蟠り
駅前まで歩いて来た文夏は、広場にあったベンチに腰を下ろした。橙に染まった空や行き交う人々をぼんやりと眺める。
やがてその目は、駅出入り口付近で仲良さ気に話す、高校生らしき男女を捉えた。
文夏の脳裏に、嘗ての「事件」が蘇る。
あれは、体調不良で学校を早退して、彼の家に寄った時のことだった。
ベッドに寝そべり、雑誌を読んでいる彼に対し、思い詰めた表情の文夏が口を開いた。
「あのさあ……出来ちゃったみたいなの」
文夏の言葉に彼は顔を上げ、怪訝な目を向けた。
「出来たって……まさか!?」
文夏は呆然と頷いた。
「っち。今まで大丈夫だったじゃねえかよ……誰か知ってんのか?」
彼は頭を掻き毟りながら、苛立った様子で訊く。
「……誰も……」
知らない。文夏が答えた瞬間、彼はこれまで見せなかった本性を現す。
「墜ろしてくれ! 親にバレるとヤベエんだよ。……オレも父親になる気ねえし。金は用意するから」
その誠意のなさに、文夏の中で沸々と怒りが込み上げて来た。
「あんた自分のことしか考えらんないの!? 最っ低!!」
結局、文夏はこのまま産んでも幸せに出来ないと考え、中絶手術を受けることにした。費用は宣言通り彼が負担した。
事態はそれだけでは終わらず、学校へ飛び火する。
きっかけは、文夏の急な体調不良を、養護教諭が怪しんだことだった。
放課後に呼び出された文夏は、担任と養護教諭に問い詰められた。
「渋谷さん。言いにくいんだけど、……あなた妊娠してない?」
養護教諭の言葉に、文夏は無言で俯いた。
「やっぱりそうなんだな。渋谷、……お前豪いことしてくれたな」
俯いた文夏に確信を持った担任は、溜息混じりに言った。
担任の冷たい物言いに、養護教諭は「先生」と窘めて訊いた。
「それで、今何週目?」
「……もう……墜ろしました」
「墜ろしたからといって、このことが他の生徒に知れたら、こっちも困るんだよ!」
養護教諭は再度「先生」と窘めたが、担任は止めなかった。
「こうなった以上、お前には悪いが……退学を考えてくれ」
退学処分となったことで、妊娠のことが洋子と祖父母にバレてしまった。
祖父母は嘆いたが、洋子は気丈に、こうなった半分は文夏の責任と、中絶費用の半分を負担すると言った。
そのことを彼に告げると、「助かるよ」と、電話の向こうで笑みを浮かべているのが解った。その態度に改めて憎しみを抱き、電話を持つ手が震えた。
――あったねえ。そんなことも……。
ついでのように、洋子の言葉も思い出す。
「――人間は許して行かなきゃいけないのよ」
許すも許さないも、仕事や学業に打ち込む内に、頭の中から消えていた。東京では黄泉がえらなかった記憶が、なぜかこの町で頭を擡げた。
――許しなさいってこと?
文夏は釈然としないまま、ホテルへ帰ろうと立ち上がった。
その時、駅の出入り口から出て来た人物を見て、文夏に衝撃が走る。




