未熟な母親
「それより、今夜どこに泊まる? 今の話を踏まえて、またラブホにする?」
からかって笑みを浮かべる文夏に、今度は本当に引いた裕介は、渋い笑みを浮かべた。
「……普通のホテルが良いです。今の話を踏まえてラブホって度胸はありません」
裕介は再び景色に視線を移し、やり取りを振り返った。
――こういう人を豪放磊落っていうのかな?
胆の据わった人間でなければ、公に顔と裸体を晒すことも、今回のような犯罪すれすれな行為も出来ないだろう。悔しいかな、色んな意味で文夏に感服した。
日が落ちかけた頃、裕介の希望通り、市街地にある観光ホテルにチェックインした。紅葉がまだ本番ではない為、予約なしでも大丈夫だった。
部屋に入るなり、文夏はベッドに座りスマートフォンを手にし、裕介はベッドに寝そべってテレビをつけた。
会話がない中しばらく経ち、上着を着たままでいた文夏は、スマートフォンから目を離すと徐に言った。
「私、ちょっと散歩に行ってくるから」
「そうですか。行ってらっしゃい」
裕介はテレビを観たままの体勢で言った。
文夏が部屋を出て行って直ぐ、裕介は傍に置いていたスマートフォンを手に取り、メールを打ち始めた。
『明日帰ります。心配しないで下さい』。小枝子に送信したが、
「まさかもう一日なんてねえよな?」
文夏のことだからどうなるか……。一抹の不安を覚えた。
夕飯の支度をしていた小枝子は、自分のスマートフォンが着信音を鳴らしたのに気付いた。
裕介からのメールを確認し、一先ず安心する。
金曜日は、大神の「彼を信じましょう」との言葉で収まった。メールや電話も一切せず、静観の構えでいたが、今回の息子の行為には我慢ならなかった。
――今度という今度は!
それまで抑えていたものが、一気に噴出しかかっていた。
小枝子がスマートフォンを持ってまま下唇を噛み締めて立ち尽くしていると、二階から降りて来た秋久が入って来た。
「お兄ちゃん、明日帰って来るそうよ……」
小枝子が秋久を一瞥して告げると、
「あっそう。……帰って来たら土産話でも聞かせてもらったら?」
秋久は冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取り出しながら、気にも留めていない様子で言った。
その口調に小枝子は溜息を吐き、中断していたキャベツの千切りを再開した。
「おかしいと思わない?」
秋久は「何が?」と尋ねながらコップにウーロン茶を注いだ。
「五千円足らずしか持っていないのに、旅なんか出来る訳ないわよ……」
「一緒にいる友達に借りてんじゃないの?」
秋久はウーロン茶を一気飲みし、
「それよりもさ、オレが言うのもなんだけど、もっと息子を信じてやったら?」
母親を諭す口調で言った。小枝子は無言で千切りを続けている。
「最近の兄貴に友達がいたっていうのも驚きだけど、突発的な行動なんてもっとあり得ないじゃん」
「……確かにね」
「兄貴なりの一大決心だったんじゃないの?」
そう言い残して、秋久は台所から去って行った。
秋久の言葉に、小枝子は再び手を止めた。自分よりも息子の方が状況を冷静に捉え、裕介に理解を示している。
親として、小枝子は裕介のことが気がかりでしかたなかった。それ故、感情の方が先に立ち、裕介の内面を冷静に分析することが出来なかった。
『ゴーー』と換気扇の音だけが響く台所で、裕介に対する申し訳なさと、親としての未熟さを痛感した。




