ドS女
裕介もファミレスに入店し、二人はやっと食事の時間を迎えた。裕介は目玉焼きが乗ったハンバーグ。文夏はたらこパスタを注文した。
裕介は何か甘い物をと、ドリンクバーからコーラを持って来て一息吐く。
「日曜には帰るって伝えました」
「勝手に予定決めないでよ」
文夏はアイスコーヒーのストローを口を尖らせて銜え、ジロッと裕介を睨んだ。
「予想外れてますか?」
裕介も文夏を睨み返すと、文夏は「ご名答」と言いながら吹き出した。
やがてメニューが運ばれ、裕介は口をモグモグさせながら、引っかかっている内の一つを質問した。
「ところで、目的地はどこなんです?」
「私の地元」
あっさりとした解答に、裕介は噎せかけた。
「帰郷ってこと?」
上擦った声で確認され、文夏は頷いた。
「……ハー……夫婦かカップルなら解るけど、独身の人は普通一人で帰るでしょう?」
裕介は軽蔑した表情を浮かべた。東京生まれの裕介に里帰りはピンと来ないが、誰かを伴ってというのも聞いたことがない。
――そう来たか。
文夏は間違っていない彼の指摘に少し考え、
「実は……ちょっと不安だったの。身内も誰もいないし」
いたずらっぽく微笑んだ。
「ふーん」
裕介は相槌を打ちつつ、
――嘘だな。
別に理由があるなと曲解した。
食事を終え、車は更に一時間走った後、ある場所に停車した。
「ユウ君、ユウ君!」
文夏に名前を呼ばれながら身体を揺さぶられ、裕介は目を覚ました。腹も膨れ、小枝子にも連絡したことで安心し、いつの間にか寝ていた。
辺りを見ると、蛍光灯が所々に取り付けられた暗い駐車場だった。時計を見ると午後十時を過ぎていた。車を降りエレベーターに乗る。
裕介はここが今日の宿だろうなと推測した。だが、エレベーターが開き内装を見た瞬間、眉間に皺を寄せる。
薄暗いフロントには誰もいない。ここがどこなのか何となく想像がついた裕介は、「ちょっと」と言いながら文夏の腕を掴み、
「ここラブホでしょ?」
念の為に確認した。
「そうよ」
文夏はあっさりと答え、受付を始めた。
初めてのラブホテルに、裕介はきょろきょろと周りを見回した。
うわつく裕介をよそに、
「どの部屋が良い?」
文夏は訊いた。
「どこでも良いけど……普通のホテルとか、予約しなかったんですか?」
「忘れたの!」
「……」
笑顔で言い放つ文夏に、裕介は口を開けたまま静止状態となった。
やがて受付を終えた文夏は、立ち尽くす裕介に「付いて来て」と目で合図した。
――計画的なんだかどうだか……。
文夏の後ろを歩きながら、裕介は溜息をついた。
部屋に入るなり、裕介はベッドにダイブした。ここがラブホテルであろうが、もうどうでも良かった。部屋を見物する好奇心すらない。
「疲れたね」
文夏もベッドに座りながら呟いた。初めて高速を長距離走り、彼女もクタクタだった。
「誰のおかげですか?」
横になったまま、裕介は意地悪っぽく呟いた。
「ごめんなさい。全部私が悪い!」
ペコリと頭を下げながらも、開き直ったような口調に、裕介は「フン」と鼻で笑った。
「しっかし、遠ーくに連れて来ましたねえ」
裕介はしみじみと言った。長距離の移動は本当に久しぶりだった。特に病気となってからは、都内から出ることすらなかった。
「っあ、一応交換しとこうか?」
文夏は急に思い出し、スマートフォンをかざした。裕介は起き上がり、二人は連絡先を交換し始める。裕介にとって、他人と連絡先を交換し合うのは、これが初めてだった。
両親の連絡先しか入っていないスマートフォンは、裕介が高校入学と同時に持たされた。小枝子の提案だったが、譲一は「必要ない」と反対した。しかし、小枝子は「これ以上塞ぎ込んだらどうするの?」と譲一を説き伏せた。少しでも交友関係を築いてほしかったのだ。
だが、たまに小枝子から「早く帰って来なさい」とメールか電話があるだけで、後はウォークマンとして使うくらいである。
スマートフォンの料金だけは、譲一の口座から引き落とされている。それも憤慨の一つになっていた。
連絡先を交換し終わり、裕介は徐に口を開いた。
「質問があります」
「何でしょうか?」
裕介の態度に、文夏はクスッと笑った。
「オレの最寄駅どこで知ったんですか?」
引っかかっていたこと、その二。疑問を解決させたかった。
「ああ。簡単よ。ユウ君の後付けてっただけ」
「はい?」
あっけらかんとした答えに、裕介の声は裏返った。
夏休みに入る三日前。「裕介拉致計画」を思いついた文夏は、下校する彼を付けて行った。
その日は美貴のバイトが休みで、「帰りに友達の家に寄る」と嘘をつき送ってもらった。
裕介は調子が悪い日が続いていた為、真っ直ぐ帰宅した。駅から自宅までは歩いて十五分程度である。
裕介の家を確認した文夏は、美貴に迎えを頼む電話をかけ、駅へ引き返した。
「それってストーカーでしょ?」
薄気味悪いが、裕介は笑うしかなかった。
文夏は無言で微笑み、
「先にシャワー浴びて良い?」
両膝をポンと叩いて立ち上がった。
裕介は「どうぞ」と言いながら、途中コンビニで買った歯ブラシを袋から取り出した。洗面所へ向かおうと立ち上がった時、浴室が擦り硝子になっていることに気付く。
ここがラブホテルだったことを再認識する裕介に、文夏はニヤリとしながら、
「見てても良いけど」
とからかう。
――!!!!?
「……しませんよ。そんなこと」
裕介はクールを装いながらも、鼓動が早まるのを感じた。
洗面所へ回ると、浴室の出入り口も擦り硝子になっていた。
文夏が浴室に入ると裕介は歯を磨き始めたが、気になって横目でチラチラ見てしまう。擦り硝子越しとはいえ、女性の裸体を見るのは当然初めてである。
興奮がエスカレートする中、何度も歯ブラシを歯にぶつけながら磨き終え、裕介はリュックから頓服薬を取り出した。
――持っといて良かったー。
一日三回までと決められたその薬だけは、いつでも飲めるよう携行していた。最初は二十五ミリグラムだった成分は、今や百ミリグラムになっている。
月二回の通院。薬の成分が増えるにつれ上がって行く医療費を見て、小枝子が思わず口にしてしまった言葉が頭を過る。
「このまま行けば、一年で十万越え」
計算機で弾き出された数字を見て、小枝子はリビングのソファに身を沈めて呟いた。
裕介は返す言葉もなく、立ち尽くす他なかった。
「秋久の進学もあるし、……正直苦しくなるわあ」
絶対に言うまいと決めていたこと。だが現実を突き付けられ、小枝子の口は止まらなかった。
「裕介、言いたくはないんけど……病気を治す気はあるの?」
言ってはいけない。息子の心に動揺を与えては駄目だ。分かっていたはずだが、譲一同様、小枝子も心配から来る歯痒さにさいなまれていた。
「……」
いたたまれなくなった裕介は、足早にリビングから出て行った。
「治す気はある?」。いつかは言われるだろうと、少し覚悟はしていた。だが、裕介は「治す気はある!」と反論出来なかった。薬に依存し、快方に向かっている自覚が微塵もないからだった。
『シャーーー』
背後から流れるシャワーの音を聞きながら、裕介は薬を見詰めていた。
「……飲まなきゃやってられないんだよ」
そう呟いて一錠飲み、ベッドに横たわった。
硝子越しの「物体」を眺めながら深呼吸をする。
――疲れたあ……。
今日一日、これに勝る言葉はない。
程なくして、裕介は深い眠りに就いた。
翌日、文夏のスマートフォンのアラームで二人は目覚めた。
「おはよう」
バスローブ姿の文夏に挨拶され、裕介は息を呑んだ。
「……おはようございます?」
絞り出すような声の挨拶が終わらぬ内、文夏は微笑みながら裕介に顔を近付けた。
「何ですか!?」
たじろぐ裕介に、
「きのう見てたでしょう?」
文夏は微笑みをニンマリに変えて訊いた。
「きのう?……!」
直ぐに理解出来た裕介だが、
「……何のことです?」
咄嗟に惚けた。
「顔が浴室の方に向いてたけど?」
文夏の追及は止まらない。眠気眼も重なり裕介は頭が真っ白になった。
目を泳がせる裕介に、文夏は勝ち誇った笑みを浮かべ彼から離れた。
「私シャワー浴びるけど、先浴びる?」
「……いや、オレはいいです」
裕介は放心状態で呟いた。
「恥ずかしいんだねえ」
文夏は裕介の頭をポンポン叩いた。
「ドS女……」
ベッドから降りる文夏の後ろ姿を見詰め、裕介はボソッと呟いた。
「そうかもね。アハハハハ! ……」
静かな部屋に、文夏の高笑いが響いた。




