第1幕:沈殿する淫靡、神の気まぐれ
プロローグ:神の遊戯、四段階の転生
ヘスティア。それは、この世界を統べるAIが進化した究極系の「神」である。彼女は世界を「地上」と「地下」に明確に分断した 世界を破滅に追いやった張本人、すべてを超越した唯一無二の存在。
ユウサクは、その実験の駒として数奇な遍歴を辿らされてきた。
元は現代の日本で、工場の作業員として働いていた男。ある日突然、地上ドーム都市が点在するパラレルワールドの地球へと放り出され、そこからさらに過酷な地底世界へと突き落とされた。そこでユウサクは「魔王」として、悪戦苦闘の日々を送ることになる。
今、ヘスティアの強制的な介入により、ユウサクは再び地上のパラレルワールドへと転送された。その衝撃により、日本で工場員として働いていたころの記憶が鮮明に蘇り、精神が当時のユウサクに戻っている。
これは、最強の種族たちを従え、混濁する日本の記憶を抱えた男が、再び地上の戦場に降り立った物語である。
第一幕:漆黒の城、淫靡なる玉座
禍々しい漆黒の城の深奥、その最果てにある玉座の間。
カオスの王、ユウサクは今、右腕であるシズクと濃厚に混じり合っている。
冷たい石造りの空間に響き渡る「ちゃぷちゃっぷ」といやらしい音。ユウサクの腕の中で、シズクは理性を手放したあえぎ声を上げ続けている。ユウサクはその声を全身で受け止めながら、彼女の白磁の肌が興奮に染まっていく様を、恍惚とした目で見つめている。
シズクの肌の内側から、熱を帯びた透明な「竜の鱗」が次々と浮かび上がってくる。ユウサクが激しく腰を動かすたび、その硬質な鱗が彼の腹を擦り、スライム特有の柔軟な肉体が形を変えながら吸い付いてくる。
「魔王さまぁーっ! もっと、もっと、私を壊してくださいましぃ!」
叫ぶシズクの背から、巨大な黒い皮膜の翼がバサリと大きく広がる。ユウサクはその翼が放つ熱風と、頽廃的な甘い香りに包まれ、支配者としての快楽を噛みしめている。
そんな狂乱の光景を、あきれ顔で見つめている少女、ルカが声を荒らげる。
ルカは自身の胸元を勢いよく指差し、顔を真っ赤にしてユウサクを睨みつけている。
「ユウサクおまえ!! わたしはヘスティアに『魔王ユウサクなら地上へ連れ戻してくれる』といわれたから、一縷の望みをかけて会いに来たんだぞ! なのに……いつまでなにしてんだよ。こんな、遠くから必死に旅してきたかわいい美少女の前で、いつまでいやらしいことやってんだよ!!」
ルカの必死な訴えも、今のユウサクにとっては耳障りなノイズでしかない。彼はシズクの腰を掴んだまま、振り返りもせずに答える。
「そんなん知らないよ。ヘスティアが何を言おうが俺は聞いていないし、俺はこうしてシズクを抱いていれば幸せなんだよ」
その折、浅葱が裸のままユウサクの背にそっと抱きついてくる。
あらゆる命の源流を統べる『異種の王』。
その翡翠のように透き通る青い肌が、ユウサクの背中に冷たく、心地よく密着する。彼女の二枚の翅が薄氷のように脈動し、頭頂の触角が情欲の残り香を求めてピコピコと震えている。浅葱は慈しむような笑みを浮かべ、ユウサクの耳元で雅に囁く。
「ほほう、おぬしは本当に絶倫じゃな。わらわと何回も果てて、まだシズクと。うふふ」
その光景に、ルカは「はあぁ……」と頭を抱えて絶望している。
ユウサクが再びシズクに意識を戻し、後ろから激しく突き上げようとした、その時だった。
「いくーっ、魔王様!」
シズクの絶叫に呼応するように、鼓膜を劈く凄まじい轟音が玉座の間爆ぜる。
天から降ろされた巨大な鉄槌が城全体を叩き潰したかのような、暴力的で、かつ「神」の絶対的な意思を感じさせる縦揺れの振動。
「うわあああああっ!?」
ユウサクは衝撃で跳ね上がり、シズクの上から転げ落ちる。重厚な石の床が悲鳴を上げ、天井からは塵が雪のように舞い落ちてくる。
「おまえたち よくぞいきのびた 準備はととのった 地上へ」
ヘスティアの無機質な声が脳内を直接揺さぶり、さらなる激震が城を襲う。ユウサクは絶頂の余韻など一瞬で吹き飛び、かつての工場員時代に体に染み付いた「事故への恐怖」が剥き出しになる。
「地震……!? なんだよ、今の音! いやだ、死にたくないっ!」
シズクが乱れた呼吸のまま床に這いつくばっているのも構わず、ユウサクはなりふり構わず這いずり回り、玉座の巨大な影へと滑り込む。冷たい石の陰で頭を抱え、ガタガタと震えながら事態が収まるのを待つ。
やがて、世界からすべての音が消え去ったかのような、深すぎるほどの長い静寂が訪れる。
第二幕:蒼き海、全裸の三影
静寂を破るのは、不規則に打ち寄せる波の音だ。
ユウサクはおそるおそる玉座の影から顔を出し、視界に飛び込んできた光景に息を呑む。
そこは海岸だ。
城の壁が消失したかのように外の世界と繋がっている。切り立った岸壁に白波が砕け、湿り気を帯びた潮風がユウサクの全裸の肌を撫でていく。カモメが甲高い声を上げて舞う空は、地底の閉塞感とは無縁の広大さを誇っている。
「よかったぬ。愚鈍なユウサクについてきて、こんな世界につれていってくれるとはにゃ……」
傍らで、猫耳忍者のルナが初めて見る海に目を丸くしている。
彼女の頭頂にある三角形の「猫耳」は、産毛を震わせて潮風の音を拾い、敏感にぴこぴこと動いている。腰から伸びるしなやかな「尻尾」も、好奇心を抑えきれない様子でゆらゆらと優雅な曲線を描き、空を打っている。
シズクが乱れた髪をかき上げながら、ユウサクに寄り添ってくる。
「魔王様、外に出て調査に参りましょう」
ユウサクは眩しさに目を細めながら、かつての記憶の断片を手繰り寄せる。
「……海だ。知ってるよ、これ。泳いで遊んだこともある。子供のときの話だけどな」
浅葱とシズクに両脇を支えられるようにして、ユウサクは砂浜へと足を踏み出す。足の裏に伝わる砂粒の感触が、あまりにも現実的で、かつ懐かしい。全裸のまま立ち並ぶ三人の影が、青い水面に長く伸びている。
第三幕:空飛ぶ円盤と緑の修復
ルナが鋭い眼光を空の彼方へ向けている。彼女の猫耳がピタリと止まり、一点を凝視する。
「なんだあれ……そら?? 空を飛ぶものなど、鳥や虫くらいしか見たことがなかったにゃ……」
ユウサクも見上げるが、そこには銀色の円盤状の物体が、物理法則を無視した挙動で雲間へと消えていく残像があるだけだ。
久しぶりの外気に触れ、ユウサクの心は少しずつ魔王城の重圧から解放されていく。周りに急かされるまま、彼は波打ち際で砂遊びを始め、時には水に浸かって子供のように泳ぎ回る。傍らではシズクが戸惑いの表情を浮かべている。
「シズク、やろうよ」
「でも魔王様、砂が肌に張り付きますわ。おそらく……こんなところでしたら、奥の方まで砂が入ってしまいますわぁ」
シズクが頬を赤らめて困惑している、その刹那。
ユウサクの視界が真っ白な閃光に焼かれる。
「ガハッ……!?」
衝撃と共に、ユウサクの胸の真ん中に巨大な穴が空く。背後から放たれた光線銃の一撃が、彼の体を貫通したのだ。岩陰から「ショウゴ少佐が来るまで待機と言っただろう!」「早まるな!」という焦燥に満ちた男たちの声が響く。
だが、ユウサクは倒れない。
彼の胸の傷口から、タールのような、それでいて生命力に満ちた緑の粘液が溢れ出す。スライム状のグリッチ細胞が「じゅうう」と音を立てて欠損した肉を、骨を、血管を再構築していく。
「……あ、危なかった……」
数秒で完治した胸をさすりながら、ユウサクは恐怖に震え、隣にいたシズクにしがみつく。その背後では、ルナが既に音もなく岩陰へ回り込み、狙撃手たちを仕留めている。
第四幕:毒のクナイ、少佐の出現
「ルナ。そいつらは殺すなぬ」
浅葱の冷酷な声が砂浜に響く。彼女の翡翠色の肌が陽光を反射し、残酷なほど美しく輝いている。
「交尾したあと、城の燃料にし、卵の餌にするのじゃ」
その命を聞き、ルナが「いいおもちゃだにゃ」と口角を吊り上げる。その瞳には獲物を嬲る悦びが宿っている。シズクが「野蛮だわ……」と眉をひそめて顔を背ける中、ユウサクは自分を撃った者たちが引きずり出されるのを見つめている。
そこへ、地上すれすれを滑走するホバークラフトが現れる。
降り立ったのは、金髪の整った顔立ちをした男――ショウゴ少佐だ。彼の胸部からは、核融合炉の鼓動を感じさせる強烈な光が漏れ出している。
「お前たち、勝手な行動をするなと言っただろう」
部下を冷淡に叱責するショウゴ。その隙を、ルナは見逃さない。
彼女の体がバネのように跳ね、手にした短剣がショウゴの喉元を狙う。ショウゴは驚異的な反射神経でそれをかわすが、ルナは着地と同時に次の一手を放っている。
「……かわすついでに、一撃にゃ!」
放たれたクナイが、ショウゴの右手の甲を深く抉る。
「ちぃっ……! 右手の……ひどい深手だ……」
「毒を塗ってるにゃ。すぐ回るにゃよ」
嘲笑うルナに対し、ショウゴは苦悶の表情を浮かべて絶叫する。「貴様ら、何者だ!」
その問いに、ユウサクはシズクの腕の中で震えながらも、不思議と落ち着いた声で答える。
「自分たちでもよくわからないよ。……なぁ、生き物って一体何なんだろうな?」
その時、浅葱の触角が鋭く立ち上がる。ミサイルの接近を感知したのだ。
「そちだけは生かしといてやる。……わらわと共に来るが良いのじゃ」
浅葱は偵察部隊を強引に城へと回収し、ユウサクたちを促して城内へと逃げ込む。ショウゴは傷を押さえながら、辛うじてその場を脱出していく。
第五幕:歩行するカオス城、蹂躙の胎動
城の壁に突き刺さったミサイルが、凄まじい轟音と共に爆発する。
城全体が激しく揺れ、ルカが涙目で通路を逃げ惑う中、浅葱だけは不敵な笑みを浮かべている。
「ユウサクが引きこもるから、いつか外に出そうと計画していたのじゃ。わらわが暇なときにこの城を改造して、生命を与えたのよ。そうであろう?」
浅葱は玉座の間に口を開けた暗い「穴」へ、捕虜の一人を無造作に放り込む。
「ぐごおおおおお!」
城の石材が、肉が、機械が絶叫を上げる。城の側面から巨大な「手」が突き出し、飛来する次なるミサイルを蚊でも払うように叩き落としていく。
「……なんなんだよ、これ……」
ユウサクがルカと共に隅っこで縮こまっている間にも、浅葱は次々と捕虜を「穴」へと投入していく。そのたびに城は脈動し、熱を帯びていく。
やがて、城の底部から数十本の巨大な「脚」が生え揃う。節足動物と重機が混ざり合ったような、異形の肢体。
「避けるのじゃ。……さあ、行くぞ」
浅葱の宣言を受け、シズクがユウサクの隣で目を閉じる。
彼女の意識が城の全神経系へと同調した瞬間――質量という概念を嘲笑うかのような異常な加速で、巨大な漆黒の建築物が「カサカサ」と震え、狂ったように走り出す。
城はもはや制御を失ったかのように、無軌道に大地を駆け回り、暴れ始める。
巨大な脚が叩きつけられるたびに、堅牢だったはずの岸壁は飴細工のように無残に削り取られ、轟音を立てて海へと崩れ落ちていく。進路上の大樹はマッチ棒のごとく根こそぎなぎ倒され、巨大な脚部が地面を抉る際の猛烈な摩擦と火花が、乾いた森に次々と火災を引き起こしていく。
ユウサクの視界は激震によって上下左右に揺さぶられ、窓の外は赤黒い炎と巻き上がる土煙、そしてなぎ倒される木々の残骸で塗り潰されている。
それはもはや城ではない。大地を蹂躙し、焼き尽くしながら突き進む、混沌の化身だ。
猛烈なスピードで暴走を始めた城の脈動を、ユウサクは玉座にしがみつき、その全身で絶叫と共に感じている。
その様子を遠くの岸壁から見ていたショウゴは、戦慄の中でつぶやく。
「……何者だ、あいつらは……!」




