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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第五章:The First Step(ザ・ファースト・ステップ)

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第二話:リングの乙女、震える拳

困惑のスポットライト


「なんで私……ここに立っているんだろう……」


 熱気に包まれた円形競技場。中央に設えられた木造のリングの上で、ヴァレリアは震える膝を押さえながら自問自答していた。

 つい数時間前まで、適性試験で人型人形を粉砕して泣きじゃくっていたはずだ。だが、その圧倒的な破壊力を目ざとく見つけたジムのオーナー(不気味なトカゲ顔の亜人だった)に、あれよあれよという間に契約書にサインをさせられ、気づけばこの舞台に立たされていた。


 身に纏っているのは、簡素な布切れを巻き付けただけの闘衣. そして頭には「モンコン」と呼ばれる聖なる鉢巻が、無理やり乗せられている。


「青コーナー! 期待の新星(?)、最弱にして最凶の種族! 人間、拳闘士――ヴぁれりあああぁぁぁ!!」


 実況のダミ声が会場に響き渡る。観客席からは「あんなひ弱なのが戦えるのか?」「すぐ死ぬんじゃねぇか?」という嘲笑混じりの野次が飛ぶ。


「対する赤コーナー! 熟練の戦士、数多のルーキーを病院送りにした『新人潰し』の犬属――マロン!!」


 向かい側に立つのは、鋭い牙と筋肉質な四肢を持つ犬の亜人、マロン。彼は冷酷な眼差しでヴァレリアを射抜いていた。


「さあ、注目のオッズだ! ヴァレリアはなんと、驚異の10倍! 対してマロンは1.88倍だぁ!!」


「わああぁぁぁっ!!」

「マロン! 殺しちまえ!」


 地響きのような歓声が、ヴァレリアの鼓膜を叩く。


祈りの対比


 試合開始のゴングが鳴る前。ムエ・サイアムの伝統に則り、両者は精霊に捧げる舞踊「ラム・ムアイ」を開始した。


 マロンの舞は、見事なものだった。鋭いシャドーボクシングを織り交ぜながら、四方の精霊に敬意を表し、その動きには一切の無駄がない。まさに戦士の儀式。


 一方、ヴァレリアは――。


「……え、えっと、踊ればいいのか? こう、くねくね……?」


 泣きべそをかきながら、彼女は必死に思い出していた。ユウサクから「とりあえず身体を動かして神様にアピールしろ」と投げやりに言われたアドバイスを。

 腰をくねくねと振り、手足を力なく泳がせる。それは舞踊というよりは、毒を盛られた軟体動物の断末魔、あるいは羞恥心に耐えかねた挙動不審な動きにしか見えなかった。


「……なんだあの踊りは」

「新手の心理戦か?」


 観客が困惑し、マロンの眉根が不快そうに動く。


外野の狂気


 そんなリングの惨状を、最前列の席から見つめる男がいた。


「勝てよ……! 死んでも勝てよヴァレリアァァ!! 俺たちの、俺たちの全財産がかかってるんだよ!!」


 ユウサクだった。その目は血走っており、手元には「人間ヴァレリア:全額投入」と書かれた馬券ならぬ拳券が握りしめられている。空き巣で得た端金から、道中のなけなしの生活費まで、彼は一発逆転のロマンを求めて全てを注ぎ込んでいた。


「勝ったらハンバーグだ! 負けたら野垂れ死にだ! 行けえぇぇ!!」


 その隣で、ネネは氷点下を突き抜けるような冷めた視線でユウサクを見ていた。


「……最低ね。仲間の命をギャンブルの駒にするなんて。しかも、もし負けたら私たち、今夜から運河の水を飲んで寝るしかないのよ?」


「ネネさん、勝てば官軍なんですよ! ヴァレリアならやってくれる! あの無自覚なゴリラパワーがあれば!」


蹂躙のクリンチ


 審判の合図と共に、犬属の戦士マロンが弾丸のような踏み込みを見せた。


「死ね! 小娘!」


 鋭い肘打ちが、ヴァレリアの顔面に迫る。

 だが、恐怖に目をつぶったヴァレリアは、無意識に突き出した腕でその肘を強引に弾き飛ばし、そのままガシリとマロンの首を抱え込んだ。


「ひ、ひぃぃっ! 来ないでくださいっ!」


「なっ……がはっ!?」


 組み付かれた瞬間、マロンは驚愕した。

 なんだ、この圧力は。

 組み方そのものは完全な素人だ。関節も首も、技術的には何一つ極まっていない。だが、ヴァレリアの腕から伝わるのは、まるで巨大な岩石に押し潰されるような、逃げ場のない圧倒的な「重圧」だった。


(動けない……! 筋肉の壁に挟まれているようだ……!)


 熟練の戦士であるはずのマロンが、どれほど足掻いても、彼女の腕一本すら動かせない。骨が軋む音が聞こえるほどの筋力。


「……えいっ!!」


 ヴァレリアが、パニックのあまりに放った膝蹴り。

 それは「攻撃」というよりは、まとわりつく何かを振り払うような、必死の抵抗だった。


 ――ズドンッ!!!


 鈍い衝撃音が会場に轟く。

 マロンの腹部に突き刺さった膝は、鍛え抜かれた彼の腹筋ごと、その背後の空気までも破裂させた。


「あ……」


 白目を剥いたマロンが、糸の切れた人形のようにリングに沈む。ぴくりとも動かない。一撃。わずか一発の膝蹴りで、格上の熟練戦士が沈没したのだ。


 静まり返る会場。審判も、実況も、観客も、何が起きたのか理解できずに呆然としていた。


「……あれ?」


 ヴァレリアは、自分の返り血を浴びた膝を見つめ、震える声で呟いた。


「私……また何か、やっちゃいました?」


 その直後。

「よっしゃああぁぁぁ!!! ハンバーグだ! 今日はハンバーグ祭りだぁぁぁ!!!」

 狂喜乱舞するユウサクの叫びだけが、静寂を切り裂いて響き渡った。

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