第二話:出会いの街の偽り
墜落、そして邂逅
――どぉぉぉぉん!!
凄まじい衝撃波と共に、のどかな草原に巨大なクレーターが穿たれた。
土煙が舞い上がり、巻き込まれた草花が瞬時に炭化する。普通の人間の頑強さを遥かに超越した魔王の肉体でなければ、今の一撃でユウサクの魂はあの世へ「射出」されていただろう。
「……ぐ、はっ……死ぬ。マジで死ぬっての……」
泥を噛み、全身の関節が悲鳴を上げる中、ユウサクは這々の体でクレーターの底から這い出した。
煤まみれになった服を払い、乱れた呼吸を整えていると、上空からおそるおそる覗き込む影があった。
「あの……大丈夫、ですか……?」
そこにいたのは、一人の少女だった。
粗末だが清潔な麻の服を着た彼女は、震える手で杖を握りしめ、目を白黒させてユウサクを見下ろしていた。
「……あ、ああ。なんとか生きてるよ……」
「よ、よかったぁ……。空から何かが降ってきたから、てっきり魔王軍の爆撃かと。普通の人間の方で本当によかったです」
ユウサクは心の中で「その魔王本人なんだわ、これ」と毒づきながら、服の埃を落として尋ねた。
「ここは……どこですか? 俺、ちょっと方向音痴で」
「ふふふ、あなた、飛行魔術に失敗したのね? 独学の見習い魔術師さんかしら」
少女は安堵したのか、少しだけ得意げに微笑んだ。
「ここは『出会いの街』。アステリア大陸の東端に位置する、ザ・ベラよ。ここにある『出会いの酒場』が世界的に有名だから、みんなこの街をそう呼んでいるの」
「……出会いの街? ザ・ベラ?」
ユウサクは顔を引き攣らせた。
出会いの街、出会いの酒場。四十路の独身男にとって、その響きは期待よりも先に、かつての日本に蔓延していた「出会い系サイト」の怪しげな広告を想起させた。
「……ああ、出会い系、ね。なるほど」
「であいけい……? 何それ、新しい魔術の系統?」
少女が首を傾げる。どうやら文化の壁は厚いようだ。
勇者不在の「平和」
「それより、聞きたいことがあるんだ。勇者……勇者っていう人には、どこに行けば会えますか?」
ユウサクの切実な問いに、少女の顔から一瞬にして笑みが消えた。
彼女は悲しげに目を伏せ、首を横に振った。
「勇者様……? そんなの、いないわよ。もし本当に勇者がいたのなら、私たち人間があんなモンスター……亜人種たちに脅かされることなんて、なかったはずだもの」
「モンスター……? でも、君は今、普通の人間でよかったって言ったよね。ここにはそんなに化け物が出るのか?」
「ええ。アステリア大陸は、他の大陸と違ってまだ『平和なほう』だと言われているわ。でも、それは魔王軍――あのモンスターと化した亜人種たちに、まだ完全に目をつけられていないっていうだけの話。私たちは常に怯えながら生きているの。首輪をはめられ、家畜のように管理される……そんな噂の地獄が、いつここに来るかって」
「魔王か……許せないな、そいつ。とんでもない奴だ」
ユウサクは少女の言葉に同調し、憤りを感じながら、思わず自分の首筋をさすった。
――待てよ、それって俺のことだよな?
一瞬、背筋を冷たいものが走った。だが、不思議なことにその「魔王としての記憶」は、陽炎のようにゆらゆらと遠ざかっていく。
くらくらとする頭の中で、自分が何者であったのか、これまで何をしてきたのかが、霧に包まれるように曖昧になっていくのを感じた。
コスプレ会場と処世術
案内がてら、ユウサクは隣を歩く少女に問いかけた。
「その杖……失礼ですが、あなたはもしや、魔法使いの方ですか?」
「ふふん、その通りよ! 私はネネ。十八歳。あ、いま『若すぎる』とか思ったでしょ? 実際十五歳くらいに見られることが多いんだけど、失礼しちゃうわよね。身長が少し低いからかしら」
ネネと名乗った彼女は、ぷくっと頬を膨らませた。
身長は百五十センチに満たないほど小柄で、赤いワンピースに緑のマントという出立ち。何より二つに分けた長いおさげが、彼女の幼さを強調している。その手に持つ巨大な杖も相まって、ユウサクの目には異世界情緒というより、コミケのコスプレ会場か何かに迷い込んだようにしか見えなかった。
(……そのおさげが、特に幼さをブーストしてるんだと思うけどな)
言いかけた言葉を、ユウサクは飲み込んだ。
どうせ女という生き物は、狙ってその格好をしているくせに、指摘されると怒るものだ。ここは褒めるのが正解だ。
シズクや浅葱といった、一筋縄ではいかない女性陣に囲まれて暮らすうちに、彼はいつの間にか高度な処世術を獲得していた。
「……いや。その透き通るような目と、おさげ髪。とても似合っていて、美しいと思いますよ」
「えっ、あ、ありがと……。急に何を……」
ネネが顔を赤らめて杖を抱え直す。
よし、成功だ、とユウサクは内心でガッツポーズをした。
酒場の泥仕合
案内された「出会いの酒場」は、まさにベタなRPGの光景そのものだった。
壁に貼られた仕事の請負依頼、仲間募集の掲示板、そして安酒の匂い。ユウサクは「出来過ぎだ」と溜息をついた。
「ネネさん! 今日こそ俺たちとパーティ組んでくださいよ、姉さん!」
店に入るなり、粗野な冒険者たちがネネに声をかける。どうやら彼女はこの辺りでも腕利きの魔法使いらしい。
そんな賑わいの中、ずかずかと音を立ててフルプレートの騎士三名が入り込んできた。
「……やべ、白銀の冒険者だ」
「目をつけられると面倒だぞ」
周囲が急に静まり返り、人々が視線を逸らす。ユウサクは何が「面倒」なのか分からず、ただ呆然と眺めていた。
騎士のリーダー格がおもむろに近づくと、いきなりネネのおさげを乱暴に掴み上げた。
「おい、ネネ。いい加減俺たちのパーティに入れ。そうすりゃ、お前の親父が作った借金、帳消しにしてやるぜ」
「や、やめてよ! 離して!」
ユウサクはそれを、ゲームのイベントムービーを見ているような気分で眺めていた。だが、いきなりその「画面」が乱れた。
「……あ?」
――バチィィィン!!
騎士の一人が、邪魔だと言わんばかりにユウサクの右頬を殴り飛ばした。
衝撃でユウサクの首がぐるんと半回転近く回る。普通なら即死だが、魔王の肉体は勝手にもとに戻った。
「……てめ、やりやがったな」
ユウサクもカッとなり、騎士の面に殴りかかった。
そこからは、英雄の戦いとは程遠い泥仕合だった。
ユウサクは騎士の鎧の隙間に指を突っ込み、騎士はユウサクの髪を引っ張り、三人相手に転げ回って殴り合う。それはもはや子供の喧嘩そのものだった。
魔法も剣技もない、ただの罵声と土煙の混じった乱闘。収拾がつかなくなり、最後は衛兵の影が見えたところで「おひらき」となった。
ボロボロになり、鼻血を拭うユウサクの隣で、ネネが呆れたように問いかけた。
「……あなた。……強いの? それとも、弱いの?」
首が変な方向に回っても生きているのに、パンチ一発で鼻血を出す。
その矛盾だらけの「自称・見習い」を、ネネは不審げな瞳で見つめていた。




