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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
25/30

逆襲

『コンコンコン!』

「ユウ君! 入れてー!」

 翌朝、裕介は文夏のノックと声に起こされた。てっきり朝食の誘いかと思いドアを開けると、文夏は肩にバッグを下げ「おはよう」と挨拶しながら部屋に入り、

「シャワー浴びに戻って来たの」

 素っ頓狂に言った。


「お母さんのとこで浴びりゃあ良いでしょ?」

「メイク道具ここに置いてたの」

 裕介は「ふーん」と返事をしながら、却って都合が良いと思った。

 文夏が浴室に入ったことを確認し、裕介はきのう用意したメモを、彼女のベッドの枕元に置いた。

 小声で「よし!」と掛け声をかけ、そそくさと部屋を出る。きのう覚えたルートを思い出しながら、早足で目的地を目指した。

 

 裕介の頭の中では、色んな思いがグルグル回転した。文夏はあのメモを見て自分が思い描いた通りの行動をとってくれるのか? まさか自分がやったことを棚に上げて激怒するんじゃないか? 不安が過る中、あのメモを見て慌てる文夏の姿を想像すると、優越感に浸った。


 シャワーを浴び終えた文夏は、部屋に裕介がいないことを一瞬不審に思った。

――散歩にでも出たのかな?

 そう思い直し、文夏はポーチからコンパクトを取り出し、ベッドに座って化粧を始める。

 後は眉毛だけとなり、姿勢を変えようと枕に手をついた時、一枚の紙が置かれているのに気が付いた。手にとって読んだ瞬間、彼女は目を見開いた。


――メイクどころじゃない!!

 慌てて裕介に電話するが繋がらない。このことで裕介がしようとしていることを確信に変えた文夏は、素早く外出着に着替えた。

――何バカなことしようとしてんの!?

 廊下を走りながら洋子に電話をかけた。

「ちょっと外出するから」

 早口で告げると、洋子の返事も待たずに電話を切った。

 

 昨晩の裕介の言葉が過る。「最近、ことあるごとに「死」って言葉が出て来て……」。

 それだけではない。昼間、水道施設でしゃがみ込み、崖下を眺めていた様子といい、嫌な予感が走った。向かうとすればそこしか考えられなかった。


 一方裕介は、文夏が思った通り水道施設にいた。快晴の日曜の朝、知らない町を眺めながらの一服。

――ゆったりして良いもんだなあ。

 慌てて向かっている文夏とは対照的に、まったりとした時を過ごす。

 メモに信憑性を持たせようと、スマートフォンの電源を落としてはみたものの、

――渋谷さん来るかなー?

やはり心配だった。それともう一つ。

――来たら何と言って切り出そう?

 

 「ドッキリ」を画策したものの、想定したのは、メモを見た文夏が慌ててこちらにやって来ることまで。そこから先はノープランだった。

 裕介にとって、これは只の「ドッキリ」ではなかった。文夏は自分探しの旅に裕介を巻き添えにした。だったら、裕介も気持ちを整理することに文夏を使っても、罰は当たらないのではないか?

 

 施設に着いて約二十分。裕介は何を話そうかシミュレーションし、考えをまとめていた。

 その時、下の方から「ユウ君!!」と叫び声が聞こえた。

――来たか!

 裕介は一瞬で緊張感に包まれた。落ち着こうとタバコに火をつけた。

 そこに血相を変えた文夏が坂を登り終え、裕介を見付けて足早に近付いて来た。


「歩いて三十分ですよ。ここ」

 振り返って笑みを浮かべる裕介に、文夏は表情を変えず、息を切らしながらルーズリーフを突き出した。

「これどういう意味よ!」

 裕介がルーズリーフに書き綴ったメモ。

「暗鬱な日々。高い崖が目に映る。そこから飛び降りたら、楽になるかな?」

「高い崖ってここだと思って。悪ふざけにも程があるよ!」

 

 その時風が吹き、裕介は文夏の眉が左右半分しかないことに気が付いた。指摘してやろうかと思ったが、空気を考え、笑いを堪えて正面に視線を移した。

「死にたかったの?」

 文夏の眉のおかげで緊張が解けた裕介は、視線を正面に向けたまま、口を開いた。

「そう思ったのは本当ですよ。きのうここに連れて来られた時にね。でも良いじゃないですか? 自分だって同じようなことしたんだし、「拉致」した女を翻弄した男」

 

 裕介はしてやったりの表情を向けた。文夏は呆れたが、彼の言ったことも間違いではない。

「お主中々やりよるなあ……」

 減らず口を叩く文夏を鼻で笑い、裕介はゆっくりとした口調で打ち明け始めた。


「済みません。渋谷さんをここに来させたのは、自分の気持ちを伝えたかったからなんで

す。……うつ病になってから、めちゃくちゃ苦しいのに、「軽い」の一言で片付けられたり、不安や症状を口にすれば、「そんなのみんな一緒だ」みたいに言われて……」

 文夏は昨晩のことを思い出した。「私にもあるよ。そんな時」。

「だからそれはさあ……」

 諭すように言う文夏を裕介は制した。

「解ってます。「そんなこと気にしなくて良い」って意味なことは」

 裕介の解釈に、文夏は「まあね」と頷いた。

 

 裕介は堰を切ったように続ける。

「だけど、頭では解っていても、心がね……。みんなと同じなのに、病院通って挙句に薬に頼ってるオレは何なんだ!? って、頭と心が反比例して行くばっかりで……」

 初めて聞く裕介の胸の内に、文夏は「ごめん……」と呟いた。

 人間誰しもが感じる気持ちの浮き沈み。うつ病患者は、落ちた時に「うつ」という余計なものが重なる為に、いらぬ苦しみを味わう。


「病気になってからは人間関係も上手く行かなくて。もう全てが嫌で怖くなったんです。だから定時制に入ったんですけどね。……少しは人と接しなくても済むと思ったから……」

「そうだったの……」

「渋谷さんが入って来て調子狂いましたけど」

 そう言って微笑む裕介に、文夏も笑みを浮かべた。彼の自然な笑みを見るのは、これが初めてだった。


「一人になってもちっとも楽にはならなくて。……けど不登校はしたくなかった。自分が選んだ道だし、何か負けた気がして」

「良いじゃん。ゆっくり大人になりながら治して行けば」

「渋谷さんが言ってくれたユニークな面、自分ではそう思わないけど、もしそうだとしたら、久しぶりに引き出してもらいましたよ」

 文夏に真情を吐露した裕介は、快晴も手伝って清々しさに満ちていた。心を塞いでいた蓋はようやく取り除かれ、光が眩しく差し込んだ。


「私で良かったらいつでも話聞くから」

 歯を見せて微笑む裕介に、

「サービスしときまっせ!」

 文夏はウインクして付け加えた。

 その時、正午を告げるイメージソングが流れ始めた。文夏は途中から歌い出す。

「♪ ――(ふるさとの川には)温かい色がある そよ風の微笑み いつでも優しくて 触れ合う季節には すばらしい歌がある 山々を見上げる 瞳が輝いて キラキラでいようよ いつだって キラキラでいようよ この街で―― ♪」

「良い歌詞ですね。……でも「キラキラでいようよ」って……」

「いつでも輝いて行こうって意味なんじゃない」

 苦笑する裕介に文夏は解説した。

 

 二人は空を見上げる。

「おかげで私も自分を再確認することが出来た。この町が土台としてあるから、何だって頑張れるんだって……」

 空を見たまま呟く文夏に、裕介は『ふーん』と頷いた。

――彼とのことも……。

 許せた。というより吹っ切れた。

 今までは、過去を思い出さない為にがむしゃらにやる。だったが、これからは未来に向かってがむしゃらに……。

 

 文夏が思いに耽っていると、裕介が口を開いた。

「渋谷さん」

「何よ?」

「眉毛、半分ずつしかありませんけど……フフハハハハ……」

 ずっと堪えていたが、もう限界だった。爆笑する裕介に文夏はハッとした。

「誰のせいだと思ってんの!?」

 静かな施設内に、裕介の高笑いが響いた。


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