第八話:蜃気楼の果て、バナナの漂流記
辿り着いた約束の地
バ-ラット大陸、ようらん町。
この大陸でも指折りの規模を誇る大きな波止場に、一艘の、奇妙極まりない「舟」が流れ着いた。
それは巨大なバナナの葉を幾重にも重ね、蔓で繋ぎ合わせただけの代物だった。波に揺られ、今にも千切れそうなその葉の上には、精根尽き果てた三人の男女が横たわっていた。
「ユウサク:……着いた。やっと、着いた……。死ぬ。マジで死ぬ……」
全裸にバナナの腰布一つという姿のユウサクが、震える手で桟橋に縋り付いた。
地獄の三日間
「ユウサク:……思い起こせば……地底での絶望的な戦いも、サマラヤ国での魔王化も、あれはあれで大変だったけど……。でも、この旅が一番、人生で最も過酷な冒険だったと、いつか孫に話して聞かせる日が来るだろうな。いや、話せるくらい長生きできれば、だけど……」
ユウサクは虚ろな目で、今しがた渡ってきた海を見つめた。その瞳には、深い絶望の残滓が刻まれている。
「ユウサク:目を凝らせば、すぐそこに港の明かりが見えているんだ。手の届きそうな距離に、文明の香りが漂っている。なのに……いくら漕いでも、いくら死に物狂いで腕を動かしても、一向に辿り着かない。潮の流れが逆らっているのか、それともこの大陸の魔力が狂っているのか。一日漕ぎ続けて、ふと顔を上げれば、港はさっきと同じ距離にある。あの虚無感……思い出すだけで気が狂いそうだ」
結局、その「すぐそこに見える港」に辿り着くまでに、丸三日を要した。
「ネネ:……もう無理。魔力空っぽ……。肺も心臓も、空気圧縮するのに使い果たしたわよ……。ひもじいし、喉はカラカラだし……死ぬぅ……」
ネネはバナナの葉の隙間から、日焼けで赤くなった細い脚を力なく投げ出した。
「ヴァレリア:……三日だぞ、ユウサク。三日だ。なぜ、あそこに見えているのに……っ。騎士の誇りも、銀髪の輝きも、すべてバナナの葉と塩水に溶けて消えた。私はもう、まともな女には戻れんかもしれん……」
ヴァレリアは膝を抱え、潮風でバリバリに固まった銀髪を揺らして咽び泣いた。
執念の接岸と、冷ややかな視線
執念で辿り着いたようらん町の大きな波止場。行き交う人々が、バナナの葉に乗った全裸の男と、葉っぱを巻いたボロボロの美女二人に足を止める。
「ユウサク:見るなみんな! 寄るなーーっ!!」
ユウサクは目を血走らせ、必死に叫んだ。
見渡せば、ここは亜人種の町のようだった。人間もちらほらいるが、皆小さくなって汚い服を着ている。バナナの葉に包まれた美女たちが珍しいのか、人だかりは増す一方だった。そこへ、亜人種の兵士たちが現れ、一行は不審者として連行された。
屈辱の取り調べ
薄暗い役所の一室。犬の頭部を持つ役人が、面倒そうに書類をめくる。
「役人:……で? 所有者は? 君たちの」
「ユウサク:へ??? ……所有者?」
「役人:だから、所有者だよ。まさか『野良』じゃないよね? どこから来たの? もし所有者がいなかったら、競売にかけられて新しい所有者が決まるから。それまでおとなしくしててね」
ユウサクはあ然とした。
「役人:……ふむ。女二人は売春宿かな。人間は需要が高いんだよねぇ。弱いくせに生意気で、征服心が満たされるとかで人気なんだ。……男は肉体労働かな。でも、力も弱いから人間の男は人気ないんだよね。わかる? そこの人間」
役人はユウサクを小馬鹿にして舌打ちをする。
「役人:ったく! 人間なんて知能も弱いからな。本来なら電気ショックでも与えて言うことを聞かせればいいんだが……。絶滅危惧種とかで法律で保護されちゃったからな。じゃなきゃ、こんなプレミア価格で取引されるわけないのに」
役人は淡々とハンコを叩きつける。
「役人:じゃあ……男は『肉体労働・剥け(全裸)』。女は『性の商品』。備考欄は『主人なし』と。……これは、いい『落とし物』だな」
一行は役人の独り言を聞いて、開いた口が塞がらなかった。
抜かれた剣、斬られた鼻
役人の視線が、ヴァレリアの手元に向けられた。
「役人:なんだ、そこの女。さっきから武器なんか持って。危ないから寄越しなさい」
ヴァレリアは無言で役人を睨みつけ、一歩も動かない。
「役人:ん? ……やっぱり馬鹿か。言葉がわからないのか? おーい、電子警棒を持ってきて。こいつに、誰が上か教えてやる」
役人は「犬のおまわりさん」然とした態度で威嚇しながら、ヴァレリアの鼻先へ手を伸ばした。
その瞬間だった。
――閃光。
ネネがひそかに詠唱し続けていた広範囲の霧が、役所の室内を真っ白に染め上げたのと、ヴァレリアの斬撃は同時だった。これほど大規模な術式だったからこそ、詠唱に時間がかかっていたのだ。
「役人:……ぎ、ギャアアアアアアアアア!!?」
役人の絶叫が霧の中に響き渡る。
ヴァレリアの剣は、その傲慢な犬の役人の鼻を、正確に斬り落としていた。
橋の下の「野良人間」
霧に紛れて役所を脱出した三人は、追っ手を撒くために石橋の下へと逃げ込んだ。
薄暗い湿った地面に膝を丸め、バナナの葉を必死に抑えて身を隠す三人。ほぼ全裸の状態で震えていると、不意に、可愛らしい高い声が聞こえてきた。
「???:あ、野良人間だー。かわいい……」
ひょっこりと顔を出したのは、猫のような顔立ちをした幼い少女だった。彼女は怯えるユウサクのもとへトコトコと歩み寄ると、手に持っていた生魚を無造作に地面へ投げ捨てた。
「猫顔の少女:これ、あげるね。また来るね」
少女はそう言うと、まるで珍しい動物を可愛がるように、ユウサクの頭を異常なほど執拗に撫で回した。餌付けされ、一方的に愛玩される屈辱。
「ユウサク:……。……っ」
ユウサクは言葉を失い、隣でバナナの葉に包まって震えるネネとヴァレリアを見やった。
かつて世界の危機を救ったはずの勇者と聖騎士と魔法使い。しかし今、この場所ではただの「迷い犬」以下の存在。
「ユウサク:ああ……なんて、なんて無情な世界に来てしまったんだ……」
三人の目から、同時に静かな涙がこぼれ落ちた。




