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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
24/30

吐露

「お母さんまで巻き添えにしたんですか?」

 裕介はベッドに寝そべりながら呆れた口調で言った。

「違うよ。ちょっと手違いがあってね。追っかけて来ちゃったの」

「どっちにしたって同じでしょ?」

 一瞥する裕介を文夏は鼻で笑い、

「私、今夜はお母さんの部屋に泊まるから」

 と言って部屋を出て行こうとした。

 

 文夏の背中を目で追いながら、裕介はさっき湧き上がった不安を確かめたくなった。

「渋谷さん」

「うん?」

「明日には「解放」してくれますよね?」

「さあ。どうしようかなあ?」

 イタズラっぽくあしらう文夏に、

「またあ。オレは反抗する「人質」だからね!」

裕介は文夏の予想通りの反応をした。

 文夏にとって彼をからかうことは楽しく、可愛くも思っていた。

「解った解った……」

 裕介は「ハー」と溜息をつくと、気分を変えようと、

「それより、オレを「拉致」した理由。もう本当のこと教えてくれても良いでしょ?」

 最後まで引っかかっていたことを質問した。不安だから巻き添えにした。では納得し兼ねる。

 

 ドア付近に立っていた文夏は少し考え、隣のベッドに座ると、「その前に」と前置きし、ゆっくりと動機を打ち明けた。

「私が地元に帰ろうって思ったのは、今までの自分に区切りを付けたいっていうか、人生の第二弾を歩きたかったからなの」

「スペクタクルな話だな……」

 呟いた裕介に、文夏は「それ友達にも言われた」と苦笑した。


「初めてユウ君を見た時、排他的な印象を受けた。だけど、私の車に乗り込んで来た時、そんなことはないって思ったの。私に見せたユニークな面を、他の人にも見せてほしかった。それで、人に心を開いてもらうには、まず自分が打ち明けなくちゃ駄目だって思ったの。……力になれたかは分からないけど……」

 自分も塞ぎ込んでいる時、美貴が立ち直るきっかけをくれた。それを、裕介にしてあげたかった。

 結果的には、美貴も裕介も巻き添えにした形になるが……。


「ふーん。世話焼きなんですね。……でも買い被り過ぎですよ。ユニークな面って、持ってたんじゃなくてそうさせられただけだし……」

 文夏の態度にマジになっただけ。それをユニークな面とは、裕介にはとても思えなかった。

「自分じゃ分からないものよ」

 裕介は、「そう言われてもねえ」と呟いただけで黙った。

 

 しばらく沈黙が流れる中、裕介は水道施設でのことを思い出した。声の忠告は気になるが、言うなら今だと意を決する。

「オレも一つカミングアウト」

 ドライブの時と同様、改まった口調の裕介に、文夏は「何?」と訊きながら身構えた。

「実は……今精神科に通ってるんです」

「……そうなの?」

「二年前から。……うつ病」

 予期せぬ告白に、文夏は言葉が出なかった。


「症状としては軽いそうですけど……。でもこればっかりはねえ……」

 譲一に散々指摘され腹を立てていた言葉を、裕介は自ら口にした。やけくそだった。

「そうね。……自分にしか解らないしね」

 文夏は、裕介が水道施設で座り込んだ場面を思い出した。

――やっぱりキツかったんだ……。

 時期が悪かったか……。改めて自分がした行為を申し訳なく思った。


「もう学校と家を往復するだけで精一杯ですよ……」

 呟く裕介に、文夏は「うんうん」と頷いた。また沈黙が流れる。

 その間、文夏は自分と照らし合わせて言った。

「でも、私にもあるよ。そんな時」

 文夏にとっては率直な気持ちであり、「お互い頑張ろうよ!」とエールを送ったつもりだった。

 しかし、裕介には鼻に付く言葉。

 

 彼の心の中で、「気にかけてもらいたい」。自己顕示欲の「害虫、寄生虫」が動き出す。

「最近、ことあるごとに「死」って言葉が出て来て……」

「死んでどうするの?……在り来たりだけど、それしか言えないな。生きてるからこそ、悲しいこともあるけど、喜びを噛み締めることも出来るんだから」

「……そうですね。オレ、疲れたんでちょっと寝ます。夕飯はコンビニで適当に買いますから」

 そう言って裕介は寝返りを打ち、文夏に背を向けた。

 

 また「ユニークな面」が「害虫」を伴って出て来るのを、残った理性で押し止めた。

 「本っ当、懲りない奴だなお前」。嗤う心の声を無視して、裕介は目を瞑った。

――多分、SOSを出したんだな……。

 裕介の背を見て文夏は思ったが、彼を助ける策は浮かばなかった。


「精神科に通ってるんです。……うつ病」

 裕介の告白が頭に焼き付いていた文夏は、ベッドに入ってもしばらく彼の言葉を反芻していた。

 娘と同様眠れずにいた洋子は、天井を見詰めたまま「文夏」と声をかけた。

 文夏は咄嗟に枕元のスタンドを点けながら「何?」と答え、身体を洋子の方へ向けた。

「あの人まだあどけない顔してるけど、年下じゃないの?」

 洋子は天井を見たまま言った。

「そうよ」

「付き合ってるの?」

「ううん。そんな関係じゃないよ。あの子も私をそんな風には思ってないはず」

「じゃあどうして巻き添えにしたの?」

 洋子は顔を文夏の方へ向け、問い質す口調で訊いた。


「あの子、いつも寂しそうな目をしてるの。それでいて、私と話してる時は凄く人間味があるの。でも、あまり人と関わろうとしなくて」

「男の子はそういう時期があるからね」

 洋子は軽く伸びをしながら言った。

「私から色々と告白すれば、あの子の目が変わるんじゃないかって思ったんだけど……」

 母親の疑問に、文夏は素直な気持ちで答えた。


「気持ちは解るけど、あまり人様の心には深入りし過ぎない方が良いわよ」

 洋子は忠告しながら文夏と目を合わせた。文夏は苦笑いして洋子から目を逸らした。

「解ってるけどねえ。だけど、一度きりの高校生活だし、一人で時間を過ごすのは勿体ないじゃない? 私は再入学して心からそう思う。……なーんかほっとけなくて」


「フフン。文ちゃん変わってないわね。子供の時から」

「何が?」

「強引なところもそう。かと思えば、自分を脇に追いやって人の心配ばかり。たまには、自分を優先させても良いんじゃない?」

「……」

 文夏は下唇を軽く噛んで宙を見詰めた。そんな娘に洋子は続ける。

「でも文ちゃんの性格は、親の責任なのよね。ずーっと、寂しい思いをさせ続けたんだから。偉そうなことは言えないわね」

 洋子はそう言いながら文夏に微笑みを向けた。

「今頃になって、もっと一緒に過ごす時間を作れば良かったって思うわ」

「……おやすみ」

 文夏は微笑み続ける洋子の顔が見ていられなくなり、慌ててスタンドを消し仰向けの体勢をとった。

 いつも前向きに生きている洋子の口から、初めて悔恨の言葉が出たことに、文夏は返す言葉がなかった。


 文夏が部屋を出て行ってから二時間程眠りに就いていた裕介は、今度は夜半になっても寝就けずにいた。

 この時間を有効に使えないかと、枕元のスタンドを点けただけの静寂に包まれた部屋で、思案に暮れる。

 やがて妙案が浮かぶと、ベッドから起き上がり机に向かった。リュックからルーズリーフとボールペンを取り出し、書いては首を傾げ、書いては首を傾げるを繰り返す。

 

 幾つかの候補から納得する言葉を選び、新しいルーズリーフに大きな字で清書した。出来上がった文章に、裕介は満足げにニヤついて「よし」と頷いた。



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