表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
30/30

裕介のエピローグ

 裕介が修学旅行から帰って来た二日後の十一月十日。祖母、澄子が息を引き取った。

 最期の方はガン細胞が脳に転移し、殆ど意識のない状態だったが、余命一ヶ月と宣告されてから半年近くが経っていた。

 心が少しずつ変化し始めたとはいえ、死に行く人、逝った人を羨ましく思う気持ちは継続されていた。間違った道へ進む心を方向転換させようと、打開策を模索している矢先のことだった。

 

 それだけに、訃報を聞いた裕介は複雑だった。せめて何かしらの結論に達するまで待ってほしかった……。

 不可抗力だとは解っていても、裕介は祖母を悼む気持ちにはなれないまま、通夜・告別式を迎えた。

 この機会にと買って貰った、少し大きめの濃紺のスーツと黒いネクタイ。ネクタイを締めるのは中学の制服以来である。


――あのババア、このタイミングで死にやがって!

 首周りに違和感を、着慣れないスーツに窮屈さを感じたまま、裕介はムカつきに支配されていた。式中の焼香と合掌も、心ここにあらずの形式的なものだった。それが、今の裕介なりの供養でもあった。

 

 出棺を終え火葬場へ移動し、点火された後は待合室で待機することになった。

 その間、裕介は一人外に出た。駐車場には身内の車が五、六台停まっていたが、それでも広々と感じられた。

 裕介は駐車場の端まで進むと、火葬場を背にしてタバコに火をつけた。

 陽光に照らされた周辺の木々は、紅葉も終わりに近付き、風がなびく度葉を落としている。

 

 ボーっとその風景を眺めていると、「裕介」と自分を呼ぶ声が聞こえた。だが後ろから聞こえたのではない。裕介の中で聞こえたのだ。

「諦めたら駄目よ」

 裕介はハッとした。紛れもなく澄子の声だ。最初の見舞いの時に言われた言葉。しかし声はか細くはなく、元気だった頃の澄子で、優しく微笑みながら語りかけているようだった。

「裕介、諦めたら駄目よ」

 再度声が聞こえた時、裕介の目は視界不良となった。周りの景色が滲んでいき、生暖かいものが頬を伝った。

 

 裕介は涙を拭うこともせず、流れるまま、感情が動くままにしておこうと思った。

 悲しさでも寂しさでもない。説明がつかないが、今まで心に溜まっていた老廃物が出て行くような、どこかスッキリして行く涙だった。

――婆ちゃんは、諦めなかった……。

 裕介の中で一つの答えが出ようとしていた。「――早く起きなきゃ、家に帰らなきゃっていう思いが強いのかもね」。

 

 小枝子が言った通り、澄子は最後の最後まで、生きることを諦めなかった。澄子だけではない。病を患った人も健康な人も、生かされている限り、その天命を全うしなくてはならない。自分もその中の一人なのだ。寿命を消化することに、無駄なんか一つもありはしない。

 生かされているのだから、病気は必ず治るのだから、その日を根気強く待って、天命を全うしなさい。

 諦めたら駄目。それは、退院する希望を持ちながらも、頭の片隅で死期を悟っていたかもしれない、祖母から孫への最後のメッセージ、遺言だったのだ。


「婆ちゃん……ありがとう」

 自分なりの結論が出た裕介の目からは、更に大粒の涙が溢れ出した。歯を食いしばろうとするが、ガタガタ震えて止まらなかった。

 もう二度と、死に行く人、逝った人に対して、羨ましいなどと思ったりはしない。そして、うつ病を必ず治してみせる。裕介は誓った。


――婆ちゃん、見ていてくれよ!

 裕介は火葬場の方へ向き直すと、今度は心を込めて合掌した。

 やっと涙が止まり、裕介は待合室に戻った。

 隣に座った兄に、制服姿の秋久は、

「随分遅かったじゃん。(タバコを)何本吸う気だよ」

 参考書に目を向けたまま言った。

「周りのことも考えてよ」

 小枝子が忠告した。譲一は無言だったが、「全く……」とでも言いたげな呆れ顔をしている。


「そんなヘビー(スモーカー)じゃねえよ」

 裕介がそう返すと秋久は顔を上げ、兄の顔を覗き込んだ。

「兄ちゃん、目が赤いよ」

 ニヤつく秋久の言葉に、両親も裕介の顔に目が行った。友達とのひとっ旅以後、表情は随分穏やかになったが、涙を流すなど予想外だった。

 譲一と小枝子は安心したように目を合わせ、微笑みあった。

 

 この事態に戸惑った裕介は、

「……オレにも感情はあるんだよ!」

ぶっきらぼうに言い放ち、家族に背を向けた。

 窓の外を見詰めた裕介の顔は、澄み切った空を映写したようであった。

                                       

                   



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ