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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
23/30

登場

「……お母さん?」

 文夏は自分の目を疑いながら、洋子と思われる人物を見詰め続けた。

 洋子と思われる人物は、旅行用のバッグを肩に下げたまま出入り口から少し離れ、スマートフォンで電話をかけ始めた。

 すると二、三秒経った後、上着に入れていた文夏のスマートフォンが、着信音を鳴らしながら振動し始める。


――やっぱり……。

 文夏はスマートフォンを確認もせず、恐る恐る洋子に近付いて行った。

「お母さん!?」

 いきなり娘に声をかけられ、洋子はビックリして振り向き、文夏を認識すると、

「あら! こんなに直ぐ会えるなんて」

 電話を切りながら素っ頓狂に言った。

「それより何でここにいるの?」

 率直な疑問。もし仕事で来たのなら、自分に電話はかけないはずだ。第一、洋子には今回のことを何一つ告げていない。

 

 文夏の言葉に、洋子は急に思い出した顔つきになった。

「休暇を無理にお願いして、文ちゃんを追いかけて来たのよ」

「私を?……!」

 文夏の頭の中はこんがらがっていたが、物の数秒で情報源を特定出来た。

「美貴ちゃんから全部聞いたわよ。学校の人を無理やり連れて行くとか……」

 洋子はジロっと文夏を睨み、咎める目をして問い詰めて来た。

「この町にいるっていうことは、美貴ちゃん以外にも迷惑をかけてる人がいるってこと

ね?」

 美貴はさすがに「拉致して――」とまでは言わなかったようで、文夏は少し安心した。


「……あのお喋り」

「何がお喋りよ! 二十歳にもなって人様に迷惑かけて。もっと大人の自覚が必要よ!」

「……面目ない」

 文夏は小声でペコリと頭を下げた。

 洋子は苦笑いを浮かべて溜息をつくと、周囲を見回しながら言った。

「若干変わってるけど、この町に来るのあの人と別れて以来だわあ。出て行く時にはもう二度と来ることはない。って思ってたけど」

「うん。私も思ってた」

「でも、文ちゃんにとっては地元なのよね……」

 洋子の表情は苦笑いから優しい微笑みに変わっていた。


「ところで、文ちゃんどこに泊まってるの?」

「ああ、近くの観光ホテル」

 文夏はホテルの方角を指差しながら言った。

「連れて来た人も一緒なんでしょ? お母さんもお詫びしなくちゃね」

『今日午後二時頃、東京三田みた市にあるJR三田駅構内で、男が通行人を次々にサバイナルナイフで切りつけました。この事件で二人が死亡、五人が重軽傷を負いました。殺人と殺人未遂で逮捕されたのは……』

 ホテルの部屋で一人テレビを観ていた裕介は、この無差別通り魔事件の報道を観て、

――良いなあ……。

 命を奪われた被害者を羨ましく思っていた。祖母、澄子の変わり果てた姿を見て以来湧いた、死者への羨望……。軽薄だ。被害者や遺族に失礼だ。死というものがどういうことか、全く解っていない……。

 

 反面、澄子を見舞ってから一、二ヶ月の間に、別の気持ちも湧き上がっていた。

 被害者の一人、十八歳の少年は性格も明るく、将来は介護福祉士になって、人の役に立ちたいと話していたと、友人が取材に答えている。

――そういう人の命は尽きて、何でオレみたいなのが……。

 代われるものならば、自分の命を前途有望な人に譲りたい。死亡事故や事件のニュースを見聞きする度に心底そう思う。自分のような人間が寿命を消化しているのは無駄。高齢ドライバーが運転免許を返上するように、命を返上することが出来るのならば……。

 

 そんなことを考えると、また嗤う声が聞こえる。

「羨ましいならあの世に逝っちゃえよ! 死ぬチャンスは幾らでもあるじゃねーか」

「……そう、チャンスを活かせてないだけ……」

 裕介が「もう一人の自分」と対話している時だった。

『コンコン』

「ユウ君、私」

ドアをノックされ、裕介はベッドから立ち上がった。

「ちょっと文ちゃん! 連れて来た人って男の人!?」

 ドアの方へ近付いていた裕介は、驚いた様子の中年女性の声を聞き、怪訝に思って足を止める。

「まあね」

「まあねじゃないわよ! そうならそうと早く言いなさい!」

「だから! これから紹介するんじゃない」

 

 裕介の心情も知らず、ドアの向こうでは何かややこしい方向に会話が進んでいる。普通なら「そんな関係じゃないよ!」とか言って否定するところだろうが、太田夫人の時といい、面倒臭いのか裕介をとことんからかうつもりなのか……。裕介はドアを開ける行為が億劫になった。

 しかし、

『コンコン』

「ユウ君、いるんでしょ?」

「初めまして。文夏の母です」

 開けない訳にはいかなかった。

 裕介は覚悟してハっと息を吐き、ドアを開けた。

 憂鬱な裕介とは対照的に、二人は満面の笑みを浮かべていた。

 

 文夏は裕介に母親を紹介した後、洋子に向かい裕介を紹介しようとした。

「高校の一年先輩の……」

「中山です。初めまして」

 裕介は自分から名乗り、深々と頭を下げる。

 裕介の慇懃な挨拶を見た洋子は、

「こちらこそ初めまして。この度は娘が大変ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」

娘に代わり、丁寧に謝罪した。

「いえ。こちらこそ渋谷さんにはいつもお世話になっていて、ありがたく思っています」

 

 口から出任せ。まさか「迷惑してます」と言える度胸はない。

「じゃあお母さん、先行ってて」

 一通りの挨拶が終わり、洋子は裕介に「それじゃぁ」と言いながら軽く会釈し、廊下を歩いて行った。


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