第八話:プロジェクト『正義のヒーロー・輝け人類』
かつて差別を受け、一行が騒動を起こして逃げ出した街――バマーに、三人は再び降り立った。豊かな実りを見せる農村の風景を抜け、辿り着いたのは石畳が整然としきつめられた美しい街並みが広がる中心部だ。
ここは一行が魔法都市ひどうんを訪れる前に迫害を受け、大規模な騒動を起こして逃げてきた因縁の国である。現在、この場所では「亜人種から解放運動をする人間族がいる」という噂が囁かれている場所だ。
夕闇が迫り、空が紫から群青へと溶け始める頃。
街の喧騒から少し離れた路地裏で、三人は「作戦」の最終確認を行っていた。
ネネ「……本当に、これでうまくいくんでしょうね?」
ネネはその小さな手に、自作の変化する杖を握りしめていた。魔法の極致を理解する彼女が、あり合わせの素材と高度な理論を組み合わせて作り上げた、外見を自由に変えるマジックアイテムだ。
ユウサク「ああ、だいじょうぶだ。重要なのは『恐怖』と『希望』のコントラストですよ」
ユウサクは事も無げに言った。
今回の作戦の肝は、解放同盟とは別軸で動き、人間に「圧倒的なヒーロー」という既成事実を植え付けること。題して、プロジェクト『正義のヒーロー・輝け人類』作戦だ。
ネネ「私は亜人種に化けて拠点の確保に向かうわ。あとの二人は……せいぜい頑張りなさいよ。特にユウサク、あんたの役は適任ね」
ユウサク「ひどい言い草だ。……それじゃ、いくぞ」
ユウサクがネネの変化する杖を手に取ると、魔法の光が彼を包み込んだ。
瞬く間に、ユウサクの体躯は膨れ上がり、筋肉質で禍々しい鱗に覆われている。二メートルはあろうかという、大きな人型の竜への変身。
ユウサクは建物のかげにかくれ、獲物を定めた。ターゲットはウサギ族の少女だ。
脚本通りの蹂躙
バマーの広場近く。一人のウサギ族の少女が、家路を急いでいた。
そこへ、路地裏から突如として巨大な影が飛び出した。
「きゃあああああッ!?」
背後からだきつき、きゃーーと悲鳴を上げる少女。
ユウサクはその胸を後ろから、もみもみと弄ぶ。
ユウサク「わはははは! たべちゃうぞ」
ユウサクは首筋をなめる。役にノリにノっていた。
少女が涙を浮かべて震え、周囲の亜人たちがパニックに陥る。
そこに現れたのは、レオタード姿のヴァレリアだった。
あまりに露出度の高い格好に、彼女は顔を耳のまで真っ赤に染め、今にも逃げ出したい羞恥心を必死にこらえている。プルプルと震える太ももを隠すように片手で押さえながら、建物の屋根から必死の形相で見下ろしていた。
人間仮面、参上
「そ、そこの変態! か弱きものを襲う卑劣なやつめ。この人間仮面が、神にかわっておしおきよ!!」
ヴァレリアは、羞恥を振り払うようにヤケクソ気味な声を張り上げ、屋根を蹴ってダイブした。
「にんげんーーきーーーっく!!」
ごろごろ転がるユウサク。小声で叫ぶ。
ユウサク「(てかげんしろって……)」
いたそばから、ぱんちが飛ぶ。ごろごろ。
「なにごとだ!!」
騒ぎを聞きつけ、兵士が駆けつける。
ユウサク「それ、てっしゅうだ」
人型竜は壁を飛び越え、人間仮面もまた、顔を覆い隠しながら鮮やかに姿を消した。
バマーの夜に、奇妙な伝説の第一歩が刻まれた。
手ぬるい脚本
その後、拠点のボロ家で作戦会議を開いたが、ネネの表情は険しかった。
ネネ「……効果が感じられないわね。何度か繰り返したけど、街の反応が薄いわ」
ユウサク「いや、結構な騒ぎにはなってましたよ?」
ネネ「甘いわ。手ぬるすぎるのよ。もっと『残虐な影』が必要だわ。今のままじゃ、ただの露出狂とトカゲの喧嘩よ。やれ、もっと残酷に」
ネネは冷ややかな瞳で、ユウサクに詰め寄った。その小さな体から漏れ出すプレッシャーに、ユウサクは冷や汗を流す。
ユウサク「もっと残酷にって言われても……」
ヴァレリア「ちょっと待ちなさいよネネ! これ以上ひどいことさせる気? ヴァレリアは絶対に反対よ! 人間を救うための活動なのに、ユウサクに非道なことをさせるなんて本末転倒じゃない!」
ヴァレリアはヴァレリアで、正義感からユウサクを厳しく制止する。
ユウサク「…………」
「もっと残酷にしろ」と迫るネネ。
「ひどいことはするな」と叱るヴァレリア。
二人の板挟みにあったユウサクの頭は、完全にこんがらがっていた。正義のヒーローを演出するための「悪」の匙加減。そのあまりにも高いハードルに、元魔王は深いため息をつくしかなかった。
(第八話 終了)




