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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第1章:カオス城、大地を駆る!

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第6話「鋼の賢者と硝煙の美酒」

境界のネオン


関東平野を覆う巨大なドームは、かつて人類を閉じ込める檻だった。しかし今、その天蓋は至るところで崩落し、ひび割れたコンクリートの隙間からは、人知を超えた生命力を持つ巨木や原色の花々が、建物を食い破るように溢れ出している。


ヘスティアは、もはやこの地を直接は管理していない。聖浄軍ピュア・オーダーが「神」と仰ぐ彼女は高みにあり、地上は「戦闘管理マザー」というシステムが冷徹に運営しているに過ぎなかった。


その管理の網の目から零れ落ちた「空白地帯」。

崩落したドームの基部、肥沃な大地の緑に飲み込まれつつある境界線に、そのバーはあった。


『オールド・クロック』。


「……はぁ、はぁ……」


よこすかの廃墟から奪った大型バイクを、燃料が尽きる寸前で停めたユウサクは、バイクを蹴るようにして降りた。

40歳の、どこにでもいる「さえない男」の顔。それが今のユウサクだった。スライム状の肉体は、激しい疾走の振動で結合が緩み、人間の形を保つのも精一杯だ。道端のボロ布を体に巻き付け、泥濘を踏みしめて店へと入る。


カウベルの乾いた音が響き、店内に入ると、カウンターの隅に置かれた古いブラウン管のテレビが、砂嵐の混じった映像を垂れ流していた。


画面には、純白の軍服に身を包み、冷徹な眼光を放つ老齢の男が映し出されている。聖浄軍・陸軍元帥ラファエル。


『……聖浄なる民よ、今こそ立ち上がる時だ』


ラファエルの声は、スピーカーの割れた音を通して、店内の静寂を侵食していく。


『我々は、混迷を極めたこの世界を、AIの尊き教えによって最適化しなければならない。……だが、その歩みを阻む野蛮な連中が存在する。……今こそ立ち上がれ、聖浄なる民よ!』


ユウサクは、その演説を吐き気を催すような気分で聞き流し、カウンターの端に座った。


第三の選択


「……ウィスキー。一番安いのでいい、ストレートで」


ユウサクの声は掠れていた。喉を焼く安酒の熱い液体が、少しだけ自分を40男としての現実に繋ぎ止めてくれる気がした。


「……どう思う。あの元帥の言葉を」


ふいに、隣から声をかけられた。

漆黒の軍服に身を包んだ、重厚な気配を漂わせる中年男だ。整った髭を蓄えたその横顔には、硝煙の匂いと、どこか冷徹な無機質さが混じり合っている。座っているだけにもかかわらず、周囲の空気が低く軋むような、異様な圧迫感があった。


40歳のユウサクは、投げ出すように答える。

「……よくわかりませんね。AIだの最適化だの……。俺の人生、一度だって最適化されたことなんてないですよ。もう、どっちでもいいじゃないですか、勝手にやってれば」


「なら、おまえさんはどっちが正しいとおもうか?」


ユウサクはウィスキーを一気に煽り、ひねくれた笑みを浮かべた。

「俺ですか。……どっちもクソ食らえですよ。あいたらの正義だの理想だのを聞いてると、胃が焼けそうだ。もし無理やりどっちかに付けって言われるなら、俺は俺自身に付きますよ。全部ぶっ壊して、俺の寝床だけ確保してやる。あの神気取りのAIも、あんたらの鉄臭い復讐も、酒の味を悪くするだけだ」


その瞬間、マスターが鋭い目配せを送った。ユウサクの額から冷たい汗が溢れ出す。だが、沈黙を切り裂いたのは、隣の男の豪快な笑い声だった。


「ハハハハハハッ! 素晴らしいな。自分自身に付く、か! 滅茶苦茶だが、最高に愉快な答えだ。……マスター、この男にもう一杯。私と同じ、とびきりキツい奴を」


その一言を聞いて、ユウサクは心底から安堵した。金なんて、一銭も持っていなかったのだ。


泥酔の合唱、アイアン・オード


「……いいか、あんた。あのヘスティアって女、あいつは自分が完璧だと思ってやがる。……計算通りにいかない俺たちみたいなバグが、一番腹立たしいんだろうな」


「……全くだな、ユウサク。貴様のその、どこにも属さぬ物言いは気に入った。……だがな、バグこそが人間なんだよ。機械の身体になっても、この酒の苦味を『美味い』と感じる脳味噌のバグだけは消せぬ」


男はヨルゲンと名乗った。二杯、三杯と重なるごとに、二人の境界は曖昧になっていった。九割九分が機械だというヨルゲンもまた、体内の冷却システムをあえて切っているのか、人工皮膚を赤く染めて上機嫌にグラスを空けていた。もはや二人の間には、アイアン・ブラッドの幹部だの魔王だのといった肩書はなく、ただの「くたびれた40代」という、酒に呑まれることでしか現実をふり切れない男が二人いるだけだった。


「別の地球……そこには、俺を『魔王』なんて呼ぶ奴はいなかったんだ。毎日、上司に頭下げて、夜中にコンビニ弁当食って寝るだけの40年だった。それをなんだ、あいつは……『実験だ』とか抜かして地底に放り込みやがって……! 冗談じゃない、俺は俺だ、誰の所有物でもねえんだよ……!」


「……ククッ、いいぞユウサク、もっと言え。吐き出さねばやってられんだろう」

ヨルゲンは重厚な機械の腕で、ユウサクの肩をがっしりと抱き寄せた。


「なあ、ヨルゲン……一つ聞いていいか」

ユウサクは卑猥な笑みを浮かべ、ヨルゲンの股間に視線を落とした。

「あんた、九割九分が機械なんだろ? ……その、アレはどうなってんだよ。まさか、そこまでステンレスのピストンになってんのか? メンテナンスフリーか?」


「ハハハ! 言うようになったな、ユウサク!」

ヨルゲンは股間を叩いて見せた。

「安心しろ。アイアン・ブラッドの技術を舐めるなよ。外見は生身と変わらんが、中身は最新鋭のアクチュエーターだ。妻が言うには、生身の時より『長く、硬く、激しい』そうだぞ。高周波振動モードに目がなくてな、あいつは。夜な夜な、鉄を噛むような声で鳴きやがる」


「マジかよ……高機能すぎんだろ。俺なんてスライムだぞ。自分のナニがどこにあるかも分からねえし、形を保つのに必死で機能どころじゃねえよ」


「ククッ、スライムか。それはそれで変幻自在で良さそうだがな。だがな、ユウサク。私の妻は、昼間は淑女だが、夜は剥き出しの肉食獣だ。私がこの鋼鉄の身体で満足させてやらねば、この世界、どこに安息があるというのだ……!」


二人は下卑た笑い声を上げ、カウンターを叩いた。


「……割に合わんよ、ユウサク。昼間は兵士の命を背負い、夜は女房の欲を背負う。……AIのように計算で割り切れるならどれほど楽か。だがな、このわずかな脳髄と、股間のモーターが、それを許さん。……男なんてのは、そうやってボロゴロになりながら、酒でリセットして明日へ向かう生き物なんだ」


ヨルゲンは空のグラスをカウンターに叩きつけ、ユウサクを睨んだ。

「だが、そんな泥臭い日々があるからこそ、この不味い一杯が五臓六腑に染みる。そうだろ、ユウサク!」


「ああ、全くだ、ヨルゲン……! どいつもこいつもバカばっかりだ! 俺も、あんたもな!」


二人は笑い転げながらグラスを突き合わせた。


「よし、ユウサク。我ら『赤』の、いや、酒浸りの男たちの歌を教えてやる。……歌え!」


『♪ 錆びた大地に、熱を灯せ

  鋼のかいなに、意志を宿せ

  我らは鉄、我らは血

  神の計算、踏み潰せ――!』


二人の40男が、明け方の静寂を切り裂くようにして、人生の不条理を笑い飛ばすように合唱する。


やがて東の空が白み始めた頃、店の外に一台の重厚な車が停まった。


「……迎えが来たようだ。我が家の『猛獣』がな。……ここは俺が持っておく。次は、貴様が奢れ。生きていたら、またここで会おう」


ヨルゲンが千鳥足で立ち上がる。迎えに来たのは、彼の妻――落ち着いた雰囲気の女性だったが、その瞳には夜の顔を予感させる鋭さがあった。


「……オエッ……」


立ち上がった瞬間、強烈な吐き気に襲われ、ユウサクはその場に蹲った。


「……魔王様! 何を、こんなところで何をなさっていますの!!」


シズクが血相を変えて駆け込んできた。彼女は吐瀉物にまみれて震えるユウサクを、汚れるのも構わず力一杯ぎゅーっと抱きしめた。


「ああ、魔王様……! 良かった、無事で……!」


シズクの温もりと、その震える鼓動。

ユウサクの記憶は、彼女に強く抱きしめられ、その柔らかな胸の中で「バグ」のような安堵を感じたところで、深い暗闇の中へと沈んでいった。

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