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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
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「今日から、お爺ちゃんとお婆ちゃんの家で暮らすことになるから」

 当時五歳の文夏に母の洋子ようこは目を合わせ、優しく微笑んで告げた。


 両親が離婚した文夏は洋子に引き取られ、地元の町を離れて母の実家がある東京で育つことになった。

 なぜ離婚に至ったのか、文夏は未だに知らないままでいる。

 祖父母は娘と孫を温かく歓迎してくれたが、看護師をしている洋子は毎日が忙しかった。

 おまけに交代勤務で文夏とは時間が擦れ違い、娘のことはほぼ両親に任せていた。

 

 内科医をしている別れた父、尚吾しょうごとも一年に一度会えば良い方で、文夏が成長して行くのと同時に、二、三年に一度といった具合に会う機会は激減して行った。

 それでも何不自由なく育ち、親が医者ならありがちの「将来は医者になれ」とは、一度も言われなかった。優しい祖父母にも不満は無かった。

 

 だが、彼女の心にはぽっかり穴が空き、木枯らしが入り込んでいた。蚊帳の外に置かれている訳でもないのに、母の実家にいると、何か取り残されているような居心地の悪さが付き纏った。

 文夏は年齢を重ねると共に、「居場所を見付けたい」「必要とされたい!」との思いを蓄積させて行く。

 

 その時に見る、毎日時間に追われて過ごす洋子の姿は憧れの的であった。

――お母さんは必要とされてる。

 そんな文夏も、中学二年の時に初めて彼氏が出来る。登下校やたまのデートなど、彼と一緒にいる時、彼女はやっと自分の居場所を確保出来た気がした。

 同時に、必要とされたいという欲求も解消された。


 しかし、欲求が満たされた期間は長くは続かなかった。三年になり受験も近付いたことで、彼の両親と文夏の祖父母は、「今は勉強に専念すべき」と二人を別れさせた。

 文夏は一応納得し受験勉強に励むが、欲求を満たしたい思いは膨張して行く。でも、それは進学して間もなく解消される。

 一年先輩で、サッカー部に所属する彼に憧れを抱いた文夏は、果敢に彼に接近しデートの約束を取り付ける。

 そのまま交際へと発展した現実は、文夏に充実感をもたらした。多感な時期特有の悩みも、彼といる時は忘れられた。

 そして、彼女は新たな自分にも気が付いた。

――SEX好きだなー。

 純愛と情欲は癒着していた。


 一途な二人の交際は、珍しいことに彼が国立大学に進学してからも続く。

 しかし、充実していた文夏も高三となり、正直彼との交際もこれ以上は無理かと思い始めていた矢先のこと。

 文夏は好きなSEXによって彼との子を妊娠してしまい、結果中絶。

 

 これをきっかけに、文夏は彼との居場所を捨てた。それだけでは終わらず、学校も退学を余儀なくされる。

――今までの充実感は、何だったの?……。

 何もかも失い、憎しみと悲しみに暮れる文夏を、「今は無理だろうけど、人間は許して行かなきゃいけないのよ」

 洋子はこう諭した。

 

 今回の一件を咎めることもない。洋子の中では、今まで娘をほったらかしにして来た負い目が、ストッパーとなっていた。


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