出会い
ゴールデンウィーク明けのある日。学校には二時限目と三時限目の間に、三十分間の中休みがあり、給食の時間となる。
急いで食べ終えた文夏は、提出するプリントを持ち、職員室へ小早川を訪ねた。
「失礼しまーす」と言いながら入室した文夏は直ぐに小早川を見付け近付いたが、生憎電話の最中で、小早川は文夏に気付くと、手で「ちょっと待ってて」と合図した。
文夏は廊下で待つことにし、退室した。
その際、向かいの机の前で、若い男女と中年男性二人が集まっているのを目にする。
中年男性の一人、電気設備工事会社に勤務する学級委員長、武田義晴は、裕介に決断を迫っていた。
「修学旅行のことなんだけど、どうする?」
「なるべくみんなで行こうって言ってるんだけど……」
副委員長で、歯科医院の受付をしている武川智子が続ける。
「もうちょっと考えさせて下さい」
裕介は無表情で淡々と答えた。秋に予定されている修学旅行。因みに行き先は大阪・京都だが、その出欠は、裕介のクラスでは彼以外、皆確認されている。
「じっくり考えるのは良いけど、前期が終わるまでには結論を出してもらわないと……」
担任の大神哲郎も、早くするよう迫った。
「解りました」
裕介は返事をすると頭を下げ、職員室を後にする。
クラスメートの自分達が言っても駄目なら、担任だと結論を出すのでは? と期待した武田と武川は途方に暮れた。
それは大神も同じだった。だが病気のことを母の小枝子から聞いていた為、きつくは言えなかった。
大神は、無理にクラスに溶け込ませようとしても、却って悪影響だと判断し、静観の立場をとっている。
職員室を出た武田は数歩歩いた後、深い溜息をついた。
「もうオレは匙を投げかけてるよ」
入学してから、裕介には努めて声をかけて来たが、一向に心を開かない彼に、最近は諦めモードである。
「そっとしておくのが良いんでしょうけど、ノータッチって訳にもね……」
武川は引き続き、根気強く裕介と接する決心を固めた。
「うーん。そうなんだけど、……いつになったら、ガチャっと開くのか……」
武田が胸の辺りで手を重ね、ドアが開くマネをした。
「私達でも駄目。先生でも駄目。ですもんね……」
決心を固めたとはいえ、武川も溜息を漏らした。
その日の放課後。文夏は山下と鈴江と別れて、車へと向かっていた。その時、駐車している車の隅でしゃがみ込み、喫煙している人影を発見する。
よく見ると、さっき職員室を訪ねた際、向かいの机に集まっていた内の一人だった。聞くつもりはなかったが、廊下に出て掲示物を眺めながら小早川を待っていた時、武田と武川の会話も耳に入った。
内容からして、二人が出て来る前に出て来た彼のことだろうと推測された。
文夏の旺盛な好奇心がうごめき、足は彼に向けられた。
靴音が聞こえ、裕介は慌てて火を消した。
「あのう、修学旅行っていつなんですか?」
文夏は横にしゃがみながら笑顔で尋ねる。職員室から出る寸前に、「修学旅行のこと――」
と聞こえたのだ。
「ハー?」
裕介の目にはギャルに見えた。自分とは縁のない人種だと思っていた。予期せぬ問いかけに、裕介はまごつく。
ポカーンとしている裕介に、文夏は「修学旅行」と念を押す。
「……十一月だったかなあ?」
「何泊くらい?」
「二泊三日。それが何か?」
不意打ちを食らった裕介だが、徐々にいつものクールさを取り戻す。
「いや、修学旅行あるんだって思ったから。来年楽しみだなあ」
「来年って、一年生ですか?」
無表情で訊く裕介とは対照的に、文夏は「ええ」と満面の笑みで答える。
「ふーん。……っじゃ」
裕介は独り言のように呟き立ち上がると、振り向きもせず歩き出した。
「お疲れさまです!」
――ったく、ビックリさせやがって……。
裕介は不快感を、今日だけのことだろうと思い直し、打ち消そうとした。
しかしこの日が裕介にとって、煙たい毎日の始まりとなる。
翌日の夕方、文夏は車を駐車場に停め、校舎の玄関へと向かっていた。その時、後ろから「アヤカー!」と声がする。振り向くと、鈴江が走って向かって来た。
「おーう。こんばんワン!」
鈴江に挨拶しながら視線を先へやると、後ろから裕介が歩いて来るのが見えた。
「っあ、ちょっとごめん」
鈴江に断わり、文夏は裕介に近付いて行く。裕介は文夏に気付き、怪訝な目を向けた。
「こんばんは。きのうはどうも」
笑顔で挨拶し頭を下げると、何も言えず呆然と立ち尽くしている裕介を尻目に、文夏は鈴江の元へ戻った。
「誰なの?」
鈴江は裕介を一瞥した。
「うん。ちょっとお世話になってる人」
文夏は言葉少なに答え、校舎へと入って行った。鈴江は「ふーん」と返しながら文夏を追う。
その後ろでは、裕介が尚も立ち尽くしていた。
その日の中休み。
裕介が体育館の隅に隠れ、タバコを吸っていると、「こら!」という声と共に、頭上からミニバレー用のゴムボールが落ちて来た。
――!!!!?
裕介は無意識に火を消し、立ち上がろうとした瞬間、目の前の溝に嵌りそうになる。
振り返ると、ピンクのジャージを履いた文夏が、してやったりの顔で立っている。体育シューズを履いていた為、気付かれずに忍び寄ることが出来たのだ。
「良いリアクションしますねえ」
「……」
良いリアクションは、自分が悪いことをしていると自覚している証拠でもある。
「こんなとこでタバコ吸っちゃダメでしょ!」
文夏はこう言い残し、行ってしまった。また言葉が出ない裕介。さっきと全く同じである。
後ろ姿を見ながら裕介は舌打ちし、溜息を吐く。
――ほっといてくれよ!!
不意打ちはきのうだけだと思っていたが、今後も続くのか!?。裕介に不快感と苛立ちが募った。




