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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
4/30

変貌

「初めまして。夕起ゆうきです!」

「っあ、……どうも」

 池袋のホテル型イメージクラブ(店舗で料金を支払い、サービスはホテルなどで受ける)に来店し、近場のホテルで待っていた緊張した様子の青年に、夕起と名乗った彼女は優しく微笑んだ。


「さあリラーックス」

「こういうとこ初めてだからオレ」

 言葉は関東弁だが、イントネーションに九州訛りがある。上京して一年に満たない学生か会社員といったところか。

 鼻息荒く、青年はOLに扮した夕起の制服を嘗め回すように見詰めた後、目線を彼女の胸に移した。


「触っても良い?」

 夕起が「どうぞ」と返事をしても、青年の手の動きはゆっくりで、中々胸まで来ない。その様子に、

――童貞クンだな。

と思った夕起は、シャツのボタンを外し彼の手を取ると、自分の右胸に当てた。

 次に夕起は青年の頭に手を回し、彼の顔をゆっくりと左胸に押し当てた。されるがままの青年の呼吸は更に荒くなり、ブラジャーを介して生暖かく伝わった。


 高校を退学処分となって三ヶ月が経った冬、文夏はイメクラで「夕起」として勤務していた。

 肩書きが「無職」となって以来、文夏は殆どの時間を、居心地が悪かったはずの祖父母の家の自室に篭って過ごしていた。誰とも連絡を取らず、喋る気すら起きない。

 

 現実と向き合うことに疲れ、何をする気にもならなず、時間を潰す日々。

 母や祖父母から「気をしっかり持て」と声をかけられても、「今はそっとしといて」と返すのがお決まりとなっていた。そう言われると、洋子と祖父母はそっとしておく他なかった。

だが、

――このままじゃ自分は落ちてくだけ……。

 一番焦りを感じているのは、文夏本人だった。


 そんな折、高校時代の親友、陣内美貴じんない みきから着信が入る。出ようか迷ったが、文夏は意を決して通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『文夏? 元気……じゃないよね?』

「……最悪。毎日ブルー……っていうかブラック」

『メールなり電話なりしてくれて良いのに』

「最近誰とも話したくなくて……」

 文夏のすげない返しに、美貴は沈黙する。

 

 その様子に「ヤバい」と感じた文夏は、

「でもありがとう。連絡くれて」

 慌ててフォローした。

『あのさ、あたしもう直ぐ冬休みなんだけど、何かバイトしようと思うの。一緒にやらない?』

「バイト……でも受験でしょ? そんな時間あるの?」

『推薦もらったから、少しはね』

 

 美貴の誘いは渡りに舟だったが、文夏は直ぐには答えられず、「考えとく」とだけ言って、この日の電話は終わった。

 美貴はまだどういうアルバイトかは決めていないらしく、「やりたいのがあるなら言って」と言っていた。

 この機会を逃したら、いつ立ち直れるか解らない。友達からの蜘蛛の糸に掴まろう。決断すれば後は早かった。「バイトのことは任せて」と、その日の内に美貴にメールを送信した。


 次の日から、文夏はネットを観たり、街中を歩いたりしてアルバイト探しを始めた。

――どうせやるなら稼げるもの。

 そうは思っても、都合の良いものは簡単には見付からない。募集広告が貼ってある店を逐一チェックして歩く文夏が、駅前の交差点に差しかかった時だった。看板を持ち、電柱に寄り掛かっている老人が目に入る。

 

 内容を見ると、駅近くのイメクラの宣伝だった。

――風俗……か。

 高一でSEXの楽しさを覚えたが、それが原因で自分は落ちた。あの事件以来、やる相手もいなければやる気すらしなかった。

 でも、稼げるバイトであることには違いない。看板を見たまま躊躇う文夏だったが、

――ショック療法ってやつ?

 そう思い直し、急ぎ家へと帰った。


「風俗!?」

 美貴は声を裏返し、ドアの外を気にして小声で続けた。

「ちょっとマジ?」

 美貴の塾終わりに合わせ、彼女宅に駆け付けた文夏は、

「普通のバイトじゃお金稼げないじゃん? だからこういうのやったらどうだろうって。勿論無理にとは言わないけど」

 あっけらかんと言いながらも、友人の気持ちは察した。

「……確かにお金は稼げるよ。……でも言い方は悪いけど、文夏は良くてもあたしは……」

 美貴は難色を示した。無職の文夏はまだしも、高校生の美貴にはリスクが高い。

 

 しかし、文夏は平然と続ける。

「解ってる。だからあたしだけでもどうかな? って思って」

 こうあっさり言われると、美貴も引くに引けなかった。誘ったのも「やりたいのがあるなら言って」と言ったのも自分である。

 美貴は「一応見せて」と、文夏がプリントして来た資料を見始めた。

「近場だとヤバイと思って色々調べたんだ。池袋のイメクラなんだけど、日払制で出勤日も自由。合わなければ一日で辞めても良いんだって」

 まくし立てる文夏に、美貴は資料に目を通したまま、

「そう上手く行くかなあ?……まあ、日払いで出勤日が自由っていうのは、大体そうなんじゃない?」

 澄ました顔で呟いた。


「っえ? そうなの?」

 目を丸くする文夏に、美貴は苦笑した。

「ほら、いつだったか理沙が言ってたじゃん」

 理沙りさとは、小・中学と一緒で、高校は他校へ進学した同級生のことである。

 文夏が退学する前。久しぶりに再会した時に、理沙は先輩が風俗でバイトした話をしていた。文夏もその場に居合わせていたが、

「……覚えてないなあ……」

 彼女の頭からは消え失せていた。

 

 文夏の性格その一。マイペース。いつもの調子が戻った様子を見て、美貴の心は安心と呆れの半分半分となる。

 そんな美貴に文夏は畳み掛ける。

「もし良ければ、二人共無職ってことで面接受けて、美貴は休みが終わりに近付いたら、家の事情とか言って辞めれる。どう?」

「どう、って言われても……」

 美貴は口篭ってしまった。

 

 文夏の性格その二。こうだと決めたら邁進、とうより暴走する。

「……あたしも、興味がない訳じゃないんだけど……」

 美貴は微笑を浮かべた。理沙から話を聞いた時、何となく気には留まっていた。

 文夏は「うん」と頷いた。難色を示されるのは予想していたが、意外な反応に驚いた。

 

 美貴は葛藤していた。風俗でバイト。もし学校にバレたら推薦は取り消しになるだろう。いや、それだけでは済まないはずだ。

 しかも、イメクラといえば客が指定した職業になりきらなければいけない。文夏の頭にそれはあるのか?

 心配が頭を駆け巡りつつも、せっかく文夏はやる気になっている、という友人を思いやる心。プラス、興味はあったし、高額な金が貰えるという、甘い打算が入り混じる。

 この日は結論が出ず、美貴は「考えさせて」と、立場が逆転した返事をするのが精一杯だった。


 一週間が経った土曜日の午後。池袋駅には文夏と美貴の姿があった。

 数日前に美貴から「やってみよう」と連絡を受けた文夏は、「本当に良いの?」と美貴の決心を確認し、面接の予約を入れた。

 高校生というリスクを冒した美貴の頭には、誘ったことの責任感もあったが、やはり、上手く行けば高収入……。この打算に負けたのである。

 

 二人は緊張の為、殆ど会話をしなかった。数分後、「渋谷さんですか?」と声をかけて来た男性スタッフに、文夏は「はい」と上擦った声で返事をした。

 いよいよ、生まれて初めて風俗店に足を踏み入れる。

 駅から程近いビル二階に、イメクラ<Blue Mountainブルーマウンテン>

はあった。

 待機室に案内された文夏と美貴は、綺麗な内装に目を奪われつつ、ソファに座った。

 二人の前には、この時二十五歳の店長玲子れいこと、一つ下の副店長仁美ひとみが座り、履歴書に目を通している。

 

 一通り読み終えた玲子店長が口を開いた。

「お二人は高校を中退されたんですね?」

 打ち合わせ通り、美貴も高校中退とは書いたが、念を押す玲子の言葉にドキッとした。

 隣の文夏は動揺するはずもなく、「はい」と返事をし、美貴もそれに続く。

 二人は笑顔を絶やさぬよう努めた。これも打ち合わせ通り。

 

 高校中退の件を信用したのか、玲子は具体的な話に入った。美貴は一先ず安堵した。

「容姿よりも大事にしているのは、お客様に対して、思いやり・優しさ・気遣いが出来るかどうかです。この三つは心得て下さい」

 二人は「はい」と、息の合った返事をした。

 次に、仁美副店長から仕事内容や給料の説明があり、最後に「ここまでで何かご質問は?」

と振られた。

「あのー、希望があれば講習を受けられるってことなんですけど、講師はどなたが?」

 文夏の質問に仁美は、

「ご希望でしたら、初出勤の日に、私か店長の方でご指導致します」

と淡々と答えた。

 安心した二人は、そろって講習を希望した。


「時間は一日三時間から受け付けるとのことなんですが?」

 求人案内に載っていたことを確認する美貴に、

「はい。大丈夫ですよ」

玲子は笑顔で答えた。

 納得した二人は必要書類に記入し、写真撮影を終えて面接は無事終了した。


 初出勤は美貴の休みが始まる翌週からにした。美貴の希望通り平日の週三日、昼間の三時間勤務。万が一に備え、学校関係者が来ないであろう時間帯を狙ってのことだった。

 

 店長も副店長も優しそうだし、職場も綺麗。気に入った文夏は、玲子から「夕起」と名付けられ、風俗嬢として働き始めた。

 

 祖父母にはスーパーのパート従業員と嘘をついたが、洋子には正直に話した。予想通り難色を示されたが、根気強く説得し、何とか了承を得た。

 

 「みやび」と名付けられた美貴は、アリバイ会社に登録した。おかげで学校にも親にもバレずに、休みが終わる前日、一身上の都合として退店した。


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