第二話:霧の略奪と、偽りの貴族たち
霧の中の強襲
食糧庫の冷気とワインの残り香を背に、ユウサク一行は船内の居住エリアへと繋がる薄暗い通路で息を潜めていた。
「いい? 誰かが出てきた瞬間が勝負よ。……万象を包む白き帳よ、視界を遮り、五感を惑わせなさい。……『霧魔法』」
ネネが小声で詠唱すると、彼女の杖の先から濃密な霧が溢れ出し、通路の角を白く塗りつぶした。
ほどなくして、豪勢な装飾が施された客室の扉が開き、着飾った貴族の男が鼻歌混じりに出てきた。その瞬間、霧の中から影が飛び出した。
「うおわっ!? なんだ、この霧は――ぶふぉっ!!」
ユウサクが男の背後に回り込み、持っていたワイン樽の紐で手際よく猿轡を噛ませる。ヴァレリアが反射的にその体を支え、抵抗する暇も与えず室内へと押し戻した。
「よし、しばりあげ完了! ……さあ、衣装をいただくよ」
ユウサクは手慣れた手つきで男の豪華な上着を剥ぎ取り、金貨の入った財布を懐に入れた。こうした「強奪」を繰り返すこと数回。彼らは客のいない空き部屋へと辿り着き、戦利品の山を前にしてユウサクは満足げに鼻を鳴らした。
「ふぅ……。ちょろいな、豪華客船のセキュリティなんてこんなもんですよ」
加害者の連帯責任
「……ひどすぎる。名もなき市民を襲い、服を剥ぎ取って武装を奪うなど……。これが勇者のすることか……!」
ヴァレリアは奪ったドレスに袖を通しながら、屈辱と罪悪感で顔を歪めていた。騎士としての誇りは、この数時間で完全に粉砕されている。
「そうよ、ゆうさくさん。あたしたち、もう後戻りできない犯罪者になっちゃったじゃない……。親孝行のはずが、強盗団よ……」
ネネも神妙な面持ちで頷く。だが、ユウサクはそんな二人に冷ややかな視線を向けた。
「どの口が言ってるんですか。霧を出して視界を奪ったのはネネさんだし、抵抗する客を武力でねじ伏せたのはヴァレリアさんでしょう。ネネさん、あんたはこの犯罪の主導的立場にある『主犯』なんですよ。……さ、準備はいいですか?」
「……うぐっ。……せんないわね、もう」
ネネは言葉に詰まり、重い溜息をついた。ユウサクの言う通り、彼女の魔法がなければこの略奪は成功しなかった。彼らは既に、運命共同体の「共犯者」なのだ。
偽りのデッキ、ひと時の逃避
船内は客の失踪を不審に思う騒ぎが起き始めており、騒がしくなっていた。ここに留まれば怪しまれるのは時間の問題だ。三人は奪ったばかりの最高級の衣装に身を包み、堂々とメインデッキへと躍り出た。
そこには、遮るもののない大海原と、きらびやかなシャンデリアのような陽光が広がっていた。
「さあ、ヴァレリアさん、ネネさん。なにくわぬ顔で潮風を楽しもうじゃありませんか。ほら、胸を張って。今の俺たちは、指名手配犯じゃなくて『高貴な貴族の一行』なんですから」
ユウサクはシルクハットを直し、手すりに寄りかかって気取ったポーズを決めた。
「……そうね。素敵な潮風……。ザ・ベラの審問室の酸っぱい匂いよりは、百倍マシだわ」
「……ああ。貴族になったような、いい気分だ。……うふふふ」
ヴァレリアも、あまりの落差に理性が限界を迎えたのか、慣れないドレスの裾を揺らして力なく笑い始めた。
「あははは! 偽物万歳! 勇者万歳!」
青空の下、三人の高らかな笑い声が響き渡る。
それは、明日の死刑台を忘れた者たちによる、あまりにも醜く、そして美しい現実逃避のひと時だった。




