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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第4章 ここではないどこか

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第三話:仮面舞踏会の恥辱と、蒼の暴走

喧騒への逃避


 デッキを吹き抜ける夜風は、奪ったばかりの薄手のドレスで過ごすにはあまりに冷たかった。いつまでも外にいれば、警備兵の巡回に捕まるリスクもある。

 ユウサク一行は、逃げるように船内の中央ホール――『仮面舞踏会場』へと足を踏み入れた。


 そこは、眩いばかりのシャンデリアと、優雅な弦楽の調べに満ちた別世界だった。

 仮面をつけた貴族たちが、偽りの笑顔を浮かべながらステップを刻んでいる。指名手配犯として追われる身の彼らにとって、顔を隠すことが推奨されるこの場は、皮肉にも最高の隠れ蓑だった。


「……ふぅ。……これ、おいしいわね」


 会場の隅で、ヴァレリアが給仕のトレイからひったくったワイングラスを、凄まじい勢いで空けていた。


「ヴァレリアさん、ペースが早すぎませんか? さっきから五杯目ですよ」


 ユウサクが嗜めるが、ヴァレリアの耳には届いていないようだった。彼女の頬は林檎のように赤く染まり、その瞳はどこか虚ろだ。

 生真面目な彼女にとって、故郷の英雄から一転して略奪と密航に手を染めたという罪悪感は、並大抵のストレスではなかった。さらに、あの狭苦しいワイン樽の中に閉じ込められていた際の「緊急事態」の記憶が、彼女の自尊心をズタズタに引き裂いていた。


「……もう、帰れない。故郷バトマニアには、もう……。私は、汚れた騎士だ……。うふ、あはは……」


 不憫すぎる。ユウサクは、現実逃避のために酒に溺れる彼女の姿に、かつての自分を重ねて少しだけ同情を覚えた。


痴漢と失言


 そんな折だった。

 ワインを追加しようと千鳥足で歩き出したヴァレリアの背後から、仮面をつけた小太りの男が近づき、その「お尻」を厚かましくも撫で回したのだ。


「――ッ!!?」


 刹那、ヴァレリアの動きが止まった。

 静かな、しかしマグマのような怒気が彼女の身体から溢れ出す。


「……貴様。今、何を……した?」


「おやおや、威勢のいい小鳥ちゃんだ。そんなに怒るなよ。ちょっとした挨拶だろう?」


 男は下卑た笑みを浮かべ、さらに指を這わせようとする。ヴァレリアはドレスを激しく翻し、男の胸倉を掴み上げた。


「痴漢野郎……ッ! 殺してやる! その指、一本残らず叩き折って海に沈めてやるわ!!」


「ひぇっ!? な、なんだお前は! ここは高貴な貴族が集まる場だぞ! そんな……そんな硬い尻、触っても少しもうれしくないわいっ!!」


 あまりの恐怖に、男は口を滑らせた。

 それは、自分が触ったという事実を自ら証明する、救いようのない失言だった。


蒼の剛力と、肉の剣


「……やっぱり触ったんじゃないか。死ね」


 ヴァレリアの拳が、男の仮面ごと顔面を捉えた。

 会場に響き渡る鈍い音。男は床を転がり、周囲の貴族たちから悲鳴が上がる。


「何事だ!!」


 異変を察知し、即座に数名の警備兵が駆けつけてきた。彼らはヴァレリアを取り囲み、警棒を構える。


「……あーあ。ヴァレリアさん、なぐっちゃったよ。せっかく隠れてたのに」

 ユウサクは遠巻きにその光景を眺めながら、他人事のように呟いた。


「ちょっと! 助けに行かないの!?」

 ネネが焦って袖を引くが、ユウサクは動かない。

「いや、いいんじゃないですか。今の彼女、完全に『魔王』より怖いですよ」


 ヴァレリアは、襲いかかってきた警備兵の腕を掴むなり、人間とは思えない剛力でその体を引き寄せ、ホールのバルコニーから一人を夜の海へと投げ飛ばした。


「ゆうさくさん、大変なことになったわよ! ……あ、あれ見て!」


 ネネが悲鳴を上げる。

 いつの間にかヴァレリアの手には、あの不気味に脈打つ「王から授かった剣」が握られていた。ボリュームのあるドレスのスカートの中に、どうやってか隠し持っていたらしい。


覚醒する凶刃:戸惑う魔剣


 ヴァレリアが剣を正眼に構えた瞬間、剣身に施された肉のような装飾がドクンと大きく波打ち、禍々しい紫色の光を放ち始めた。


『……力が、欲しいか……。絶望を切り裂く、絶対的な力が……』


 ヴァレリアの脳内に、湿り気を帯びた粘着質な声が直接響く。

 だが、今の彼女は騎士としての自制心など、ワインの海に流し去った後だった。


「……うるさい! 力なんていらないんだよ!! だまれ!!」


 ヴァレリアは呂律の回らない声で一蹴した。


『……拒むな……。我を受け入れれば、お前の恥辱を、この船ごと飲み込む破滅を与えよう……』


「しつこい! 恥辱、恥辱って、あんたもあのワイン樽の音を聞いてたのか!? 死ね! セクハラ魔剣め!!」


 ヴァレリアの支離滅裂な怒りに、肉の剣が微かに震えた。本来なら負の感情に同調して契約を結ぶはずの魔剣が、完全に「酔っぱらいの理屈」で拒絶され、戸惑っているかのように脈動が不規則になる。


『……待て、話を聞け。我は……お前の怒りを……』


「聞かない! お酒! もっとお酒を持ってこい!! 騒がしいんだよ頭の中が!!」


 ヴァレリアは剣を乱暴に振り回した。魔剣としてのプライドをズタズタにされた肉の剣は、もはや「契約」を諦めたのか、あるいは彼女の異常なテンションに無理やり同期させられたのか、暴走気味の魔力を無造作に放出し始めた。


 ――ヒュオォォォッ!!


 剣先から真空の刃――凄まじい密度の「かまいたち」が扇状に飛び出した。


「ぎゃあああ!!?」

「ぐはっ!!」


 駆け寄ろうとしていた警備兵たちが、次々と血飛沫を上げて吹き飛ぶ。刃は鎧を紙のように切り裂き、大理石の柱を深々と刻んだ。ヴァレリアが剣を振るうたびに、真空の刃が四方八方へと荒れ狂い、ホール内の豪華な調度品を粉々に粉砕していく。


「あばばばば!! ヴァレリアさん、それ味方にも当たるから!!」

 ユウサクはネネを抱えて床に伏せ、頭上を通り過ぎる真空の刃を間一髪で避けた。


「……はは、あははは!! 消えろ、みんな消えろー!!」


 銀髪を乱し、返り血をドレスに浴びたヴァレリアは、最後の一太刀を大振りに横へ薙いだ。

 瞬間、周囲にいたすべての警備兵が、まるで目に見えない巨大な鎌で刈り取られたかのように、一斉に地面に倒れ伏した。


「……あ。……あーあ。全滅だ」


 ユウサクは、死屍累々となった舞踏会場を見渡し、冷めた目で感想を漏らした。


「……恐るべし酒乱。……というか、あの剣、主導権を握ろうとして失敗して、なんだか泣きそうな脈動してますね。まあ、いいか」


 華やかだった舞踏会は、一人の騎士の「恥辱」と「ワイン」が生んだ悪夢によって、完全な地獄へと変貌していた。指名手配犯たちの逃亡劇は、もはや国家転覆レベルの騒乱へと発展しようとしていた。

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