吐露
「お母さんまで巻き添えにしたんですか?」
裕介はベッドに寝そべりながら呆れた口調で言った。
「違うよ。ちょっと手違いがあってね。追っかけて来ちゃったの」
「どっちにしたって同じでしょ?」
一瞥する裕介を文夏は鼻で笑い、
「私、今夜はお母さんの部屋に泊まるから」
と言って部屋を出て行こうとした。
文夏の背中を目で追いながら、裕介はさっき湧き上がった不安を確かめたくなった。
「渋谷さん」
「うん?」
「明日には「解放」してくれますよね?」
「さあ。どうしようかなあ?」
イタズラっぽくあしらう文夏に、
「またあ。オレは反抗する「人質」だからね!」
裕介は文夏の予想通りの反応をした。
文夏にとって彼をからかうことは楽しく、可愛くも思っていた。
「解った解った……」
裕介は「ハー」と溜息をつくと、気分を変えようと、
「それより、オレを「拉致」した理由。もう本当のこと教えてくれても良いでしょ?」
最後まで引っかかっていたことを質問した。不安だから巻き添えにした。では納得し兼ねる。
ドア付近に立っていた文夏は少し考え、隣のベッドに座ると、「その前に」と前置きし、ゆっくりと動機を打ち明けた。
「私が地元に帰ろうって思ったのは、今までの自分に区切りを付けたいっていうか、人生の第二弾を歩きたかったからなの」
「スペクタクルな話だな……」
呟いた裕介に、文夏は「それ友達にも言われた」と苦笑した。
「初めてユウ君を見た時、排他的な印象を受けた。だけど、私の車に乗り込んで来た時、そんなことはないって思ったの。私に見せたユニークな面を、他の人にも見せてほしかった。それで、人に心を開いてもらうには、まず自分が打ち明けなくちゃ駄目だって思ったの。……力になれたかは分からないけど……」
自分も塞ぎ込んでいる時、美貴が立ち直るきっかけをくれた。それを、裕介にしてあげたかった。
結果的には、美貴も裕介も巻き添えにした形になるが……。
「ふーん。世話焼きなんですね。……でも買い被り過ぎですよ。ユニークな面って、持ってたんじゃなくてそうさせられただけだし……」
文夏の態度にマジになっただけ。それをユニークな面とは、裕介にはとても思えなかった。
「自分じゃ分からないものよ」
裕介は、「そう言われてもねえ」と呟いただけで黙った。
しばらく沈黙が流れる中、裕介は水道施設でのことを思い出した。声の忠告は気になるが、言うなら今だと意を決する。
「オレも一つカミングアウト」
ドライブの時と同様、改まった口調の裕介に、文夏は「何?」と訊きながら身構えた。
「実は……今精神科に通ってるんです」
「……そうなの?」
「二年前から。……うつ病」
予期せぬ告白に、文夏は言葉が出なかった。
「症状としては軽いそうですけど……。でもこればっかりはねえ……」
譲一に散々指摘され腹を立てていた言葉を、裕介は自ら口にした。やけくそだった。
「そうね。……自分にしか解らないしね」
文夏は、裕介が水道施設で座り込んだ場面を思い出した。
――やっぱりキツかったんだ……。
時期が悪かったか……。改めて自分がした行為を申し訳なく思った。
「もう学校と家を往復するだけで精一杯ですよ……」
呟く裕介に、文夏は「うんうん」と頷いた。また沈黙が流れる。
その間、文夏は自分と照らし合わせて言った。
「でも、私にもあるよ。そんな時」
文夏にとっては率直な気持ちであり、「お互い頑張ろうよ!」とエールを送ったつもりだった。
しかし、裕介には鼻に付く言葉。
彼の心の中で、「気にかけてもらいたい」。自己顕示欲の「害虫、寄生虫」が動き出す。
「最近、ことあるごとに「死」って言葉が出て来て……」
「死んでどうするの?……在り来たりだけど、それしか言えないな。生きてるからこそ、悲しいこともあるけど、喜びを噛み締めることも出来るんだから」
「……そうですね。オレ、疲れたんでちょっと寝ます。夕飯はコンビニで適当に買いますから」
そう言って裕介は寝返りを打ち、文夏に背を向けた。
また「ユニークな面」が「害虫」を伴って出て来るのを、残った理性で押し止めた。
「本っ当、懲りない奴だなお前」。嗤う心の声を無視して、裕介は目を瞑った。
――多分、SOSを出したんだな……。
裕介の背を見て文夏は思ったが、彼を助ける策は浮かばなかった。
「精神科に通ってるんです。……うつ病」
裕介の告白が頭に焼き付いていた文夏は、ベッドに入ってもしばらく彼の言葉を反芻していた。
娘と同様眠れずにいた洋子は、天井を見詰めたまま「文夏」と声をかけた。
文夏は咄嗟に枕元のスタンドを点けながら「何?」と答え、身体を洋子の方へ向けた。
「あの人まだあどけない顔してるけど、年下じゃないの?」
洋子は天井を見たまま言った。
「そうよ」
「付き合ってるの?」
「ううん。そんな関係じゃないよ。あの子も私をそんな風には思ってないはず」
「じゃあどうして巻き添えにしたの?」
洋子は顔を文夏の方へ向け、問い質す口調で訊いた。
「あの子、いつも寂しそうな目をしてるの。それでいて、私と話してる時は凄く人間味があるの。でも、あまり人と関わろうとしなくて」
「男の子はそういう時期があるからね」
洋子は軽く伸びをしながら言った。
「私から色々と告白すれば、あの子の目が変わるんじゃないかって思ったんだけど……」
母親の疑問に、文夏は素直な気持ちで答えた。
「気持ちは解るけど、あまり人様の心には深入りし過ぎない方が良いわよ」
洋子は忠告しながら文夏と目を合わせた。文夏は苦笑いして洋子から目を逸らした。
「解ってるけどねえ。だけど、一度きりの高校生活だし、一人で時間を過ごすのは勿体ないじゃない? 私は再入学して心からそう思う。……なーんかほっとけなくて」
「フフン。文ちゃん変わってないわね。子供の時から」
「何が?」
「強引なところもそう。かと思えば、自分を脇に追いやって人の心配ばかり。たまには、自分を優先させても良いんじゃない?」
「……」
文夏は下唇を軽く噛んで宙を見詰めた。そんな娘に洋子は続ける。
「でも文ちゃんの性格は、親の責任なのよね。ずーっと、寂しい思いをさせ続けたんだから。偉そうなことは言えないわね」
洋子はそう言いながら文夏に微笑みを向けた。
「今頃になって、もっと一緒に過ごす時間を作れば良かったって思うわ」
「……おやすみ」
文夏は微笑み続ける洋子の顔が見ていられなくなり、慌ててスタンドを消し仰向けの体勢をとった。
いつも前向きに生きている洋子の口から、初めて悔恨の言葉が出たことに、文夏は返す言葉がなかった。
文夏が部屋を出て行ってから二時間程眠りに就いていた裕介は、今度は夜半になっても寝就けずにいた。
この時間を有効に使えないかと、枕元のスタンドを点けただけの静寂に包まれた部屋で、思案に暮れる。
やがて妙案が浮かぶと、ベッドから起き上がり机に向かった。リュックからルーズリーフとボールペンを取り出し、書いては首を傾げ、書いては首を傾げるを繰り返す。
幾つかの候補から納得する言葉を選び、新しいルーズリーフに大きな字で清書した。出来上がった文章に、裕介は満足げにニヤついて「よし」と頷いた。




