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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第3章 出発(たびだち)のバラード

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第六話:蒼の騎士と、酔いどれの指先

お約束のどんちゃん騒ぎ


「さあさあ、皆の衆! 今日は俺の……いや、大魔導士ネネさんの奢りだ! 好きなだけ飲んでくれ!」


 その晩、ザ・ベラの「出会いの酒場」は、かつてないほどの熱狂に包まれていた。

 ユウサクはどこから持ってきたのか、ギルドから受け取ったばかりの報奨金袋を景気よく振り回し、冒険者たちにエールを振るわれるままに振る舞っていた。


「ゆうさくさん、あなた正気? こんなに使い果たしちゃって……」

 呆れるネネに、ユウサクは真っ赤な顔で、人差し指を立てて説いた。


「ネネさん、わかってないなぁ。大きな功績を上げた後は、酒場で皆に振る舞ってどんちゃん騒ぎをする。これがこの手の世界の『お約束』、義務と言ってもいい。これをやらないと、フラグが立たないんだよ。へへっ」


「なにそれ、意味わかんない」

 ネネは思わず吹き出したが、周囲の冒険者たちは「ネネちゃん最高!」「大魔導士万歳!」と彼女を称賛する嵐を巻き起こしている。その光景は、ネネにとっても決して悪い気分ではなかった。


蒼の騎士の乱入


 そんな喧騒の中、酒場の空気を切り裂くような鋭い足音が響いた。

 現れたのは、磨き抜かれた蒼い全身鎧フルプレートを身に纏った、引き締まった体躯の女だった。


「あんたが……あの竜を殺したっていうのは本当かい?」


 女騎士は真っ直ぐにネネの元へ歩み寄ると、低く威圧感のある声で問いかけた。ユウサクは「おっ」と声を漏らし、ヒックとしゃっくりをしながら彼女の前に立ち塞がった。


「いやいや、違いますよお嬢さん。竜を倒したのは、そこにいる絶世の大魔導士、ネネ様ですよ。ヒック……。さあ皆、ネネ様にバンザーイ!」


「バンザーイ!!」と野次馬たちが唱和する。だが、蒼い鎧の女――ヴァレリアは、その茶番に顔を真っ赤にして激昂した。


「いい加減にしな! こちとら本気で聞いてるんだ!!」


「へへへ、そんなに怒らなくても。飲む場でも鎧を着てるなんて、実にファンタジーっすねぇ」


 ユウサクの目は、濁りきっていた。彼はヴァレリアの胸元、機能美を追求したゆえに不自然に強調された鎧の突起を、いやらしい目つきで眺め始めた。


「……ここ、何が入ってるんです? 防御用? それとも……」


 あろうことか、ユウサクは人差し指を伸ばし、その鎧の最も尖った部分を「ツン」と突き刺した。


 ――バッチィィィィィン!!


「……ゴロゴロゴロ!!」

 ユウサクの体が、酒場の床を独楽のように回転しながら吹き飛んだ。


セクハラと決闘


「私はなあ……女扱いされてセクハラされるのが、いっちばん許せねえんだよ!!」


 ヴァレリアは剣の柄を握りしめ、肩を怒らせて叫んだ。

 殴られたユウサクは、頬を真っ赤に腫らしながらも、どこか楽しげにケラケラと笑っている。


「はてな……何かしましったっけ? けけえけ、けっ」


 酷い酔い方だ。今のユウサクは、目に映るものすべてに絡み、面白がる、極めてたちの悪い厄介者と化していた。


「決闘だ、ドブネズミめ! 私の名前はヴァレリア。貴様の名前は!」


「ゆうさく……ひっく」


「表に出ろ! その薄ら笑い、叩き直してやる!」


 ヴァレリアに襟首を掴まれ、ユウサクはそのまま酒場の外へと投げ飛ばされた。


酔いどれの真価


 酒場の前には、一目見ようと大勢の野次馬が詰めかけた。

 「あの男、竜を倒したお付きなんだろ?」「どれほどの腕前か見てやろうぜ」

 観衆の中には、不安と好奇心が入り混じった表情のネネもいた。


「死ねッ!!」

 ヴァレリアの長剣が、鋭い音を立てて振り下ろされる。

 だが、ユウサクのふらつく足が、絶妙なタイミングで右へとよろけた。剣先は空を切り、地面を深く削る。


「ならば、これならどうだ!」

 ヴァレリアが真横に、神速の水平斬りを見舞う。

 誰もが「終わった」と思ったその瞬間、ユウサクは唐突に、深々とお辞儀をした。


「あ、金貨……」


 剣筋はユウサクの後頭部をわずか数ミリの差で通り過ぎる。ユウサクが手を伸ばしたのは、金貨ではなく、月明かりに反射して光っていたただの石ころだった。


「ちぇ、なんだ、光る石か……」


「ふざけるなッ!!」

 翻弄されていると感じたヴァレリアが、全身の力で突進する。

 ユウサクは無造作に、拾い上げた光る石を彼女の兜へと投げつけた。


 カチィィン! と軽い音が響く。衝撃自体はたいしたことはなかったが、あまりの馬鹿げた反撃に、ヴァレリアは呆気にとられて足を止めた。


「へへえへへ……お姉さん、ここ、また突起を――!!」


 ユウサクは再びニヤけながら、千鳥足でヴァレリアの胸元へと指を伸ばした。


兜の下の素顔と、最悪の夜明け


「くぅ……!!」

 ヴァレリアは屈辱に震えながら、乱暴に兜を脱ぎ捨てた。

 そこから零れ落ちたのは、夜風にたなびく鮮やかな銀髪と、吊り上がった大きな瞳が印象的な、凛とした美貌の少女の顔だった。年齢はネネより少し上か、二十歳前後といったところか。その整った顔立ちは、今や怒りで煮えくり返っている。


「剣がだめなら、これだッ!!」


 剣を放り投げ、ヴァレリアは素手でユウサクに殴りかかった。

 ドゴッ、バキッ、と鈍い音が響き、ユウサクの顔面が何度も歪む。だが、殴っている側のヴァレリアは愕然とした。まるで底なしの沼を叩いているような、一切の手応えのなさに。


「おやじさーん、酒ー。おかわり持ってきてー」


 ユウサクはボコボコにされながらも、焦点の合わない目でへらへらと笑い続けている。やがて、腕が上がらなくなるまで打ち据えたヴァレリアは、肩で息をしながら膝を突いた。


「……おまえ、明朝出立するんだよな。バトマニアに……な。ここに集合だ。遅れたら、次は命がないと思え」


 それだけ言い残し、彼女は月夜の影へと消えていった。

 ユウサクの意識は、そこでおぼろげな記憶の波に飲み込まれた。ゆらめく夜空、遠ざかる野次馬の笑い声、そして地面の冷たさ……。


 ――バタン。


 翌朝。

 ユウサクが目を覚ましたのは、見覚えのない道端の植え込みの中だった。

 頭を割るような二日酔いの鈍痛に顔をしかめていると、目の前に影が落ちた。


「……いつまで寝ている。起きろ、ドブネズミ」


 冷徹な声に見上げれば、そこには昨夜の蒼い鎧を纏った美少女――ヴァレリアが立っていた。

 朝日を浴びた彼女の銀髪を見た瞬間、昨夜の自分の愚行……鎧の突起を突き、酔った勢いでセクハラまがいの暴言を吐き続けた記憶が、濁流のように脳裏に蘇ってきた。


「……あ。……あぁぁぁぁぁぁ!!?」


 ユウサクは絶叫し、飛び起きて地面に頭を擦りつけた。


「ご、ごめんなさいいぃぃ!! 本当にすみません! 酒のせいです、全部あの安酒が悪いんです!! 殺さないでください、どうか、どうかお慈悲を!!」


 情けなく平謝りを繰り返すユウサクを、ヴァレリアはゴミを見るような冷ややかな目で見下ろしていた。

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