第10話「白い檻の問診と、漂白された記憶」
漂白された牢獄
ユウサクが連行されたのは、品川浄化ゲートの最下層にある「不適合個体選別室」だった。
そこは、異常なまでに広い円形の空間だった。壁、床、天井に至るまですべてが、光を反射する純白のセラミックで構成されている。影一つ許さない強烈な無影灯の照明が、網膜を刺すように照らし続け、視神経をじわじわと摩耗させていく。
「……まぶしすぎるだろ、ここ……」
部屋の中央には、床に固定された無骨な鉄の檻。ユウサクはその中で、全身を強固な磁気拘束具でぐるぐる巻きにされ、身動き一つ取れずにいた。檻は360度どこからでも監視できる作りになっており、プライバシーという概念は分子レベルで排除されている。
(……これ、うんこしたくなったらどうすればいいんだろう。垂れ流せってことか? さすがのショウゴも、それは『不潔』だって怒るんじゃないのか……)
極限の状況下で、ユウサクの思考はそんな卑近な疑問へと逃避していた。
審問官の影
「不正規個体、発声を確認。バイタル、安定。意識レベル、正常」
上階のせり出した観覧デッキから、無機質な声が降ってきた。そこには白銀の防護服に身を包み、顔をフルフェイスのセンサーマスクで隠した「問診官」が立っていた。
「これより、貴様の構成情報の特定を行う。……不正規個体。貴様は、どこから来た」
問診官の問いに、ユウサクは鬱陶しそうに身をよじった。
「さっきから何度も言ってるだろ。俺は日本生まれで、パラレルワールドの地球から来たんだよ」
「――バチィィィッ!!!」
拘束具から高周波の電気信号が流れるが、ユウサクは眉をひそめるだけだった。スライム状の可変細胞を持つ彼にとって、それは拷問ですらなかった。
「……たく、バチバチしやがって。くすぐったいんだよ。いい加減にしろよ、お前たち」
異世界の放浪記
問診官たちが動揺する中、ユウサクは吐き捨てるように自分の過去を語り始めた。
「いいか、よく聞けよ。俺がこの世界に最初にやってきた場所は、この『東京区』だ。ドームの管理地区だよ。ヘスティアが人間をドームに集めて、片っ端から粛清していた真っ最中の時だ。俺はその粛清施設に収容されていたんだ」
観覧デッキがざわつき始める。残留AIのデータベースにない「粛正の嵐」の詳細な内部証言。
「そのあとだ。俺は『アウトキャスト』……ドーム外の都市に飛ばされた。そこで大洪水に巻き込まれて、また……ここ以上にドロドロした、別の世界に飛ばされたんだよ。そこで魔王なんて呼ばれて、やっとこの世界に戻ってきたと思ったら、これだ」
ユウサクの告白に伴い、システムのホログラムパネルは鮮やかな「青(真実)」に染まり続けていた。
「ヘスティア様が直接関与した個体……? 記録にない粛清プロトコル……」
「アウトキャストからの消失記録と、現在の出現ポイントの不一致……。計算が合わない!」
崩壊する管理論理
数時間にわたる、同じ問いと答えの堂々巡り。問診官たちは、自分たちの管理論理で解釈できないユウサクの経歴を、強引に既存のカテゴリーに押し込めようと躍起になっていた。
だが、空中に浮かぶ巨大なホログラムモニターが、突如としてそれまでの解析グラフを全て破棄し、太い青文字の警告を点滅させた。
『判定:確定真実。対象個体識別――【特異点】。ヘスティア直系介入個体と認定』
「……っ、特異点だと!?」
管理AIそのものが、ユウサクを「神の直接的な介入」を受けた唯一無二の存在として再定義したのだ。AIの深層回路がユウサクに対し、畏敬の念に近い計算優先順位を割り当てていく。
その瞬間、観覧デッキで怒号を上げていた問診官の一人が、力なくその場に膝をついた。
「ああ……ヘスティア様が……ヘスティア様が選ばれたお方……」
彼はそのまま、鉄格子の向こうのユウサクに向かって、額を床に擦り付ける「土下座」を始めた。周囲の職員たちが「何をしている! 立て!」と制止しようとしたが、その職員たちもモニターに踊る『特異点』の文字と、システムから発せられる神聖なまでの認証アラートに圧倒され、次々とその場に崩れ落ちた。
魔王の沈黙と土下座の波
「優作様……優作様……」
「我らが神の……ヘスティア様の……」
土下座の波は、瞬く間に観覧デッキ全体へと広がった。白銀の防護服に身を包んだエリートたちが、うわごとのようにユウサクの名を呟き、祈りを捧げるように平伏している。漂白された白い部屋が、一瞬にしてカルト的な崇拝の場へと変質した。
「……は? なんだよこれ。何が『様』だよ、気色悪いな……」
ユウサクは、磁気拘束具でぐるぐる巻きにされたまま、檻の外で繰り広げられる異様な光景を冷めた目で眺めていた。物理的な拘束は解かれていないが、スライム体の彼にとってはどうでもいいことだった。
「しつこくバチバチしやがって、くすぐったいって言っただろ。お前ら、野蛮な次は宗教かよ。もう何も教えないって言ったじゃないか……」
ユウサクはぷいと顔を背け、再び目を閉じた。
檻の中で拘束された魔王と、その足元で祈りを捧げる白い管理官たち。品川浄化ゲートの最深部は、ショウゴの「正解」とは程遠い、歪な沈黙に支配されていた。




