第七話:神童の過去と卵の冗談
一週間の地獄のような「奉仕活動」がようやく終わり、一行は排水溝の底から引き上げられた。辿り着いたのは、魔法都市ひどうんの最高学府。魔術学校の最上階にある院長執務室だった。
部屋には高級な香の匂いが漂っているが、それでも三人の体から染み付いた「あの臭い」を完全に消し去ることはできていない。
ユウサク「……いやぁ、ヴァレリアさん。そのかみにこびりついたヘドロのにおいもたまりませんね」
ユウサクは鼻をつまむジェスチャーをしながら、ヴァレリアをからかった。
ヴァレリア「……うるさいわね! お風呂には三回入ったわよ! それに、ユウサクだってまだドブネズミみたいな臭いがしてるじゃない!」
ヴァレリアは顔を真っ赤にして反論した。勇者としての威厳は、ヘドロの前に完全敗北を喫していた。
魔術院長グレゴリオ
ひげのおじさんは、この魔術院の院長グレゴリオと名乗った。彼は一行に淹れたてのハーブティーを運ばせながら、ネネに向かって深々と頭を下げた。
グレゴリオ「もう何年たつでしょう。ネネどのが13歳のころ、この『ひどうん』へ留学におとずれたのは。そのときから神童といわれていましたが、留学してからはオリジナル魔法をつぎつぎとあみだされ、すべての書物をりかいされ、たった三年でそつぎょうし、その後一年かんのあいだ魔法を教わりました」
魔術都市の最高権威である院長が、一介の少女であるネネを「師匠」と仰ぐ理由。それは、彼女が魔法という概念そのものを書き換えてしまうほどの天才だったからだ。
親の冗談、拾われた二人
ユウサクは、ネネの隠されたエリート街道ぶりに呆気に取られていた。
ネネ「……はずかしいからあんまりじぶんのこといってなかったんだけど、わたし、ひろわれたの。……今の親にひろわれたの」
ネネはティーカップに視線を落としたまま、真面目な顔をして続けた。
ネネ「ひろったときは大きなたまごだったんだって。まじめなかをおしていう、バカなおやだったんだ。魔術の才能があるってさわぎになって、もったいないからって留学してたの」
その告白を聞いて、ヴァレリアがはっとしたように顔を上げた。
ヴァレリア「……実は、私もなの。私も、拾われた子なのよ」
ユウサク「え、ヴァレリアさんまで?」
ヴァレリア「ええ。うちの親も冗談交じりにいつも言っていたわ。『お前は英雄になる定めの子だ。神様がつかわしたものなのだから』って。……ただの拾い子をその気にさせるための、田舎の親の精一杯のハッタリだと思ってたけど」
拾われた「卵」と、天からつかわされた「英雄」。二人の出自に共通する奇妙な符合に、ユウサクは首をかしげた。
ユウサク「……ほう、たまごに神様、ねぇ……」
滅びゆく世界の情勢
談笑していた空気を切り裂くように、グレゴリオが不意に表情を曇らせた。
グレゴリオ「しかし、ネネどの。最近、中原に魔王があらわれたとの噂が、まことしやかにささやかれていまして。いくつかの村や都市が一夜にして虫や機械の軍勢に滅ぼされたとか。いま、亜人種の人間狩りが苛烈をきわめるさなか、まおうとは……」
グレゴリオは深く、重いため息をつき、窓の外を眺めた。
グレゴリオ「しかしわれわれは魔王退治より、まずは目先の亜人を何とかせねば。人間はもうほろぶのもじかんの問題でしょう」
ユウサクは、おもむろに首をかしげた。
「魔王・・ はて なんだっけ」
解放への依頼
ネネ「……で、なにようなの。相談はなんなの」
グレゴリオ「亜人種討伐の遠征にさんかしてほしいのです。国としてでなく、あくまで解放同盟としてさんかして、かれらの運動をもりあげてほしい。人間は脅威である、有能であるとみせつけてほしいんです」
グレゴリオの声には、悲痛な願いがこもっていた。
グレゴリオ「全て壊せというわけではありません。憎しみは憎しみをよび、どろぬまかします。人権の啓もうのきっかけをつくって、人間狩りをなくしたいのです」
正義のヒーロー作戦
重苦しい沈黙が流れる中、ユウサクがひょいと手を挙げた。
ユウサク「それなら、もっといいほうほうがありますよ。『正義のヒーローさくせん』です」
場違いなほど軽薄な、だが自信に満ちた響き。
一同「なにそれ」
一同の冷ややかな、それでいて純粋な疑問の声が重なった。
(第七話 終了)




