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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第4章 ここではないどこか

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第一話:栄光の終わりと、シド・ニアルの風

逃亡者の朝


 アステリア大陸の東端、ザ・ベラの追跡を逃れて南下を続けていた三人組は、巨大な入江に抱かれた活気ある港町「シド・ニアル」へと滑り込んでいた。


「……ハァ、ハァ……。どこまで、追ってくるのよ、あの連中……!」


 ネネが荒い息を吐きながら、路地裏の影に身を潜める。

 ザ・ベラの治安維持兵たちの執念は、彼女たちの想像を絶していた。一度「法」に触れた者は、たとえ大陸の端まで行こうとも、地獄の底まで追い詰める。それがこの国の、秩序ある「管理社会」の真の姿だった。


「これからどうするんだ、ユウサク。……まさか、このまま野垂れ死ぬわけにはいかないぞ」


 ヴァレリアが、蒼い鎧の傷を隠すようにマントを羽織って問いかけた。かつての英雄としての気高さは、逃亡の泥と埃に塗れて消えかけている。


「そうね……。陸路はもう限界よ。街道には関所が組まれているはずだし、この国の兵の力を甘く見ちゃいけないわ。……船よ。海へ出るしかないわ」


掲示板の絶望


 三人がこっそりと広場の様子を窺うと、ちょうど役人が立て看板に新しい「貼り紙」を掲示したところだった。

 野次馬たちが去った後、三人は震える足でその内容を確認した。


『指名手配:重大犯罪者一行』


逃走援助罪


加重逃走罪


詐欺罪(偽造少女の販売および金銭詐取)


「……詐欺罪って。あたし、大魔導士だったのに……。親孝行のつもりだったのに、なんでこんなことに……」


 ネネは遠い目をしながら、地面に杖を突いた。彼女の築き上げた輝かしいキャリアは、今や一枚の汚れた紙切れによって「詐欺師」へと書き換えられたのだ。


「どの口が言ってんですか。親父さんを美少女に変えて、大家に売り飛ばしたくせに」


「うるさいわね! あれはウィンウィンの関係だったでしょ!」


 ユウサクの冷ややかなツッコミに、ネネが真っ赤になって言い返す。


「私は……故郷バトマニアの英雄だったはずだ……。弟を守り、街を救った騎士が、なぜ『加重逃走罪』などという汚名を着せられなければならない……ッ」


 ヴァレリアは壁に手をつき、ポロポロと涙を零した。誇り高く、気高かった彼女にとって、犯罪者として追われる屈辱は、死よりも辛い拷問に等しかった。


「……勇者のはずが、犯罪者かぁ。いいですねぇ、このジェットコースターみたいな展開。実にドラマチックだ」


 ユウサクだけは、どこか他人事のように感心していた。


深夜の密航:ワイン樽の三重奏


 ユウサクは確信に満ちた表情で、港に並ぶ最高級の豪華客船――『ロイヤル・アステリア号』を指差した。


「あれですよ。あの一番デカくて豪華なやつを、『徴用』しちゃいましょう。勇者の特権――いや、もはやこれは正義のための接収です。積み荷のワイン樽の中に潜り込めば、検問なんておさらばですよ」


「な、何を馬鹿な……! 私がそんな汚らしい樽になど入れるか!」


 ヴァレリアが猛抗議するが、ユウサクとネネは聞く耳を持たなかった。深夜、港の搬入口に忍び込んだ二人は、嫌がるヴァレリアを強引に空のワイン樽へと押し込めた。


「ちょっと、狭い! 鎧が当たる! 離せ、このドブネズミ……ッ!」

「我慢してください、これも世界を救うため……いや、逃げ切るためです!」


 三人それぞれが樽に収まり、蓋を閉める。数時間後、荷役たちの荒っぽい手つきで樽が運び出され、やがて腹に響くような汽笛が鳴った。船が、出航したのだ。


食糧庫の「緊急事態」


 夜が明け、船が安定した航行に入った頃。ユウサクがおそるおそる樽の蓋を押し開けると、そこはひんやりとした空気が漂う「食糧庫」だった。棚には高級なチーズや生ハムが並び、芳醇な香りが鼻を突く。


「……ぷはっ! 助かった……。ヴァレリアさん、ネネさん、もう大丈夫ですよ」


 隣の樽からネネが顔を出し、続いてヴァレリアが真っ赤な顔をして樽の中から這い出してきた。


「……ユウサク、大変だ。一刻を争う事態だ」

「どうしたんですか、敵ですか?」

「……おしっこだ。……もう限界だ、漏れる……ッ!」


 青い顔で股を押さえるヴァレリアに、ユウサクは事も無げに言った。


「ああ、それならそこのワイン樽でしちゃいなさい。俺、見てないですから」

「な、何を……! 騎士の私に、樽で致せと言うのか! 見るなよ! 絶対に見るな! 音も聞くな!!」


 ヴァレリアは半泣きになりながら、空のワイン樽にまたがった。数分後、樽の中からチョロチョロという情けない音が響き渡る。樽の中に充満していたアルコール蒸気に当てられたのか、それとも極限状態からの解放感からか、ヴァレリアは次第に「うへへ……」と締まりのない笑みを漏らし始めた。


「……最低。本当に最低な救世主一行ね、あたしたち」


 ネネは呆れ果て、ユウサクの目と耳を両手で力いっぱい押さえつけた。しかしユウサクは、ネネの手の隙間から、食糧庫の空気に混じる微かな、それでいて確かな「聖女の残り香」を大きく吸い込み、うっとりと目を細めていた。


 英雄から犯罪者、そして樽の中での醜態。ロイヤル・アステリア号の旅は、これ以上ないほど不名誉な形で幕を開けた。

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