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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
9/30

平行する父子

 数日後の午後十時過ぎ、今日はどこへも寄らず裕介は帰宅した。近頃また怯えが酷くなり、ゲーセンよりも早く部屋に篭りたかった。

 いつものように鍵を開け、ドアを開ける。すると、音を聞きつけ出て来たのは、母ではなく、かなり酒の入った父だった。


「ただいまの一つも言えないのか?」

 玄関に仁王立ちし、息子を睨み付ける。

「……ただいま」

 裕介はビクビクしながら、か細い声で言った。目が据わった譲一には、これまで幾度も傷付けられ、トラウマとなっていた。


「気分の良い挨拶じゃないな……」

 鼻で笑う譲一から早く逃げ出そうと、裕介は足早に部屋を目指した。

「お前、修学旅行はどうするんだ? さっき先生から電話があったぞ」

「……だから、もう少し考えたいって……」

 話しかけて来る譲一に、嫌々足を止めて答える。

「親には何も言わなくてな?」

 苦々しく笑う譲一に、裕介は何も言えなくなった。


「どうしようとお前の勝手だがな、……金を出すのは親なんだよ!!」

 こうなると譲一は止まらない。無防備な相手をとことん責め続ける。

「病気は軽いくせに、毎日ダラダラと……良い生活してるな!」

 「軽い」。譲一は度々槍玉に挙げる。確かに、ゲーセンに行ける日もあるのだから、裕介も認めざるを得ない。

 耐えられなくなった裕介は、小走りで階段に向かった。


「苦しいのはみんな一緒なんだぞ! お前より大変な人は、世の中山程いるんだからな!!」

 階段を上り始めた裕介に、譲一は捨て台詞を吐いた。

 「みんな一緒」。これも譲一はしょっちゅう口にする。譲一にとって二つの言葉は、「強くなれ!」との思いに裏打ちされた表現だった。


「そんな言い方じゃ、あの子に届かないわよ」

「……」

 廊下に出て来た小枝子は、うんざりとした顔で呟いた。父親として息子への思いは理解出来るが、その伝え方には到底頷けない。

 夫婦は途方に暮れた顔で二階を見上げた。


 部屋に入った裕介は、鞄をベッドに投げつけると、拳で両腿を殴りつけた。力一杯、何度も何度も繰り返す。

 以前医師にそのことを話したら、それは自傷行為だと言われた。人によっては、それがリストカットになる。

 うつ症状が抑えられなくなると、衝動的にしてしまう。中学を卒業してしばらくは治まっていたが、最近は酷くなり、青痣を作っていた。

 

 この時の原因は、「軽い」「みんな一緒」に腹が立ったから。裕介は二つの言葉に敏感になっていた。

 「軽い」。――どうせ、見た目で解る症状が出ないと、理解してくれないんだろう……。

 「みんな一緒」。――その反面、人の苦しみは他人のものとは計れないという表現もある。一体、どっちを優先させるべきなんだ?……。

 

 リストカットはそれによって精神バランスをとる人もいるそうだが、自分もそうなのか? 裕介自身にも解らなかった。


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