断崖絶壁
昼食はファミレスにしようと言う文夏に、裕介はせっかく帰ったのだからと、町内の観光レストランへ行ってみようと提案した。
五歳で町を離れた文夏には地元の味に馴染みはなかったが、誘いに乗ることにした。
食事を終え、次の目的地へと向かう。引き続き、裕介は連れて行かれるがままであったが……。
町中を二十分くらい走った後、小高い丘を登り、数台駐車された広場に停車した。
文夏は「着いたよ」と言いながら降車する。車はあっても人の気配はない。どこなのか気になるが、訊いても答えないことは解っている裕介は、黙って付いて行った。
目の前には少し急な坂道が更に続いている。しかもかなり長い。ここを登るのかと思うと、裕介はげんなりとした。だが、スタスタ登っていた文夏に「早く早く」と促され、仕方なく登る。
上へ辿り着くと、そこは無人の水道施設だった。フェンスで仕切られた施設より先へ行くと広場があり、文夏はそこにいた。
「良いでしょここ。よく来てたんだあ」
広場は高いフェンスに覆われ、文夏は寄り掛かり景色を眺めた。
「一人で来てたんですか?」
「ううん。友達と」
広場からは市街地が一望出来、遠く町を囲うように連なる山々も望める。フェンスがなければ風光明媚な場所である。
「確かに、良い眺めですね」
裕介はそう言いながら、フェンスにしがみ付き、力なくしゃがみ込んだ。実は八月半ば頃から、だるさが「復活」していた。さっきのアパートでは何とか立っていられたが、ここに来て辛くなった。
下に目をやった裕介は、そこが断崖絶壁なことに気が付いた。
その瞬間、また「あの声」が響いた。
「死ぬチャンスじゃないか? ここから飛び降りちゃえよ!」
――……そうすれば、楽になるのかな?
虚ろに眺めながら、悲痛な問いかけをした。裕介の様子を文夏は怪訝に思う。
「具合悪いの?」
「いや……別に」
呟くような答えに少し心配になったが、
――坂を登って疲れたのかな?
とも思い、それ以上は訊かなかった。
文夏が初めてここに来たのは、保育園の「お散歩の時間」だった。弁当持参で登り、ここで食べたのだ。
以来、子供の足にはかなりきつい坂ではあったが、友達との遊び場の一つとした。たまに、男子と縄張り争いがあったかと思えば、その男子と一緒に氷鬼をしたこともあった。
仲間達と嬉々とした場所。
「生まれて五年しか住んでなかったけど、結構覚えてるもんだね」
「町の雰囲気は変わってませんか?」
「幼かったからねえ。はっきりとは覚えてないけど……」
そう言って景色に目を移した文夏を見詰め、裕介は病気のことを、彼女に言ってみようかと考えていた。
――この人なら、解ってくれるかな?……。
中三の時に心に蓋をして以来、一度も開けたことはない。だが、自分の中に溜め込んでおくのも、正直限界に来ていた。
しかし、
「止めとけ! 人に縋ってまた傷を負いたいのか?」
心の声が嗤って忠告した。




