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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第3章 出発(たびだち)のバラード

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第一話:理想郷の胎動(ソード&ソーサリー)

【前書き:第一章・第二章のまとめ】


 管理AIヘスティアの沈黙により、かつての秩序が崩壊した地上世界。地底へと突き落とされていた「冴えない四十男」ユウサクは、異形の王・浅葱アサギと忠実な巫女・シズク、そして生物的な脈動を繰り返す移動要塞「カオス城」と共に、再び地上へと這い出した。

 カオス城が振りまく「ASG粒子」は既存の物理法則を上書きし、聖浄軍の精鋭・ショウゴ少佐や鉄血連盟の戦士たちを次々と「再構築」という名の蹂躙で飲み込んでいく。

 横浜、そして品川。東京を拠点とした蹂躙の果てに、世界はユウサクの意図せぬまま、異形が人間を管理する「魔王の領土」へと作り変えられた。

 数年間の混濁した眠りを経て、ユウサクが再び目を覚ましたとき、そこには彼がかつて夢想した「剣と魔法の世界」が、最悪の形で具現化していた。

理想郷という名の檻


 ユウサクは、混濁する意識を引きずりながらカオス城の外へと足を踏み出した。


 かつて彼が拠点としていた場所の面影は、もはや一片も残っていない。

 視界に入るのは、巨大な節足動物の脚で大地を蹂躙し、生物的な拍動を繰り返す異形の城塞――カオス城だけだ。


「……なんだ、これは」


 ユウサクの視界に広がるのは、彼がかつて夢想した「剣と魔法の世界」そのものの光景だった。

 だが、その緑豊かな風景の中を歩く者たちは、言葉を失うほどに歪だった。


 街道を行き交う人間、そして亜人種たち。その全員が、首に鈍く光る**「首輪」**を嵌められ、鎖で繋がれている。


 彼らはまるで一本の糸に操られる人形のように列をなし、整然と歩いていた。それなのに、その表情には悲壮感など欠片もない。それどころか、ユウサクの姿を認めると、彼らは一様に足を止め、うっとりとした、どこか虚ろな瞳で深く頭を垂れた。


「「「魔王様、おはようございます」」」


 揃いすぎた挨拶。

 ユウサクは背筋に氷を押し当てられたような戦慄を覚えた。


ASG粒子の福音と呪い


「様変わりしましたね、魔王様」


 背後から、しずくの透き通るような声がした。白磁の肌に竜の鱗を持つ彼女は、慈しむような視線でその異常な風景を眺めていた。


「しずく、これはどういうことだ……。この首輪は何だ? この連中は、一体……」


「すべてはカオス城が絶え間なく散布し続けている『ASG粒子』による恩恵ですよ。この粒子が世界を埋め尽くしたことで、既存の『ことわり』は劇的に変質しました」


 しずくは流れるような所作で、空中に舞う桃色の微粒子を指差す。


「物理的な理が消えたわけではありません。ただ、ASG粒子がそこに『魔法』という新たな道理を書き加えたのです。人々はその超常的な力に溺れ、代償として自ら首輪という名の触媒を受け入れました。彼らににとって、魔王様による支配は絶対的な救いなのですよ」


 ユウサクが憧れていた「剣と魔法の世界」。

 それは、既存の物理法則というキャンバスの上に、ASG粒子という毒々しい絵具で無理やり「ファンタジー」を描き込んだ、あまりにも静謐な「地獄」だった。


三姉妹による管理と蹂躙


「浅葱さんは?」


「『あはは、面白い! 私、自分の世界を作ってくる!』……そう仰って、既にどこかへ旅立たれました。今は、私たちの姉妹がそれぞれ与えられた役目を持って、この新世界の基盤を管理・運用しています」


 しずくが指差した先では、三人の幹部たちがそれぞれの「仕事」に励んでいた。広場の中央では、ミランダが人間と亜人種たちを並べ、厳格な「教育」を行っていた。


「聞きなさい。魔王様への感謝こそが、あなたの魔法の源となるのです。個の意志など不要な不純物。首輪を通じて流れる多幸感に、その身を委ねなさい」


 彼女は微笑みながら、首輪の出力を調整し、抗う意志を持つ者の精神を「最適な従順さ」へと書き換えていく。その傍らでは、レアが地面に這いつくばった亜人種の男を、無機質な瞳で見下ろしていた。


「これ、いたい? もっと、なく? ワタシ、みる。オモシロイ」


 レアはカタコトの言葉で呟きながら、男の肉体に直接ASG粒子を流し込み、過剰な再生と崩壊を繰り返させていた。それは実験という名のいたぶりだった。男は悲鳴すら上げられず、レアの指先から漏れる魔法の光に焼かれ、快楽と苦悶の混ざり合った声を漏らす。


 そして、城の周囲を囲うように異常な速度で成長する巨大な植物群のなかに、アナスタシアがいた。


「もっと……もっと深く根を張りなさい。この地の理を吸い尽くし、カオス城の苗床となるのです」


 彼女が触れるたび、植物たちは意思を持つかのように蠢き、周囲の生物を取り込んで繁殖を繰り返す。彼女の役目は、この世界の生態系そのものを、ASG粒子を循環させるための「巨大な内臓」へと変え、繁殖させることだった。


混濁する思考、逃避の果ての「旅」


「……あ、あぁ……」


 ユウサクの頭の中は、くらくらとした目眩に支配されていた。

 何もかもが、自分の知らないところで勝手に書き換わってしまった。


 ――俺は、いったい何がしたかったんだ?


 思考が空回りし、視界が歪む。

 かつての工場勤務時代から、自分には「やりたいこと」なんて本当は一つもなかった。

 揺れる風任せの帆船のように、誰かに、何かに、行き着く先を決めてもらうだけの人生だった。


 熱い涙が頬を伝う。

 本当は、シズクさえいればよかった。

 自分の卑屈さも、惨めさも、すべてを肯定して、ぬるま湯に浸からせてくれる場所があれば、それでよかったのだ。

 誰も傷つけたくなかった。誰の人生も背負いたくなかった。


(……もう一度、寝る、って言ったら……またシズクに怒られるよな……)


 恐怖と絶望、そして逃避願望が、ユウサクの壊れかけた脳内で一つの奇妙な形を結んだ。


「……そうだ!!」


 ユウサクは叫んだ。それは救いを求める悲鳴に近い咆哮だった。


「シズク! 俺、決めたんだ! 勇者を探す旅に出るよ!」


「はい? 勇者を……ですか?」


 しずくが眉をひそめ、首を傾げる。


「ああ! どこかにいるはずなんだ、本当の勇者が! そいつを見つけて、俺を……この魔王を倒してもらう! そうすれば、全部うまくいくんだ。だから、俺は勇者を探しに行く!」


 しずくの瞳が、一瞬の沈黙のあと、ゾッとするような艶やかな悦びに濡れた。


「……ふふっ。なるほど、魔王様。私たちを試す旅に出られるのですね。すでに世界征服は完了しておりますもの。余興としては、実におもしろい趣向ですわ」


「余興じゃない! 俺は本気で……!」


「ええ、ええ、わかっておりますわ。ならば我々も全力で、その『余興』を盛り上げねばなりませんね。私の方でも、魔王様あなたを倒すに相応しい勇者……いえ、『魔王てき』を、至る所に用意してお待ちしております」


 しずくは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。


「では――いってらっしゃいませ、魔王様」


「え、あ、ちょっ……」


 頭を下げると同時、しずくの細い指先がユウサクの襟元を掴んだ。

 そして、竜族の怪力が、抵抗する暇も与えずユウサクを空へと跳ね飛ばした。


「あーれーー!! どこまで飛ぶんだ、これ……!!」


 青空をバックに、ユウサクの情けない絶叫がこだまする。

 こうして、ユウサクの「現実逃避」から始まるマッチポンプの旅は、あまりにも唐突で暴力的な射出によって幕を開けた。

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