第一話:解放の胎動と右側の掟
解放の胎動と右側の掟
次に向かうあてもなく、砂埃の舞う道を一行はとぼとぼと歩いていた。
ムエ・サイアムを追放され、すべてを失った後の空気は、ひどく重く、乾いている。
ネネ「……おなかすいたね。ユウサク」
ネネが、空腹に耐えかねた様子で力なく呟いた。
ヴァレリア「……ごめん」
ヴァレリアが、申し訳なそうに視線を落とす。彼女の「勇者」としての純粋すぎる力が、結果として今の窮状を招いたことを、彼女なりに重く受け止めていた。
ネネ「ユウサクが悪いんだ。ヴァレリア、気にする必要はないよ」
ネネの冷淡な言葉が、ユウサクの背中に突き刺さる。
ユウサク「……ごめん。調子に乗りました」
ユウサクは、ただの薄汚れた男として深くこうべを垂れた。
隔離された街
一行は、豊かな実りを見せる農村の風景がひろがっていた中心部は広場を中心とし家が 立ち並び 石畳がしきつめられていた 町の中心はそれなりの バマー という国へと辿り着いた。
ここは「亜人種から解放運動をする人間族がいる」という噂が囁かれている場所だった。
だが、その街の中を歩いていると、路地裏から一人の人間の少年が飛び出してきた。
人間族の少年「……だめじゃないか、あんたたち!!」
少年は狂ったように周囲を警戒し、一行を路地の影へと引きずり込みながら、震える小声で鋭く言った。
人間族の少年「……にんげんは、みちのはしに、右がわをあるくってきまりだろ! なんで真ん中なんて歩いてるんだよ! 死にたいのか!」
ヴァレリアが何かを言おうとしたが、少年はそれを手で遮り、さらに声を潜めた。
人間族の少年「法をおかしたら、その場で『むちうち』だよ。それがこの街の、にんげんへの決まりなんだ……。衛兵に見つかる前に、早く、右側に寄れ!」
少年の背後、メインストリートでは、亜人たちが我が物顔で中央を歩き、その端を、家畜同然に扱われる人間たちがこれ以上ないほど卑屈に、地を這うように移動していた。
崩壊する秩序の残骸
ユウサクは少年に促されるまま、泥の溜まった道の右端へと移動した。
ふと見れば、立派な石造りの建物にはひびが入り、亜人たちの贅沢な暮らしもどこか空虚で、維持するだけで精一杯のように見える。
ヴァレリア「……ユウサク、この少年も、あの端を歩く人々も、みんな目が死んでいる」
ヴァレリアが低く呟いた。彼女が救おうとしていた「世界」の現実は、剣で斬れるほど単純なものではなかった。
ユウサク「……救いなんてのは、もともと無いのかもしれませんね。あるのは、壊れかけのシステムを維持するための、こういう下らない『掟』だけだ」
ユウサクは皮肉な笑みを浮かべた。
その時、街の奥から、古い教会の鐘のような音が響いた。それを聞いた少年の顔が、さらに強張る。
人間族の少年「……始まった。また、見せしめの『清算』が始まるんだ。早く、ここから離れないと」
少年が指差す先、広場の方へと、武装した亜人の衛兵たちが「右端」を歩く人間たちを追い立てていくのが見えた。
広場での「清算」と逃走
広場の中央では、事務的な手つきで「動かなくなった人間」が荷台へ投げ込まれ、掟を破った者への鞭打ちが始まっていた。
ヴァレリアが、そのあまりの非道さに飛び出そうとしたその時。
人間族の少年「こっちだ、早く!」
いつしか、一行は少年に手を引かれ、細い、暗い路地を縫うように走っていた。
少年に導かれるまま古びた地下通路の入り口を潜ると、そこには、街の地上とは切り離された「秘密の隠れ家」があった。そこには、虐げられ、この世界を呪いながら牙を研ぐ人間たちが集まっていた。
ヴァレリア「……私も、協力させてほしい。この不条理な掟を壊すために、解放運動に協力しよう」
ヴァレリアは強い光を宿した瞳で少年に告げた。それが勇者としての「正しい」振る舞いであると信じて。
しかし、その背後でユウサクが低く、重い声を掛けた。
ユウサク「……ヴァレリアさん。解放に協力して、亜人種を虐殺すること……それが、勇者なんですか?」
ヴァレリア「……えっ?」
ユウサク「この世界のルールをひっくり返すってことは、今度はあいつらをあの右側の溝に叩き落として、鞭で打つってことですよ。……世界を救う旅、なんて言って歩いてきましたけど、あんたは一体、『何から』救おうとしてるんです?」
ヴァレリア「……同種を助けようとするのが自然だろう。それなのに、平然と殺されるのを、お前はただ黙って見ているのか?」
ヴァレリアは問い返した。その瞳には、ユウサクの冷徹さへの疑念と、揺らぐことのない種族としての本能が宿っていた。
ユウサクの問いに、ヴァレリアは答えることができなかった。
そして、ヴァレリアの問いを聞いたユウサク自身にも、その答えは分からなかった。
ネネ「こういうのはね……第三勢力をうみだして、ごちゃごちゃにしちゃえばいいのよ。そして、あとから出てきて掃除すれば、勇者になれるよ。ヴァレリア」
ヴァレリア「……ヴァレリア?」
ネネは構わず、その小さな唇から禍々しい魔力を帯びた詠唱を開始した。
ネネ「──超使役魔法。遡れ、分かたれた命の系譜。約三億の刻を超え、単弓より出でて乳を授ける者よ。双弓より分かたれ、鱗竜の理にて地を這う蜥蜴、毒を持つ蛇、そして天を統べる東洋の龍よ。主竜の血を継ぎしワニの牙、空を穿つ翼竜、地を蹂躙せし恐竜……鳥となりし者、そして古き空の覇者、ワイバーンよ! 我が命に従い、具現せよ!」
ドォォォォン!!
街全体を震わせる轟音と共に、空が闇に包まれた。太陽を覆い隠すほどの質量を持った巨躯。それは獣であり鳥であり、進化の全ての凶暴さを煮詰めたような化け物だった。
勇者の決意
地上ではパニックが巻き起こっていた。
中央を歩いていた亜人も、右端を這っていた人間も、等しく空からの「暴力」の前に逃げ惑う。ネネが召喚したワイバーンは、街の中心へ向かって巨大な鉤爪を突き立てようとしていた。
しかし。
その巨大な化け物の前に立ちはだかったのは、ヴァレリアだった。
ネネ「……えっ? 何してるの、ヴァレリア」
路地裏の隠れ家から飛び出し、降り注ぐ瓦礫を拳で砕きながら、ヴァレリアは咆哮する怪物の正面へと躍り出た。
ヴァレリア「……ユウサク。あんたの言う通り、この世界はクソだ。あそこにいる奴らも、みんな最低だ。……だけど、だからといって全部壊すのも、やっぱり違う!」
ヴァレリアは拳を握りしめた。その拳には、誰かを殺すための「暴力の質量」ではなく、何かを守るための、熱く、青い魔力が宿っていた。
ヴァレリア「私は、世界を『変えたい』んだ! ただ壊して入れ替えるんじゃなくて、つくりかえる。そのために、私は勇者になるよ。……誰一人として、泣かなくていい世界をつくるために!」
ヴァレリアは迷いを振り切り、自らが解き放った混沌の象徴であるワイバーンを見据えた。
「勇者」としての本当の旅が、今、この瓦礫の街から始まろうとしていた。




