文夏のエピローグ
放課後に文夏のスマートフォンに着信があってから五日後の土曜日。電話は文夏の父、尚吾からだった。出張で上京すると言う尚吾の都合に合わせ、夜の新宿駅で三年ぶりに再会した。
「新宿に来たんだから歌舞伎町に行こう」。尚吾のミーハー心に付き合って、歌舞伎町にある「叙々苑」で食事をすることにした。
「急に連絡して来てビックリしたよお」
「久しぶりに少しでも会えないかと思ったんだ」
尚吾はお絞りで手を拭きながら、照れ臭そうに笑った。
文夏も、尚吾が学会で東京に来ることがあるとは知っていたが、この三年、親子が連絡を取り合うことは一度もなかった。
尚吾は生中、文夏はレモンサワーで乾杯した。久しぶりの親子水入らずの食事。カルビやロース。タン塩に舌鼓を打ちながら、お互いの近況や思い出話に花が咲いた。
「ところでお前、また高校に入学したそうだな?」
「ちょっとお父さん! そのこと何で知ってるの!?」
文夏は動揺した。尚吾には高校再入学のことは話していない。情報源と予想出来るのは一人しかいない。
「この前洋子から電話があってなあ。その時聞いたんだ」
「やっぱりね」
文夏は溜息混じりに言った。口止めしていた訳ではないが、美貴といい洋子といい、気の置けない二人は案外口が軽いようだ。
「でも連絡取ってたんだ?」
「滅多にないけどな。あの町にも行ったそうじゃないか?」
「うん。太田夫人にも会ったよ」
「太田さんかあ。懐かしいなあ。近くまで来たんなら寄ってくれれば良かったんだ」
「忙しいと思ったから」
「気を遣うことないじゃないか。……しっかし、お前は相変わらず頑張り屋だな」
尚吾はしみじみと言った。父の言葉に文夏ははにかんだ後、にこっとした笑顔を向けた。
尚吾は箸を止め、物思いに耽った表情をした。その様子に文夏も箸を止め黙った。しかし網の上の肉が気になり、「焦げちゃうよ」と言いながら自分と尚吾の皿に取り分けた。
尚吾はコップに残ったビールを飲み干して、徐に口を開いた。
「……酒の力を借りて言う」
真剣な顔で改まった口調に驚いた文夏は、じっと父の目を見詰めた。
「……お前には、親の都合で辛い思いをさせて来た。今更申し訳ないと言ったって遅いが、苦労をかけたな」
「……」
地元のホテルで洋子から悔恨の言葉を聞いた時と同様、初めて言われた父からの労いの言葉に、文夏は戸惑った。
そんな娘の心境を知ってか知らずか、尚吾は文夏の目を見詰め、更に続けた。
「オレも洋子もそうだが、お前のような子供を持ったこと、親として誇りに思う。……よくここまで育ってくれた」
そう言うと、尚吾は安堵の表情を浮かべ、微笑んだ。
文夏は尚吾の顔を見たままで、視線も身体も動かすことが出来なかった。そうしている内、胸がキュンと締め付けられて行くのを感じた。
やがて、視界の下の方からうるうると込み上げて来るものを認識した。
「ヤバっ!」と思った文夏は、素早く網の上にカルビを三枚乗せ、わざと網に顔を近付けた。
「ああ煙い!」
煙は網の側で吸収される為、殆ど立ち上ることはないが、涙を煙のせいにして両手で拭った。




