第四話 勝ち取るべき権利と、勇者の証明
広場を支配していたのは、もはや「法」ではなく、剥き出しの殺意だった。
壇上の中央、人間解放同盟のリーダー・ゼットの胸を、数本の槍が無慈悲に貫いていた。串刺しにされ、逃げ場を失った彼は、口から溢れる熱い鮮血を撒き散らしながらも、その視線だけは決して屈していなかった。
ゼット「……笑うがいい、亜人ども……! 俺一人を殺したところで、何も終わりはしない……!」
彼は肺に残った最期の空気を絞り出し、天を仰いで咆哮した。
ゼット「俺の屍を越えて、第二、第三のゼットが現れるだろう……! 虐げられた者の怒りは消えない! 正義の鉄槌を、亜人種に刻み込むまで……ッ!!」
それが、一人の男が「人間」として尊厳を叫んだ最期の言葉だった。ゼットの瞳から光が消え、その体は冷徹な槍に支えられたまま絶命した。しかし、その死に顔には、何かをやり遂げた男の凄絶な満足感が刻まれていた。
混迷の一夜
「わあぁぁぁ!! ゼットがやられたぞ!」
「殺せ! 亜人どもを一人残らず引きずり下ろせ!」
絶言が地響きとなって広場を揺らした。混乱の最中、数人の男たちが壇上に駆け上がる。
「今のうちだ、鎖を切れ! 勇者を死なせるな!」
「……くそ、この鍵、外れない! ヴァレリア, どいてろ、叩き切る!」
火花と共に重い鎖が地面に落ちる。解放軍の男が、ユウサクの肩を強く突き飛ばした。
「行け! 後のことは俺たちが引き受ける! 走れ! 生き延びろ、勇者!!」
背後で肉を裂く音と断末魔が響く。ユウサクたちは泥を蹴り、叫び声の渦を切り裂いて走り出した。だが、逃げ込んだ路地にも「絶望」は満ちていた。
「……何だ、この冷気は。……おい、見ろ! あれは……!」
「嘘だろ。昨日俺が鞭で打ったガキだ。……あ、あいつ、死んだはずじゃ……!」
亜人の衛兵たちが、腰を抜かして後退りする。暗闇から現れたのは、ネネが呼び戻した「不死の軍勢」だった。
ネネ「……ふふ。死ねばみんな一緒よ。自分たちを『モノ』扱いして捨てた、あんたたちを冥府へ招待してあげる」
屍たちは言葉を持たず、ただ執念だけで衛兵の喉元に食らいついた。
「来るな! 来るなよ!」
「助けてくれ、頼む! 悪かった、俺が間違って……ぎゃあああッ!」
闇の中から聞こえるのは、不死の怪物に食われる者の悲鳴だけではない。極限の恐怖は、生き残った者たちの理性を焼き切り、醜い生存本能を剥き出しにさせた。
「お前、仲間だろ! なぜ俺を刺す! どけ、そこは俺が通る道だ!」
「仲間なもんか! 俺はただ、俺とこの子を守るだけで精一杯なんだよ! 死にたくなければ、あいつらの餌食になって時間を稼げ!」
逃げ惑う群衆の中で、昨日まで隣り合っていた者たちが、ただ自分が助かるために剣を向け合い、突き飛ばし合う。
夜通し、街の至る所で罵声と打突音が響き続けた。正義も、大義も、もはや誰の頭にもなかった。
「夜が……明けるのか?」
ユウサクが微かに漏らした。
東の空から差し込む第一条の光。それまで狂ったように動いていた不死の軍勢は、陽光に晒された雪のように、静かに、そして儚く霧散していく。
「消えていく……。みんな、いなくなるのか……」
後に残されたのは、真っ黒に焦げた建物の骸と、静まり返った瓦礫の山だけだった。
勇者の証明
朝焼けに照らされた街は、数え切れないほどの犠牲者で溢れていた。
崩れ落ちた広場の噴水の縁に腰を下ろし、ヴァレリアは血と砂に汚れた自分の拳を、震える目で見つめていた。救世主として戦ったはずの街は瓦礫と化し、守りたかったはずの人々は、昨日まで同じ空気を吸っていた者たちを殺し尽くした。
ユウサク「……ヴァレリアさん」
ユウサクが、煤けた顔で彼女の隣に座った。彼は、ただ静かに遠くの火の手を眺めている。
ユウサク「自分たちの権利ってのは……誰かに守ってもらうものじゃない。自分たちの手で、血を流して勝ち取るもんなんですよ。……たぶん」
それは、ユウサクの薄い記憶の底にある、地球の世界史の教科書で必死に紡がれた言葉だった。かつてパラレルワールドの地球で、名もなき人々が王権や差別に抗い、ようやく手に入れた「人間」としての場所。その重みを、ユウサクはこの地獄のような光景の中で再確認していた。
ヴァレリア「……勝ち取る? 認められないなら、こうして奪うしかないということか? これが、私の見てこなかった世界の『真実』なのか……?」
ヴァレリアが消え入るような声で問う。その瞳は、英雄の称賛を得られなかった悲しみよりも、システムの残酷さへの恐怖に揺れていた。ユウサクは首を振り、彼女の目を見据えた。
ユウサク「認められる必要なんて、最初からないんですよ。ヴァレリアさん。あんたは、自分の魂が赴くままに動いた。ただ必死に生きて、自分の証を残そうとした。……それが、たまたま側から見れば『勇者』に見えただけだ」
ユウサクの声は、これまでにないほど真剣だった。
ユウサク「勇者ってのは、誰かから与えられる肩書きじゃない。生きた結果として付いてくる、ただの呼び名です。……誰かに認めてもらうために戦うんじゃない。あんたが魂を燃やして歩いた後に、勝手に道ができる。それが勇者としての足跡になるだけなんですから」
認められず、蔑まれ、それでも自分の「正しい」と思う道を歩き続ける。
その言葉を聞き、ヴァレリアはゆっくりと、力強く顔を上げた。
朝日は、生き残った者たちの顔を等しく照らしていた。そこには喝采はない。だが、自分たちが自らの手で掴み取った「生存」という名の、誰にも侵されない現実だけが横たわっていた。




