第七話:南への道標と、少年の生贄
疑念の旅路
ザ・ベラの南門を抜け、一行は「バトマニア」へと続く街道を歩いていた。
先頭を行くのは、蒼い鎧をカチャカチャと鳴らすヴァレリア。
その後ろを、まだ二日酔いの名残で顔色の悪いユウサクと、そんな彼を観察するように見つめるネネが続く。
「……ねえ、ゆうさくさん。あなた、やっぱりおかしいわよ」
ネネがひそひそ声で、ユウサクの背中に問いかけた。
「何がですか。俺は至って普通の、どこにでもいるおじさんですよ」
「どこにでもいるおじさんは、頭に斧が刺さっても死なないし、ヴァレリアさんの神速の剣を『金貨を拾うふり』で避けたりしないわ。
さっきの歩き方だってそう。ふらふらしてるようで、一歩一歩が絶妙に急所を外してる……。
あなた、本当は何者なの?」
ネネの真っ当な指摘に、ユウサクは「ははは」と力なく笑うしかなかった。
本人に自覚はない。
彼にとって、昨夜の立ち回りはただの「泥酔による奇跡」でしかなかったからだ。
記憶の残滓
そんな二人の会話に、ヴァレリアが立ち止まり、鋭い視線を投げかけた。
「……おい、隠すな。お前、本当は相当な手練れだろう?
昨夜の私の拳……まともに食らっておいて、手応えが一切なかった。
あんな真似ができるのは、よほどの達人か、あるいは……」
「いやいや、姉さん。考えすぎですよ。
俺、ただのしがない工場勤務……じゃなくて、見習いっすから。
姉さんが強すぎて、俺の体がびっくりして感覚が麻痺してただけですよ。
いやー、姉さん、本当に強いですね」
ユウサクは必死に誤魔化そうと、調子のいい言葉を並べた。
「そういえば、昔、俺の知り合いにも強い女の人がいたんですよ。
そいつ、とにかく誰とでも寝ちゃうというか、誰とでも『混ざりたがる』変な奴で.
相手が勘違いしちゃって、修羅場になるのが日常茶飯事だったなぁ。
剣の腕も凄くて……なんだか、昔の剣豪を追いかけているみたいで……」
語るうちに、ユウサクの言葉が熱を帯びていく。
だが、その「知り合い」が誰なのか。どこの誰だったのかを思い出そうとすると、頭の奥に強烈なノイズが走った。
「……あれ。名前、なんだっけ。……思い出せない。すごく、大切なことだった気がするのに……」
ユウサクの胸の奥で、何かが激しく軋んだ。
閉じ込めたはずの記憶。
自分が蹂躙し、再構築し、愛憎をぶつけた異形の家族たちの面影。
気づけば、ユウサクの頬を温かいものが伝っていた。
「……え. あれ、なんで」
自然と溢れ出す涙。
自分でも理由がわからない。悲しいのか、寂しいのか、それとも後悔しているのか。
ただ、止まらない。
「ゆうさくさん……? 泣いてるの……?」
ネネがおそるおそる顔を覗き込む。
ユウサクは慌てて乱暴に袖で目を拭った。
バトマニアの「生贄」
「……すんません。なんか、目にゴミが入ったみたいで」
ユウサクは強引に話題を切り替えるように、ヴァレリアに問いかけた。
「ところで、なんで俺たちをそんなに急かすんですか、ヴァレリアさん」
「……時間がないんだ」
ヴァレリアは南の空を見つめ、苦渋に満ちた表情で答えた。
「バトマニアは今、得体の知れない怪物に乗っ取られている。
その怪物は週に一人、生贄を要求してくるんだ。
そして……今日の夜が、その儀式の日なんだよ」
ヴァレリアは拳を強く握りしめ、砂を噛むような思いで続けた。
「そいつは……『少年』にしか興味がない。丸々と太った豚でも、美しい処女でもない。
幼い少年の絶望だけを好んで喰らう、偏執的な怪物なんだ。
そして、今夜の生贄に選ばれたのは……私の、たった一人の弟なんだよ!!」
「……少年しか食べない怪物、ですか。それはまた、ずいぶんと……」
ユウサクの脳内では、この悲劇が「タイムリミット付きの限定クエスト」として変換された。
救うべき少年。悲劇の姉。そして変態的な性癖を持つボス。
――完璧だ。これこそ勇者が輝くための最高の舞台じゃないか。
城の内通者
「だったら、ヴァレリアさんもお城の王様に直接訴えればよかったじゃないですか」
「……ダメだ。城には『内通者』がいる。
私が正面から頼みに行けば、王に拝謁する前に消されるのがオチだ。
だから私は、お城に招かれたお前たちの様子を密かに伺っていたんだ。
共に逃げ延びた私の仲間も、城の門をくぐる前にそいつに皆殺しにされた……。
王も、大臣たちも、どこまで信じていいかわからない」
ヴァレリアは、ユウサクを射抜くような目で見つめた。
「だが、お前たちの実力は本物だ。昨夜、私の剣を受け流したあの身こな……。
頼む、ユウサク。弟を、バトマニアを助けてくれ」
「行きましょう。バトマニアへ。
今日中にその怪物とやらを退治して、弟さんを救い出す。
……ハッピーエンドを確定させるのが、俺たち勇者パーティの仕事ですからね」
ユウサクは涙の跡を隠し、満面の笑みで、呪われた街へと続く街道を力強く歩き出した。




