第3話「白き追撃者と鉄の墓場」
光に浮かぶ「白」
「シズク、来るぞ! 壁が……ドームの壁が目の前だッ!」
玉座の足元で体育座りをして震えるユウサクが絶叫する。
カオス城は多脚を鳴らし、巨大な質量を維持したままドーム壁へと一直線に突進している。摩擦で赤熱した「石の脚」が大地を削り、背後には地獄のような土煙の尾が伸びていた。
その時、玉座の空間に「びょん」と乾いた音が響き、半透明の映像が空間に浮かび上がった。
「敵機、発見……! 凄まじい速度でこちらを追随していますわッ!」
シズクが神経束に繋がれたまま、歯を食いしばって報告する。
投影された映像の中に、それはいた。
純白の装甲を纏い、蒼い噴射炎を引いて空を滑空する、全高3メートルの人型兵器。一切の無駄を削ぎ落としたその機能美は、泥臭いカオス城とは対極にある「正解」の輝きを放っている。
「……白い、彗星だ」
ユウサクは、恐怖でガタガタと震えながらも、その姿に視線を奪われていた。
かつての記憶のどこかにある、あの伝説の機体。名前こそ思い出せないが、男としての本能が、あるいはかつてのオタク的なワクワクが、恐怖を上回る瞬間が訪れる。
(かっこいい……なんだよあれ、すげぇ……!)
だが、次の瞬間には背筋を走る戦慄が彼を現実へと引き戻す。あれは自分たちを殺しに来る、死神の白なのだ。
「アハハハッ! 勇ましいではないか。あの白き玩具、わらわが討ち落としに出撃してやろうか?」
全裸のまま優雅に空中を浮遊する浅葱が、楽しげにユウサクの頭を撫でながら囁く。
「い、いいえ! 魔王様はわたくしがお守りしますわ! なんとか……持ちこたえてみせます!」
シズクが叫び、神経の管がさらに彼女の肌を強く締め付ける。カオス城が「ヒヒィィィン!」と咆哮を上げ、ドーム壁との衝突に備えて全防壁を前面に展開した。
正解の暴力、無様な突入
「……混沌の獣め。私の世界に、お前たちのような『獣』の居場所はないのだ」
純白の装甲『ホワイト・グレイブ』を全身に纏ったショウゴは、自身の四肢を動かすのと同義の感覚で、冷徹に照準を固定する。彼にとってこの戦いは、理性を欠いた害獣を処分する「狩り」に過ぎなかった。
至近距離から放たれた高精度ミサイルが、蒼い軌跡を描いてカオス城の関節部へと吸い込まれた。
「ドォォォォォンッ!」
爆風が城内を蹂躙し、消火器を抱えていたルカが「きゃああああっ!」と吹き飛ばされる。ルナは鋭い反射神経で天井の配管に飛びついたが、城の姿勢は大きく崩れた。
「あああああッ! 壁が、壁が来るぞぁぁぁ!」
ユウサクの悲鳴と同時に、制御を失いかけたカオス城がドーム壁に激突する。
「メキメキ……バリバリバリィッ!」
ドームの障壁とカオス城の外壁が火花を散らし、互いの存在を削り合う。城はドーム壁の側面を激しく削り取りながら、衝撃で本来の軌道から大きく逸れて吹き飛んでいった。凄まじい衝撃と遠心力がユウサクの身体を玉座の脚に叩きつける。
だが、その無謀な突進がドーム의 障壁を力尽くで食い破った。
その刹那、「やれやれ、これ以上は興が削がれるわい」と呟き、浅葱が弾丸のような速さで城の外へと飛び出していった。
「……何だと!? 化け物め!」
追撃を続けていたショウゴが戦慄する。全裸のまま空を舞う浅葱の姿を捉えようとした瞬間、彼女の鋭い飛び蹴りが『ホワイト・グレイブ』の胸部装甲を真っ向から捉えた。
「ぐはっ……!?」
凄まじい衝撃。純白の巨人は無残に空中でのバランスを崩し、出力の落ちた噴射炎を虚空に撒き散らしながら、力なく地面へと衝突した。土煙を上げて大地を抉る、正解の敗北。
落ちていく最中、ショウゴは通信機越しに絶叫する。
「舐めるなよ! ホワイト・グレイブはこんなものではないのだーッ!」
それは、エリートのプライドが砕け散った、完全な負け惜しみだった。
その隙を見逃さず、カオス城は足をもつれさせながらも、そそくさとその場を逃げ去った。
鉄の墓場、沈黙の湾岸
光の障壁を突き抜けた先には、灰色の空と冷たい海が広がっていた。
だが、そこは目指していたドーム都市の中心部ではなかった。
ショウゴの攻撃により軌道を大きく逸らされたカオス城は、都市の喧騒から遠く離れた、三浦半島の先端へと漂着していたのだ。突入に失敗し、転がるようにしてたどり着いたその場所で、ユウサクは窓の外に錆びついた看板を見つけた。
そこには、『よこすか』という文字が辛うじて読み取れた。
「……よこすか? 横須賀だよ、シズク! よこすかって言ったらあれだ、マグロだ! 美味いマグロと海軍カレーの街だぞ!」
ユウサクの顔が、恐怖を忘れて一瞬だけパッと明るくなる。かつての工員時代の休日、バイクでツーリングに訪れた懐かしい記憶。彼は身を乗り出し、故郷の断片に触れた喜びではしゃぎ声を上げた。
だが、その歓喜は数秒と持たなかった。
目に飛び込んできたのは、赤錆に覆われた巨大なクレーンの残骸、打ち棄てられた軍艦の死骸、あるいはかつて「獣」と見なされた者たちが収容されていたかのような、生命の気配が一切絶えた無機質な廃墟群だった。
「……ああ、そうか。ここは俺の知ってる横須賀じゃない。ヘスティアが作った無情なパラレルワールドなんだ……」
マグロもカレーも、観光客の笑い声もない。ただ鉄の臭いと冷たい波の音だけが支配する墓場。
現実に引き戻されたユウサクは、深いため息をつき、再び玉座の影に縮こまって落胆の色を隠せなかった。
カオス城は、その敷地内にある最大級の建造物――かつて巨大な軍艦を修理していた工場の廃屋へと、文字通りダイレクトにダイブした。
「……止まったのか?」
ユウサクがおそるおそる頭を上げると、崩れかけた巨大な屋根と、錆びついたクレーンの骨組みが城を覆い隠していた。
シズクは玉座でぐったりと倒れ込み、全身の神経束から解放されて荒い息を吐いている。
「なんとか、振り切った……のかにゃ?」
ルナが窓の外を見下ろすが、湾岸の冷たい霧が、追撃者の墜落現場を隠していた。
しかし、この錆びついた静寂こそが、次なる嵐の予兆であることを、彼らはまだ知らなかった。




