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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
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中山家の事情

 四月になり、裕介は二年に進級した。ある晩、ゲーセンから戻って来た裕介は、玄関の鍵を開ける。時刻は十一時になっていた。

「ただいまくらい言ったらどうなの?」

 音に気付き出て来た小枝子は、息子を諭した。

 しかし、裕介は母には見向きもせず、二階の部屋へと上がって行く。

「本当にもう……」

 溜息混じりに呟く小枝子に、ソファに座る譲一もつられて溜息をついた。


「帰りの挨拶もしないのかあいつは……」

 途方に暮れた表情で小枝子は頷いた。

「何でああなったかなあ」

 譲一は頭を抱えて呟いた。

「でも成績は良いらしいのよねえ」

 それでも、母親は息子を庇うことを忘れない。元々裕介は勉強が嫌いではない。時間に余裕が出来たこともあり、成績は上がっていた。

「所詮は定時制の成績だ。しかも家にいる時間が多いんだ。良くて当たり前だろ」

 しかし、父親は頑なに息子を否定した。

 

 部屋に入り、鞄と上着を机の上に置いた裕介は、ステレオの電源を入れた。

 すると、間髪入れずに秋久が入って来る。

「兄ちゃん、音楽聴く時はヘッドホンしてくれよ!」

 ノックもせず、「何度言ったら分かるんだよ」と続けたそうな、うんざりした顔をしている。

「気になるか?」

「ならなきゃ言わねえよ」

「……解りましたよ」

 面倒臭そうにヘッドホンを手に取り、ステレオに繋いだ兄を見届け、秋久は出て行った。

 

 秋久は高校進学を私立の進学校と決め、毎晩勉強に励んでいる。近頃は些細な音にもナーバスだ。

 裕介の病気が発覚して以来、譲一は「国立以外駄目だ」の規制を緩和せざるを得なかった。

 裕介が定時制高校へ進学することを決め、小枝子から説得されてから、子供の意見を尊重する方へ気持ちが傾いたのだ。

 

 裕介はヘッドホンをしたまま、しばらくベッドに寝そべっていたが、急に立ち上がると、ヘッドホンを外しべランダに出た。手にはタバコが握られている。

 未成年の裕介が、規制も厳しくなった世の中でタバコを手に出来る理由。それは小枝子だった。


 息子がうつ病となり、小枝子は結婚以来止めていたタバコに手を出し始める。 

 初めは、裕介の進路のことばかりが気がかりだったが、定時制高校へ進学してからは、少し気持ちに余裕が出来た。

 

 保護者会や職場を見渡せば、裕介と同じような子供を持った親達が、結構いることに気付いた。その人達と言葉を交し、気持ちを共有することで軽くなる。そして、最後は「親の責任よねえ……」と締める。

――あの子を苦しめたのは、親の締め付け……。

 息子の発病に責任を感じた小枝子は、「外で吸わないようにして」と一言付け加え、一度に三箱買う内の一箱を、裕介に渡し始める。

――少しでも、気晴らしになってくれるなら……。

 家庭内暴力などに走られるよりはまし。間違った親心であることは承知しているが、どう対応すれば良いのか解らなかった。


「定時制は働きながら学ぶ所だ」。譲一の見解であり、「甘やかすな!」と何度も咎められた。だが、ゲーセン代にファッションなど、裕介が高校生となってからの娯楽費を、小枝子はパートの給料から出し続けていた。

 譲一もそのことは、収入のない息子を見れば嫌でも解っていた。

「息子がバイトの給料で買ってくれたんだよ」

 同僚が照れ笑いを浮かべ、ネクタイを見せて来る。

「娘に彼氏が出来ちゃってさー……」

 他の同僚が溜息混じりに呟く。

 よその子供の成長を聞き、譲一は笑顔を見せながら裕介を思い、いたたまれなくて仕方なかった。

――あいつは成長しているのか?

 裕介を見る度、譲一は疑問に感じた。

 

 病気は代われることなら代わってやりたい。だが、裕介には別に問題がある……。

 定時制高校進学を反対した理由の一つは、生活が不規則にならないか心配したからだ。案の定それは現実となった。

「朝はちゃんと起きろ!」。口酸っぱく諭すが、裕介は一向に改善しようとしない。

 しかも、最近は自分達どころか、人自体を避けているように思える。

 

 息子、息子を庇う妻を見れば見る程、心配に歯痒さがプラスされ、憤慨へと変わって行った。


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