第十四話:審判の朝と、煙の中の逃亡
最悪の目覚め
――ガシャアァァァン!!
「起きろ、罪人め! 観念して同行しろ!」
いつものように、酒場前の植え込みで無様に放置されていたユウサクの顔面に、冷徹な鉄靴が蹴り込まれた。
「……あべしっ!? ……え、あ、おはようございます、兵士さん。今日はいい天気……」
「黙れ! 貴様には重大な詐欺の疑いがかかっている。来い!」
二日酔いの頭を抱え、事態が飲み込めないまま、ユウサクは左右を兵士に固められて引きずられていった。勇者としてのメダルも、英雄としての扱いも、そこには微塵も残っていなかった。
審問室の惨劇
連行された先は、窓のない石造りの部屋――審問室だった。
正面の教壇のような席には、眼鏡をかけた神経質そうな審問官が座り、その横ではあの「大家」が、血管を浮き上がらせてユウサクを睨みつけていた。
「被告ユウサク。大家ニョマニア殿より提出された起訴状を読み上げる。……被告は、魔法によって偽造された『少女』を、高額な借金の形として原告に売り渡し、不当な利益を得ると共に、原告に精神的苦痛を与えた――」
「うっぷ……。……あの、ちょっと、待って……。きもち、わるい……」
ユウサクは顔を土気色に変え、込み上げてくる胃酸と戦っていた。大家がだらだらと被害を訴え、審問官が厳格な声で罪状を読み上げるたびに、二日酔いの脳が激しく脈打つ。
「……きもちわるい……うっぷ……!!」
「被告、発言を許可――」
「うげぇーーーーーーーーーーーっ!!!」
盛大な、あまりにも無慈悲な嘔吐。
審問室の大理石の床に、酸っぱい匂いと共に昨日摂取した安酒とつまみの残骸がぶちまけられた。審問官は絶句し、大家は悲鳴を上げて椅子を引いた。
しばしの沈黙と、掃除の時間。
部屋全体に消臭用の香煙が焚かれる中、ユウサクは少しスッキリした顔で、改めて被告席に座らされていた。昨日までは勇者。今日は、ただの「吐瀉物を撒き散らした詐欺師」である。
詭弁と法理
「……えーと、申し開きを。この国では、少女は『商品』なのでしょうか? ……うぷっ」
ユウサクは口元を押さえながら、現代知識を総動員して論点のすり替えを試みた。
「沈黙してください、被告」審問官は冷たく告げた。「少女取引は法的に推奨されるものではありませんが、本件の問題はそこではありません。原告を欺き、偽の物品を掴ませて金銭的利益(借金の抹消)を得たという『欺瞞』の事実のみが、ここでは裁かれます」
「焦るなぁ……。えーと、うぷっ。じゃあ、その時は本当に美少女だったけど、その後、違う形に変わるのを俺が知らなかった場合はどうなんです? あんなに可愛かったんですよ? おじさん(おじ)じゃなくて、少女だったじゃないですか。なんでおじさんに変わるんですか。不思議ですねぇ」
ユウサクは白々しく首を傾げた。
「……ユウサクさん。二点聞きます。その子を、どこから連れてきたのですか? そして、本人の同意は得たのですか?」
審問官の鋭い問いが刺さる。
「まさか、知らないわけはないですよね。騙したとしか思えませんが」
ユウサクは必死に回らない頭をフル回転させた。
「……そう、そうなんです! 気がついたら、その子の手を引いて大家さんの前に立っていたんです! 何か、強烈な幻術をかけられたような……俺も被害者なんです! 多分!!」
「なるほど、幻術ですか。では『魔法探知検査員』を呼びましょう。幻術の術式であれば、あなたの魔力回路に残滓が残っているはずです」
「……うわぁ、現代的だぁ……」
ユウサクの額から、だらだらと脂汗が流れた。ネネに仕込まれた偽装工作など、専門家にかかれば一発でバレる。
(もうダメだ……人生、詰んだ……)
煙の中の決着
ユウサクが絶望し、床に突っ伏そうとしたその時だった。
――ドォォォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃音と共に、審問室の壁が内側から爆発した。
立ち込める白煙。混乱する兵士たち。その中心から、見慣れた二人の影が飛び出してきた。
「ちょっと! なんで一人で捕まってんのよ、このおじさん!!」
「ユウサク、行くぞ! ここはもう終わりだ!」
ネネが杖を掲げて目くらましの煙を撒き散らし、ヴァレリアがユウサクの襟元を掴んで強引に引き起こす。
「二人とも!! 助けに来てくれたのか!!」
「勘違いしないで! あなたが全部バラしたら、あたしたちまで同罪なんだからね!!」
三人は破壊された壁の穴から飛び出し、衛兵たちの怒号を背に受けながら、全速力でザ・ベラの街を駆け抜けた。
「……ハァ、ハァ……勇者の称号はどうなったんだよ!?」
「そんなもん、返上よ! 逃げるわよ、国外まで!!」
朝日に照らされた街道を、英雄から一転して「国際指名手配犯」となった三人組が、砂埃を上げて消えていく。
ザ・ベラでの騒動は、こうして最悪の形で幕を閉じた。
(完)




