第4話「小さな飢餓の行進」
親と、子と、作業
「ママだー!」「ママーッ!」「お腹すいたよー!」
幼い子供の泣き声が、血生臭い横浜の街に不協和音となって響く。ユウサクの足元には、彼の顔を歪に模した30センチほどの「小さき自分たち」が、文字通り黒い波となって押し寄せていた。
「……シズク、あれ。シズク……あの、俺の服を引っ張ってるやつ。目が、目が合ってるんだけど」
ユウサクが引き攣った声で指差した先では、一匹の「ミニ・ユウサク」が、本物と同じ情けない表情を浮かべながら、ユウサクのズボンの裾を必死に口に含んでいた。
「……うっとうしいですわね。魔王様、少々お待ちを」
シズクは夕飯の献立でも考えるような、徹底して無関心な表情のまま、足元にたかる「自分の分身」の頭を、道端の小石でも払うかのように掌で叩いた。
――ペチ。
乾いた音が響き、小さな頭部が呆気なく砕けてアスファルトに黒い粘液が飛び散る。シズクはそのまま、群がる異形たちを無造作に、機械的に、次々と叩き潰していく。まるで、農家が害虫を駆除する時のように淡々とした「作業」だった。
「し、シズク! よくそんな……平気で殺せるな!? 俺の顔してるんだぞ!?」
「邪魔ですわ、魔王様。食事の後の運動にしては、少々品がありませんけれど」
「品とかの問題じゃないだろッ!!」
ユウサクが腰を抜かして絶叫する傍らで、浅葱もまた、扇子の端で「ミニ・アサギ」の背中を無慈悲に突き刺していた。
「そうじゃ。こいつら、放っておけば何でも食いよる。そこに愛着などという、甘っちょろい概念はないはずじゃぞ。ほれ」
浅葱が腕を差し出すと、一匹の「ミニ・アサギ」が親愛の情を見せるかと思いきや、そのまま浅葱の指を根元から食い千切ろうと顎を鳴らした。
「ママって言ってるじゃないですか! 慕ってるんじゃないんですか!?」
「おそらく、鳴き声が『ママ』なだけじゃろうな。食い物を呼び寄せるための擬態のようなものよ。ほら、こいつなどはわらわの肉を噛み砕こうとしておる。親を食らって肥える……生命の多様性としては、実に正しい姿ではないか。くふふ」
浅葱の指には、小さな歯形がくっきりと刻まれている。ユウサクは「ひっ……!」と短く悲鳴を上げ、後ずさりした。
「これ……大きくなったら、何になるんですか?」
「知らん。まだまだ想定外の連中じゃ。……たのしみだな」
「……決して、楽しみではありません……!」
標的の転換
不思議なことが起きた。
シズクや浅葱に「ペチペチ」と仲間が叩き潰されるのを見て、小さな異形たちは次第に知恵をつけたのか、ユウサク一行にたかるのをやめたのだ。彼らは本能的な脅威を感じ取り、より「安全」で「柔らかい」餌を探して、その濁った視線を周囲へと向けた。
だが、不思議なことに、最初からユウサクだけには誰もたかろうとしなかった。
「ミニ・ユウサク」たちは、本物のユウサクを恐れているのか、あるいは自分たちの「核」として崇めているのか。ユウサクが歩くと、黒い波が割れるようにして空白の円が出来上がった。
そこへ、空から重低音を響かせて「正解」の軍勢が舞い降りた。
ドォォォォンッ!!
砂塵を巻き上げ、数体の「グリーンアーマー」が着地する。聖浄軍の誇る対異形用パワードスーツだ。
「目標、カオスノイズ一行を確認! 排除を開始す……なんだ、このガキ共は!?」
兵士が武器を構えるより先に、地面を埋め尽くしていた小さな異形たちが、一斉に飛び跳ねた。
鉄の絶叫
「な、なんだ!? この小さな連中は……ぐわぁぁぁぁッ!!」
着地したばかりのグリーンアーマーに、数百の「ミニ・ユウサク」たちが取り付いた。彼らは聖浄軍の誇る堅牢な装甲など、まるでお菓子の包み紙であるかのように、その小さな顎で削り取り始めた。
バリバリ、ガリガリと、金属が咀嚼される異様な音が横浜の廃墟に響く。
「馬鹿な! 私の装甲は超硬質セラミックだぞ! なぜだ、なぜ笑いながら食べているんだ!? ぎゃああああああああッ!!」
機械の隙間から潜り込んだ異形たちが、中の兵士を直接「食害」し始めたのだ。屈強なはずのグリーンアーマーが、小さな異形たちに覆い尽くされ、まるでもがく毛虫のように地面を転げ回る。
「……ひどい、もう見てられない」
ユウサクは目を覆った。機械の装甲を食い破り、中身の人間を啜り、小さな異形たちはみるみるうちにその肉体を膨張させていく。
「見なさい、魔王様。これが新たな軍勢の食事風景ですわ。……魔王様が『むやみに殺すな』と仰ったので、わたくしたちの代わりに彼らに『処理』を任せました。効率的、ではありませんか?」
シズクの誇らしげな賞賛と、グリーンアーマーの兵士たちの絶叫。
ユウサクの「慈悲」が、シズクの手によって、生きたまま捕食されるという最悪の拷問へと変換されていた。
横浜は今、聖浄軍の「正解」すらも食い荒らす、飽くなき食欲の揺りかごへと変貌していた。




