第九話:復讐の連鎖と、燃えるバマー
バマーは、もはや石畳の美しい街ではなかった。
空を焦がす黒煙と、鼻を突く血の臭い。街は一瞬にして「混乱の極み」へと叩き落とされていた。
ユウサクたちが仕掛けていた「ヒーロー作戦」——人型竜による小規模な狂言——とは全く無関係に、人間解放連盟(HLL)による本格的な武力行使が始まった。それは積年の恨みを晴らすための、徹底的かつ組織的な殲滅戦だった。
「逃がすな! 亜人のガキを殺せ! 根絶やしにするんだ!」
路地裏では、人間たちによる「亜人種狩り」が狂ったように行われていた。
特に、抵抗する力のない弱いものたちがターゲットになっていった。数日前まで怯えて右側を歩いていた人間たちが、今は剥き出しの殺意を持って、逃げ惑う亜人の子供たちを追い回している。
支配する側が入れ替わっても、行われるのは常に「弱者への蹂躙」だった。それは、この世界の支配構造が逆転しただけで、本質的な「残虐さ」は何ら変わっていなかった。
二代目ゼットの咆哮
町の中心、血に染まった広場には、処刑された先代ゼットの意志を継ぐ「二代目ゼット」が壇上に立っていた。
彼は燃え盛る建物を背景に、狂気すら感じさせる声で叫び続けている。
ゼット「……聞け! 傲慢なる亜人どもよ! これが、おれたちの積年の憎しみだ!」
ゼットの瞳には、かつて自分の息子を奪われた時の絶望が宿っていた。
ゼット「お前たちは忘れたのか!? 息子の未来を奪い、おもしろいからというだけの理由で女を犯し、食い物にしたことを! おれたちを家畜と呼び、その尊厳を泥靴で踏みにじってきたことを! おれたちは、一瞬たりとも忘れてはいないぞ!!」
その叫びは、広場を埋め尽くす人間たちの怒号となって跳ね返る。
ゼット「同じ思いをするがいい! お前たちの妻が、子の、絶望の中で命を乞う姿を、その目に焼き付けて死ぬがいい! 今日、このバマーは人間のものとなる!!」
交差する狩猟
町中に火が放たれ、歴史ある建物が崩落していく。「亜人種狩り」を行う人間たちと、それに応戦する亜人の守備隊。バマーは巨大な火葬場と化した。
拠点のボロ家からその光景を眺めていたユウサクは、立ち上る火柱を見つめていた。ユウサクの「ヒーロー作戦」など、この巨大な憎しみの濁流の前では、児戯にも等しい小さな波風でしかなかったのだ。
ヴァレリア「……やめさせなきゃ。こんなの、解放じゃない……ただの虐殺よ!」
ヴァレリアは震える手で剣を掴み、飛び出した。
人間美少女仮面、再臨
路地の奥。そこには、かつてユウサクが「芝居」のターゲットにした、あのウサギ族の少女の姿もあった。彼女は逃げ場を失い、泣き叫びながら地面を這ったが、背後から迫る「人間」の男たちの斧に容赦なく切り伏せられようとした、その時。
「いたいけな少女を襲う悪者よ! この美少女仮面が、神に代わってお仕置きよ!!!」
屋根の上から、レオタード姿にマスクをつけたヴァレリア——人間美少女仮面が舞い降りた。
「にんげん――きーーーっく!!」
ドゴォッ! と凄まじい衝撃音が響き、少女を殺そうとした「人間」たちがまとめて吹き飛ぶ。
「な、なんだお前は!? 人間か!? なぜ亜人を助ける!」
男たちが怒声を上げるが、ヴァレリアは答えなかった。彼女は震えるウサギの少女を抱きかかえ、その豊満な胸に強く押し付けた。
ヴァレリア「……ごめん。ごめんね……っ」
ヴァレリアは、レオタードを涙で濡らしながら泣いていた。
この地獄を、この歪みを産んだのは誰か。人間を虐げた亜人種か、あるいは今、復讐に狂う人間か。
いいや、そのどちらもだ。両者が共鳴するように憎しみを増幅させ、この醜い社会の歪みを作り上げてきた。そして、その歪みのしわ寄せは、いつだって抵抗する術を持たない、この少女のような「弱者」にばかり押し付けられる。
どちらの側につこうと、結局は誰かが生贄になるこの世界の理。そのたまらなさと、一員としてここに立っている自分自身の無力さに、彼女は震える声で、謝罪を繰り返すしかなかった。
(第九話 終了)




