵な笑みを浮かべ、突き刺さった剣を自ら引き抜くようにして後退した。彼女は背後のドラゴンの背に飛び乗ると、傷を抑えることもなく、そのまま夜の空へと消えていった。
残されたのは、燃え盛る街と、返り血を浴びて立ち尽くすレオタード姿の勇者。
そして、担ぎ上げられたまま「シズク」という名に聞き覚えを感じ、動揺を隠せないユウサクだけだった。
(第十一話 終了)
第十一話 あとがき
シズクが空へと消え、翼竜たちが撤退を始めると、広場を支配していた狂気はようやく鎮まりを見せた。
断頭台に跪かされていたバマー王は、間一髪でその首を繋ぎ止め、近衛兵たちの手によって解放された。彼は震える膝を叩き、ゆっくりと立ち上がると、自分を取り囲む群衆の視線に気づいた。
群衆の瞳に宿っていたのは、もはや一方的な憎悪ではなかった。彼らは呆然と呟く。
「……非力な人間が、あの恐ろしい魔王の妃を倒したぞ……」
ライオンによく似た、威厳ある鬣を持つバマー王は、返り血を浴びたヴァレリアを、そして困惑したまま担ぎ上げられているユウサクをまっすぐに見据え、深く頷いた。
「……わかった。認めよう。人間はもはや、ただ管理されるだけの家畜ではない」
王の声は、広場の隅々にまで響いた。
「見直そう。グロリア法を。人間を縛り付けてきたあの忌々しい掟を……この国は改めることを約束する」
だが、その宣言が即座に理想的な平和をもたらしたわけではなかった。
この日を境に、バマー王国と人間解放活動連盟(HLL)の間には、百年にわたる泥沼の歴史が刻まれることとなる。法は見直された。しかし、一度燃え上がった差別と憎悪の残り火は、新たな「対等な敵対関係」という名の火種へと形を変えただけだった。
人間と亜人種。両者は常に小競り合いを繰り返し、互いに牙を剥き出しにしたまま、終わりのない争いの中に身を投じていくことになったのである。
(第十一話 終了)




