第五話:漂流の果て、狂乱の慈雨
座礁の衝撃
深夜、豪華客船ロイヤル・アステリア号の美しい白い船体が、未確認のサンゴ礁によって無慈悲に引き裂かれた。凄まじい軋み音と共に、船体が大きく傾く。
「船長:船底をやられた! 浸水が早すぎる、このままでは沈むぞ!!」
混乱する操舵室で、船長が絶望の声を上げる。
「ユウサク:パニックになってる暇はありません! 船長、逃げる方法はあるんですか!?」
「船長:……この列島を越えたさらに北に、内海があるはずだ。そこまで辿り着ければ助かるが……今のこの船ではそこまで保たない!」
「ユウサク:だったらボートだ! 残っている救命ボートを全部出せ!!」
こうして、一行は数少ない救助ボートへと飛び乗り、地獄のような漂流が始まった。
灼熱の三日間
ボートを下ろしてから、三日が過ぎた。
海を渡る風は止み、うだるような太陽が容赦なく生存者たちの体力を削り取る。皆、ボロ布を頭から被り、ひたすら暑さに耐えていた。
「ヴァレリア:……水……。青い、水……きれいだ……ちょっとくらいなら……」
「ユウサク:だめだ、ヴァレリアさん! 海の水を飲んじゃいけないって! 飲んだらもっと喉が渇いて死ぬぞ!!」
錯覚に陥り、海面に手を伸ばそうとするヴァレリアの手を、ユウサクが必死に掴んで止める。その横では、船長が自分だけこっそりと釣り上げた小魚をむさぼり食っていた。
「ネネ:……船長……あんただけ、ずるいわよ……. 海鳥……海鳥、捕まえろ……」
「船長:……うるさい。これは私が釣ったものだ。文句があるなら自分で捕まえるんだな。ほら、漕げ! 北へ行くんだ!」
夜になれば、船長は空の星を見上げて方角を指し示す。目的地も見えず、終わりも見えない絶望の中、ついにユウサクの限界が訪れた。
「ユウサク:……無理だ……もう, 指が動かない……。ああ、オールが……流されていく……」
精神が限界に達し、ユウサクの手からオールが一本、暗い海へと滑り落ちていった。もう、誰の目にも生気は残っていなかった。
祈りと暴風のパニック
死を覚悟したその時、ユウサクが虚空を見上げて掠れた声で叫んだ。
「ユウサク:は!! ねねさん! あんた、雨くらい降らせられるよね!? 雷撃だって氷だって作れるんだから、水を出すぐらい簡単だろ!!」
「ネネ:……あ。……そういえば……そうだったわね……」
ふらつく意識で、ネネが杖を構える。脱水症状で魔力回路が暴走気味だったが、彼女は必死に呪文を紡いだ。
「ネネ:……天に……舞う……水蒸気よ……。あたしたちに……恵みを……」
最初は、ぽつりと冷たい雫がユウサクの頬を打った。だが、一行が歓喜の声を上げようとした次の瞬間、空気が不気味なほどに重く変質した。
「ユウサク:あ, 雨だ! ネネさん、やった……って、おい、雲の色がヤバくないか!?」
「ネネ:嘘……そんなつもりじゃ! 止まらない、魔力が勝手に吸い出されてる!!」
空が急速にどす黒い紫色に染まり、雲がまるで生き物のように厚みを増して垂れ込める。
鼓膜を突き破るような轟雷が響き、紫色の稲妻が海面を走る。礫のような雨がボートを叩き、波は巨大な壁となって迫り来る。
「ユウサク:うわーっ!! 水の壁だ! 壁が迫ってきてる!! 飲み込まれるぞ!!」
「ネネ:いやあああ!! ヴァレリアさん、手が届かない、助けて!!」
「ヴァレリア:放すな! 絶対に手を放すな!! ……ぐはっ、海水が……っ!」
「ユウサク:あばばばば!! 助けて、勇者様助けてぇぇぇ!!」
「ネネ:あんたが勇者でしょうがぁぁぁ!!」
狂ったような暴風雨の中、ボートは木の葉のように宙を舞い、巨大な水壁がすべてを飲み込んだ。
覚醒、そして丸太の揺れ
……ガタ、ゴト。
……ウホッ、ウホホッ。
不気味な低い鳴き声と、体に食い込む縄の感触。
ユウサクが意識を取り戻したとき、視界は上下逆さまに揺れていた。太い丸太に手足を縛り付けられ、イノシシの獲物のように吊るされている。
「ユウサク:……んぅ。……なんだ、これ。揺れる、揺れるぞ……。俺、生きてるのか?」
ユウサクがおそるおそる目を開けると、そこは眩しい砂浜ではなく、薄暗い密林の中だった。自分の手足は太い丸太にしっかりと縛り付けられ、獲物の姿で運ばれている。
「ユウサク:えっ、ちょっと!! なんだこれ!! 離せ、離せよ!!」
「船長:無駄だ、ユウサク……。我々は……終わったんだ……」
運んでいるのは、直立歩行する「人型のサル」の集団だった。彼らは屈強な筋肉を揺らし、獲物を担いで意気揚々と密林の奥を目指している。
「ヴァレリア:……ううぅ……離せ……。殺せ……いっそ殺せ……っ!!」
ユウサクは、逆さまの視界の中で、揺れ続けるヴァレリアの絶望的な表情を見つめていた。彼の脳裏には、過去の日本の自分がオーバーラップする。卑屈で、何もできず、ただ運命に流されるだけの自分。
逆さまのまま、ユウサクはただ、揺られながら密林の奥へと運ばれていく。
救われたはずの命は、今や猿人たちの「今夜のディナー」候補。
最悪の宴
やがて、担がれていたユウサクたちの前に、広大な広場が現れた。
そこには、天を焦がすほど巨大な薪が積み上げられ、真っ赤な炎が爆ぜている。周囲では、興奮したゴリラたちが「ウホウホ」と奇怪なダンスを踊り、お祭り騒ぎで一行を歓迎していた。
ドサリ、と丸太ごと放り出されたのは、炎のすぐそばに敷かれた巨大なバナナの葉の上だった。
「ユウサク:熱っ! ちょっと、火が近すぎるって! なんだよ、このバナナの葉っぱは……皿のつもりか!?」
「ネネ:いやあああ!! 誰か、塩とかスパイスとか持ってきてるじゃない!! 何よ、これ!!」
ネネの悲鳴に応えるように、ゴリラの一頭が大きな木の実を割り、中の液体をユウサクの体にドボドボとかけ始めた。
「ヴァレリア:……まさか……。もしかして……私たち……これから食べられるのか……??」
屈辱、空腹、そして極限の恐怖。
勇者一行と船長一行は、バナナの葉の上で「メインディッシュ」として並べられ、燃え盛る火を見つめながら震えることしかできなかった。
シド・ニアルの勇者一行の旅は、感動の再起どころか、野蛮な猿人たちのディナーとして、最悪の終止符を打とうとしていた。




