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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
8/30

出会い

 ゴールデンウィーク明けのある日。学校には二時限目と三時限目の間に、三十分間の中休みがあり、給食の時間となる。

 急いで食べ終えた文夏は、提出するプリントを持ち、職員室へ小早川を訪ねた。

「失礼しまーす」と言いながら入室した文夏は直ぐに小早川を見付け近付いたが、生憎電話の最中で、小早川は文夏に気付くと、手で「ちょっと待ってて」と合図した。

 文夏は廊下で待つことにし、退室した。

 

 その際、向かいの机の前で、若い男女と中年男性二人が集まっているのを目にする。

 中年男性の一人、電気設備工事会社に勤務する学級委員長、武田義晴は、裕介に決断を迫っていた。

「修学旅行のことなんだけど、どうする?」

「なるべくみんなで行こうって言ってるんだけど……」

 副委員長で、歯科医院の受付をしている武川むがわ智子が続ける。


「もうちょっと考えさせて下さい」

 裕介は無表情で淡々と答えた。秋に予定されている修学旅行。因みに行き先は大阪・京都だが、その出欠は、裕介のクラスでは彼以外、皆確認されている。

「じっくり考えるのは良いけど、前期が終わるまでには結論を出してもらわないと……」

 担任の大神哲郎も、早くするよう迫った。

「解りました」

 裕介は返事をすると頭を下げ、職員室を後にする。

 

 クラスメートの自分達が言っても駄目なら、担任だと結論を出すのでは? と期待した武田と武川は途方に暮れた。

 それは大神も同じだった。だが病気のことを母の小枝子から聞いていた為、きつくは言えなかった。

 大神は、無理にクラスに溶け込ませようとしても、却って悪影響だと判断し、静観の立場をとっている。

 

 職員室を出た武田は数歩歩いた後、深い溜息をついた。

「もうオレは匙を投げかけてるよ」

 入学してから、裕介には努めて声をかけて来たが、一向に心を開かない彼に、最近は諦めモードである。

「そっとしておくのが良いんでしょうけど、ノータッチって訳にもね……」

 武川は引き続き、根気強く裕介と接する決心を固めた。

「うーん。そうなんだけど、……いつになったら、ガチャっと開くのか……」

 武田が胸の辺りで手を重ね、ドアが開くマネをした。

「私達でも駄目。先生でも駄目。ですもんね……」

 決心を固めたとはいえ、武川も溜息を漏らした。


 その日の放課後。文夏は山下と鈴江と別れて、車へと向かっていた。その時、駐車している車の隅でしゃがみ込み、喫煙している人影を発見する。

 よく見ると、さっき職員室を訪ねた際、向かいの机に集まっていた内の一人だった。聞くつもりはなかったが、廊下に出て掲示物を眺めながら小早川を待っていた時、武田と武川の会話も耳に入った。

 内容からして、二人が出て来る前に出て来た彼のことだろうと推測された。

 

 文夏の旺盛な好奇心がうごめき、足は彼に向けられた。

 靴音が聞こえ、裕介は慌てて火を消した。

「あのう、修学旅行っていつなんですか?」

 文夏は横にしゃがみながら笑顔で尋ねる。職員室から出る寸前に、「修学旅行のこと――」

と聞こえたのだ。

「ハー?」

 裕介の目にはギャルに見えた。自分とは縁のない人種だと思っていた。予期せぬ問いかけに、裕介はまごつく。

 

 ポカーンとしている裕介に、文夏は「修学旅行」と念を押す。

「……十一月だったかなあ?」

「何泊くらい?」

「二泊三日。それが何か?」

 不意打ちを食らった裕介だが、徐々にいつものクールさを取り戻す。

「いや、修学旅行あるんだって思ったから。来年楽しみだなあ」

「来年って、一年生ですか?」

 無表情で訊く裕介とは対照的に、文夏は「ええ」と満面の笑みで答える。

「ふーん。……っじゃ」

 裕介は独り言のように呟き立ち上がると、振り向きもせず歩き出した。

「お疲れさまです!」


――ったく、ビックリさせやがって……。

 裕介は不快感を、今日だけのことだろうと思い直し、打ち消そうとした。

 しかしこの日が裕介にとって、煙たい毎日の始まりとなる。


 翌日の夕方、文夏は車を駐車場に停め、校舎の玄関へと向かっていた。その時、後ろから「アヤカー!」と声がする。振り向くと、鈴江が走って向かって来た。

「おーう。こんばんワン!」

 鈴江に挨拶しながら視線を先へやると、後ろから裕介が歩いて来るのが見えた。

「っあ、ちょっとごめん」

 鈴江に断わり、文夏は裕介に近付いて行く。裕介は文夏に気付き、怪訝な目を向けた。

「こんばんは。きのうはどうも」

 笑顔で挨拶し頭を下げると、何も言えず呆然と立ち尽くしている裕介を尻目に、文夏は鈴江の元へ戻った。


「誰なの?」

 鈴江は裕介を一瞥した。

「うん。ちょっとお世話になってる人」

 文夏は言葉少なに答え、校舎へと入って行った。鈴江は「ふーん」と返しながら文夏を追う。

 その後ろでは、裕介が尚も立ち尽くしていた。

 

 その日の中休み。

 裕介が体育館の隅に隠れ、タバコを吸っていると、「こら!」という声と共に、頭上からミニバレー用のゴムボールが落ちて来た。

――!!!!?

 裕介は無意識に火を消し、立ち上がろうとした瞬間、目の前の溝に嵌りそうになる。

 振り返ると、ピンクのジャージを履いた文夏が、してやったりの顔で立っている。体育シューズを履いていた為、気付かれずに忍び寄ることが出来たのだ。


「良いリアクションしますねえ」

「……」

 良いリアクションは、自分が悪いことをしていると自覚している証拠でもある。

「こんなとこでタバコ吸っちゃダメでしょ!」

 文夏はこう言い残し、行ってしまった。また言葉が出ない裕介。さっきと全く同じである。

 後ろ姿を見ながら裕介は舌打ちし、溜息を吐く。

――ほっといてくれよ!!

 不意打ちはきのうだけだと思っていたが、今後も続くのか!?。裕介に不快感と苛立ちが募った。


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