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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第4章 ここではないどこか

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第九話:野良人間の餌付けと、ミミの衝撃

泥を啜り、魚を分ける夜


 石橋の下、湿った冷たい地面の上。

 三人は寄り添い、猫顔の少女が投げ捨てていった一匹の生魚を囲んでいた。かつては豪華な宮廷料理や、魔法で精製された保存食を口にしていたはずの彼らが、今は泥の匂いがする一匹の川魚を、ただ黙って見つめている。


「ユウサク:……食うか。……食べないと、明日まで持たない」


 ユウサクが震える手で魚を三つにむしり取った。

 三人は言葉もなく、もそもそと生のまま魚を口に運ぶ。鱗が口の中に当たり、泥臭い脂が広がる。屈辱と、不甲斐なさと、それ以上に勝る空腹。


「ネネ:……うぅ。……生臭い……。なんで、こんなことに……」

「ヴァレリア:……。……。……もそもそ」


 銀髪を泥で汚し、バナナの葉を体に巻きつけた聖騎士は、もはや涙を流す気力すら失ったのか、虚ろな目でただ咀嚼を繰り返していた。


「ユウサク:……もう寝よう。疲れた。寝て……全部夢だったと思おう……」


 三人は折り重なるようにして、冷たい石壁に身を寄せて深い眠りに落ちた。


翌朝の「サンドイッチ」


 翌朝。

 顔に当たる不快な日差しと、バナナの葉をカサカサと鳴らす音でユウサクは目を覚ました。


「ミミ:おー、生きてるー!」


 昨日、魚を投げた猫顔の少女――ミミが、再び橋の下を覗き込んでいた。彼女の手には、何かの包みがある。


「ミミ:これ、今日の分ね。はい!」


 ポイ、と投げられたのは、中身がはみ出した適当な作りのサンドイッチだった。それはユウサクではなく、隣で丸まっていたネネのもとへ着地した。


「ネネ:……あ。……サンドイッチ」


 ネネが力なくそれを受け取る。少女に悪意はない。ただ、近所に住み着いた野良犬に余り物を与えているような、純粋で無邪気な「善意」なのだ。それが分かってしまうからこそ、余計に惨めだった。


「ユウサク:……。……っ、ひっく……」


 ユウサクの目から、不意にボロボロと涙が溢れ出した。自分たちは救世主でもなんでもない。ただの、言葉も通じないと思われている「野良人間」なのだ。


喋る「野良」


 泣きじゃくるユウサクを見て、ミミは不思議そうに小首を傾げた。


「ミミ:私、ミミっていうの。……ねえ、言葉わかるのー? お腹空きすぎて泣いてるのー?」


 ミミは好奇心旺盛な瞳で、ユウサクの鼻先に顔を近づける。


「ユウサク:……わかるよ。……。……分かるに決まってんだろ……」


 絞り出すようなユウサクの返答に、ミミは数秒間、彫像のように固まった。

 そして、耳が引き千切れんばかりの勢いで叫んだ。


「ミミ:わあああああ!! し、喋ったーーーーっ!! 野良人間が喋ったぁぁぁ!! 気持ち悪いーーっ!!」


 ミミは恐怖に顔を引きつらせ、脱兎のごとく走り去っていった。


「ユウサク:……あほか。せっかく喋ってやったのに、その反応かよ……。なんか, もういいわ。この展開……生物として、色々と冷めるわ……」


万象の組み直しと、束の間の休息


 虚脱感に襲われていたユウサクだったが、走り去るミミの背中を見て、迷わず次の行動を決めた。このまま「野良人間」として橋の下で腐っていくわけにはいかない。


「ユウサク:ネネさん。……例の『変化する魔法』を使いましょう。そのサンドイッチで少し魔力が戻ったなら、いけますよね」


「ネネ:……ええ、わかってるわ。あの時の術式ね」


 ネネはサンドイッチを口に詰め込み、立ち上がった。泥に汚れたバナナの葉を揺らしながら、彼女は以前も使用したあの呪文を詠唱する。


「ネネ:……万象の源流よ、集いて組み直せ。我は命じ使役する。其は幼き乙女の形を司り、君臨せよ――『変化する魔法』!!」


 眩い光が橋の下を包み込んだ。光が収まった後、そこにいたのは「人間」ではなかった。亜人の姿へと偽装された三人だった。


「ユウサク:……さて。姿は変えられましたが、服を買うにも宿に泊まるにも金がありません。あのガキも食い物しかくれませんでしたしね」


 ユウサクは冷淡な目で、近くにある裕福そうな民家を見据えた。


「ユウサク:……今回だけ、特別ですよ。このまま餓死してバナナの葉と一緒に朽ちるよりはマシだ。行きますよ」


 ユウサクはそう自分に言い聞かせると、亜人に化けた三人で留守の家を狙い、空き巣に入って金を盗み出した。かつての英雄的行為とは程遠い、生き延びるための泥棒。良心の呵責を空腹で押し殺し、彼らは闇に紛れた。


 首尾よく盗み出した金で、彼らはまず最低限の洋服を用意した。バナナの葉を脱ぎ捨て、数日ぶりに服を身に纏った時、ヴァレリアはまた少し泣いた。

 それから、裏通りの屋台で温かい飯を食べた。喉を通る熱いスープが、死にかけていた彼らの魂を繋ぎ止めていく。


 ようやく見つけた安宿の、硬いベッド。

 清潔とは言い難い部屋だったが、冷たい石畳に比べれば天国だった。


「ユウサク:……ふぅ。明日から、どうするか考えよう……」


 ユウサクは天井のシミを見つめながら、深く重いため息をついた。


 制度。差別。価値観の断絶。

 剣でも魔法でも斬り捨てられない「世界の形」を前に、全裸から犯罪者にまで身を落として這い上がった軍師の夜は、あまりにも静かに、そして重く更けていった。


飛来する異形


 早々にこの町を出て、今後の身の振りを話し合おう――。

 そう決めていた三人だったが、翌朝の町は尋常ではない騒ぎに包まれていた。


「敵襲だぁーーーっ!!」

「逃げろ! 虫だ、虫が攻めてきやがった!!」


 窓の外を見上げたユウサクは、絶句した。

 上空を埋め尽くしていたのは、人の形をした巨大な虫だった。背中には薄い羽が生え、顔には異様な複眼が蠢いている。空気を震わせる不気味な「ブゥゥゥン」という羽音、町中に響き渡っていた。


「ユウサク:……何だあれ、突然変異か何かか!?」


 飛来する虫たちは、逃げ惑う住人たちを鋭い針で次々と突き刺し、絶命させていく。そして、動かなくなった身体を別の個体が抱え上げ、鮮やかな連携で上空へと運び去っていく。それは効率化された「収穫」のようでもあった。


 パニックに陥る雑踏の中、ユウサクの目に、見覚えのある三毛猫柄の尻尾が映った。


「ユウサク:あ……、ミミちゃ……、いや、あいつ!」


 橋の下で食べ物を投げ渡してきた、あの猫顔の少女だ。ミミは巨大な虫の脚に掴まれ、必死にもがきながら空へと吊り上げられていく。


「ヴァレリア:……っ!」


 ヴァレリアは考えるよりも先に、空を見上げながら走り出していた。その手には、再びあの喋る剣が握られている。


「ユウサク:おい、ヴァレリアさん! どこ行くんだよ! 相手は亜人種だぞ、自分たちを動物扱いした連中を助けるってのか!?」


 ユウサクの制止の声も届かない。騎士の本能か、あるいはただの執念か。銀髪の騎士は、平民の服をなびかせ、異形の虫たちを追って地を駆けた。

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