第六話:蒼の騎士と、酔いどれの指先
お約束のどんちゃん騒ぎ
「さあさあ、皆の衆! 今日は俺の……いや、大魔導士ネネさんの奢りだ! 好きなだけ飲んでくれ!」
その晩、ザ・ベラの「出会いの酒場」は、かつてないほどの熱狂に包まれていた。
ユウサクはどこから持ってきたのか、ギルドから受け取ったばかりの報奨金袋を景気よく振り回し、冒険者たちにエールを振るわれるままに振る舞っていた。
「ゆうさくさん、あなた正気? こんなに使い果たしちゃって……」
呆れるネネに、ユウサクは真っ赤な顔で、人差し指を立てて説いた。
「ネネさん、わかってないなぁ。大きな功績を上げた後は、酒場で皆に振る舞ってどんちゃん騒ぎをする。これがこの手の世界の『お約束』、義務と言ってもいい。これをやらないと、フラグが立たないんだよ。へへっ」
「なにそれ、意味わかんない」
ネネは思わず吹き出したが、周囲の冒険者たちは「ネネちゃん最高!」「大魔導士万歳!」と彼女を称賛する嵐を巻き起こしている。その光景は、ネネにとっても決して悪い気分ではなかった。
蒼の騎士の乱入
そんな喧騒の中、酒場の空気を切り裂くような鋭い足音が響いた。
現れたのは、磨き抜かれた蒼い全身鎧を身に纏った、引き締まった体躯の女だった。
「あんたが……あの竜を殺したっていうのは本当かい?」
女騎士は真っ直ぐにネネの元へ歩み寄ると、低く威圧感のある声で問いかけた。ユウサクは「おっ」と声を漏らし、ヒックとしゃっくりをしながら彼女の前に立ち塞がった。
「いやいや、違いますよお嬢さん。竜を倒したのは、そこにいる絶世の大魔導士、ネネ様ですよ。ヒック……。さあ皆、ネネ様にバンザーイ!」
「バンザーイ!!」と野次馬たちが唱和する。だが、蒼い鎧の女――ヴァレリアは、その茶番に顔を真っ赤にして激昂した。
「いい加減にしな! こちとら本気で聞いてるんだ!!」
「へへへ、そんなに怒らなくても。飲む場でも鎧を着てるなんて、実にファンタジーっすねぇ」
ユウサクの目は、濁りきっていた。彼はヴァレリアの胸元、機能美を追求したゆえに不自然に強調された鎧の突起を、いやらしい目つきで眺め始めた。
「……ここ、何が入ってるんです? 防御用? それとも……」
あろうことか、ユウサクは人差し指を伸ばし、その鎧の最も尖った部分を「ツン」と突き刺した。
――バッチィィィィィン!!
「……ゴロゴロゴロ!!」
ユウサクの体が、酒場の床を独楽のように回転しながら吹き飛んだ。
セクハラと決闘
「私はなあ……女扱いされてセクハラされるのが、いっちばん許せねえんだよ!!」
ヴァレリアは剣の柄を握りしめ、肩を怒らせて叫んだ。
殴られたユウサクは、頬を真っ赤に腫らしながらも、どこか楽しげにケラケラと笑っている。
「はてな……何かしましったっけ? けけえけ、けっ」
酷い酔い方だ。今のユウサクは、目に映るものすべてに絡み、面白がる、極めてたちの悪い厄介者と化していた。
「決闘だ、ドブネズミめ! 私の名前はヴァレリア。貴様の名前は!」
「ゆうさく……ひっく」
「表に出ろ! その薄ら笑い、叩き直してやる!」
ヴァレリアに襟首を掴まれ、ユウサクはそのまま酒場の外へと投げ飛ばされた。
酔いどれの真価
酒場の前には、一目見ようと大勢の野次馬が詰めかけた。
「あの男、竜を倒したお付きなんだろ?」「どれほどの腕前か見てやろうぜ」
観衆の中には、不安と好奇心が入り混じった表情のネネもいた。
「死ねッ!!」
ヴァレリアの長剣が、鋭い音を立てて振り下ろされる。
だが、ユウサクのふらつく足が、絶妙なタイミングで右へとよろけた。剣先は空を切り、地面を深く削る。
「ならば、これならどうだ!」
ヴァレリアが真横に、神速の水平斬りを見舞う。
誰もが「終わった」と思ったその瞬間、ユウサクは唐突に、深々とお辞儀をした。
「あ、金貨……」
剣筋はユウサクの後頭部をわずか数ミリの差で通り過ぎる。ユウサクが手を伸ばしたのは、金貨ではなく、月明かりに反射して光っていたただの石ころだった。
「ちぇ、なんだ、光る石か……」
「ふざけるなッ!!」
翻弄されていると感じたヴァレリアが、全身の力で突進する。
ユウサクは無造作に、拾い上げた光る石を彼女の兜へと投げつけた。
カチィィン! と軽い音が響く。衝撃自体はたいしたことはなかったが、あまりの馬鹿げた反撃に、ヴァレリアは呆気にとられて足を止めた。
「へへえへへ……お姉さん、ここ、また突起を――!!」
ユウサクは再びニヤけながら、千鳥足でヴァレリアの胸元へと指を伸ばした。
兜の下の素顔と、最悪の夜明け
「くぅ……!!」
ヴァレリアは屈辱に震えながら、乱暴に兜を脱ぎ捨てた。
そこから零れ落ちたのは、夜風にたなびく鮮やかな銀髪と、吊り上がった大きな瞳が印象的な、凛とした美貌の少女の顔だった。年齢はネネより少し上か、二十歳前後といったところか。その整った顔立ちは、今や怒りで煮えくり返っている。
「剣がだめなら、これだッ!!」
剣を放り投げ、ヴァレリアは素手でユウサクに殴りかかった。
ドゴッ、バキッ、と鈍い音が響き、ユウサクの顔面が何度も歪む。だが、殴っている側のヴァレリアは愕然とした。まるで底なしの沼を叩いているような、一切の手応えのなさに。
「おやじさーん、酒ー。おかわり持ってきてー」
ユウサクはボコボコにされながらも、焦点の合わない目でへらへらと笑い続けている。やがて、腕が上がらなくなるまで打ち据えたヴァレリアは、肩で息をしながら膝を突いた。
「……おまえ、明朝出立するんだよな。バトマニアに……な。ここに集合だ。遅れたら、次は命がないと思え」
それだけ言い残し、彼女は月夜の影へと消えていった。
ユウサクの意識は、そこでおぼろげな記憶の波に飲み込まれた。ゆらめく夜空、遠ざかる野次馬の笑い声、そして地面の冷たさ……。
――バタン。
翌朝。
ユウサクが目を覚ましたのは、見覚えのない道端の植え込みの中だった。
頭を割るような二日酔いの鈍痛に顔をしかめていると、目の前に影が落ちた。
「……いつまで寝ている。起きろ、ドブネズミ」
冷徹な声に見上げれば、そこには昨夜の蒼い鎧を纏った美少女――ヴァレリアが立っていた。
朝日を浴びた彼女の銀髪を見た瞬間、昨夜の自分の愚行……鎧の突起を突き、酔った勢いでセクハラまがいの暴言を吐き続けた記憶が、濁流のように脳裏に蘇ってきた。
「……あ。……あぁぁぁぁぁぁ!!?」
ユウサクは絶叫し、飛び起きて地面に頭を擦りつけた。
「ご、ごめんなさいいぃぃ!! 本当にすみません! 酒のせいです、全部あの安酒が悪いんです!! 殺さないでください、どうか、どうかお慈悲を!!」
情けなく平謝りを繰り返すユウサクを、ヴァレリアはゴミを見るような冷ややかな目で見下ろしていた。




