表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
17/30

ドS女

 裕介もファミレスに入店し、二人はやっと食事の時間を迎えた。裕介は目玉焼きが乗ったハンバーグ。文夏はたらこパスタを注文した。

 裕介は何か甘い物をと、ドリンクバーからコーラを持って来て一息吐く。


「日曜には帰るって伝えました」

「勝手に予定決めないでよ」

 文夏はアイスコーヒーのストローを口を尖らせて銜え、ジロッと裕介を睨んだ。

「予想外れてますか?」

 裕介も文夏を睨み返すと、文夏は「ご名答」と言いながら吹き出した。

 

 やがてメニューが運ばれ、裕介は口をモグモグさせながら、引っかかっている内の一つを質問した。

「ところで、目的地はどこなんです?」

「私の地元」

 あっさりとした解答に、裕介は噎せかけた。

「帰郷ってこと?」

 上擦った声で確認され、文夏は頷いた。


「……ハー……夫婦かカップルなら解るけど、独身の人は普通一人で帰るでしょう?」

 裕介は軽蔑した表情を浮かべた。東京生まれの裕介に里帰りはピンと来ないが、誰かを伴ってというのも聞いたことがない。

――そう来たか。

 文夏は間違っていない彼の指摘に少し考え、

「実は……ちょっと不安だったの。身内も誰もいないし」

いたずらっぽく微笑んだ。

「ふーん」

 裕介は相槌を打ちつつ、

――嘘だな。

 別に理由があるなと曲解した。

 

 食事を終え、車は更に一時間走った後、ある場所に停車した。

「ユウ君、ユウ君!」

 文夏に名前を呼ばれながら身体を揺さぶられ、裕介は目を覚ました。腹も膨れ、小枝子にも連絡したことで安心し、いつの間にか寝ていた。

 辺りを見ると、蛍光灯が所々に取り付けられた暗い駐車場だった。時計を見ると午後十時を過ぎていた。車を降りエレベーターに乗る。

 裕介はここが今日の宿だろうなと推測した。だが、エレベーターが開き内装を見た瞬間、眉間に皺を寄せる。

 

 薄暗いフロントには誰もいない。ここがどこなのか何となく想像がついた裕介は、「ちょっと」と言いながら文夏の腕を掴み、

「ここラブホでしょ?」

 念の為に確認した。

「そうよ」

 文夏はあっさりと答え、受付を始めた。

 初めてのラブホテルに、裕介はきょろきょろと周りを見回した。

 

 うわつく裕介をよそに、

「どの部屋が良い?」

 文夏は訊いた。

「どこでも良いけど……普通のホテルとか、予約しなかったんですか?」

「忘れたの!」

「……」

 笑顔で言い放つ文夏に、裕介は口を開けたまま静止状態となった。

 やがて受付を終えた文夏は、立ち尽くす裕介に「付いて来て」と目で合図した。


――計画的なんだかどうだか……。

 文夏の後ろを歩きながら、裕介は溜息をついた。

 部屋に入るなり、裕介はベッドにダイブした。ここがラブホテルであろうが、もうどうでも良かった。部屋を見物する好奇心すらない。

「疲れたね」

 文夏もベッドに座りながら呟いた。初めて高速を長距離走り、彼女もクタクタだった。

「誰のおかげですか?」

 横になったまま、裕介は意地悪っぽく呟いた。

「ごめんなさい。全部私が悪い!」

 ペコリと頭を下げながらも、開き直ったような口調に、裕介は「フン」と鼻で笑った。


「しっかし、遠ーくに連れて来ましたねえ」

 裕介はしみじみと言った。長距離の移動は本当に久しぶりだった。特に病気となってからは、都内から出ることすらなかった。

「っあ、一応交換しとこうか?」

 文夏は急に思い出し、スマートフォンをかざした。裕介は起き上がり、二人は連絡先を交換し始める。裕介にとって、他人と連絡先を交換し合うのは、これが初めてだった。

 

 両親の連絡先しか入っていないスマートフォンは、裕介が高校入学と同時に持たされた。小枝子の提案だったが、譲一は「必要ない」と反対した。しかし、小枝子は「これ以上塞ぎ込んだらどうするの?」と譲一を説き伏せた。少しでも交友関係を築いてほしかったのだ。

 だが、たまに小枝子から「早く帰って来なさい」とメールか電話があるだけで、後はウォークマンとして使うくらいである。

 スマートフォンの料金だけは、譲一の口座から引き落とされている。それも憤慨の一つになっていた。

 

 連絡先を交換し終わり、裕介は徐に口を開いた。

「質問があります」

「何でしょうか?」

 裕介の態度に、文夏はクスッと笑った。

「オレの最寄駅どこで知ったんですか?」

 引っかかっていたこと、その二。疑問を解決させたかった。

「ああ。簡単よ。ユウ君の後付けてっただけ」

「はい?」

 あっけらかんとした答えに、裕介の声は裏返った。


 夏休みに入る三日前。「裕介拉致計画」を思いついた文夏は、下校する彼を付けて行った。

 その日は美貴のバイトが休みで、「帰りに友達の家に寄る」と嘘をつき送ってもらった。

 裕介は調子が悪い日が続いていた為、真っ直ぐ帰宅した。駅から自宅までは歩いて十五分程度である。

 裕介の家を確認した文夏は、美貴に迎えを頼む電話をかけ、駅へ引き返した。


「それってストーカーでしょ?」

 薄気味悪いが、裕介は笑うしかなかった。

文夏は無言で微笑み、

「先にシャワー浴びて良い?」

 両膝をポンと叩いて立ち上がった。

 裕介は「どうぞ」と言いながら、途中コンビニで買った歯ブラシを袋から取り出した。洗面所へ向かおうと立ち上がった時、浴室が擦り硝子になっていることに気付く。

 

 ここがラブホテルだったことを再認識する裕介に、文夏はニヤリとしながら、

「見てても良いけど」

 とからかう。

――!!!!?

「……しませんよ。そんなこと」

 裕介はクールを装いながらも、鼓動が早まるのを感じた。

 洗面所へ回ると、浴室の出入り口も擦り硝子になっていた。

 文夏が浴室に入ると裕介は歯を磨き始めたが、気になって横目でチラチラ見てしまう。擦り硝子越しとはいえ、女性の裸体を見るのは当然初めてである。

 

 興奮がエスカレートする中、何度も歯ブラシを歯にぶつけながら磨き終え、裕介はリュックから頓服薬を取り出した。

――持っといて良かったー。

 一日三回までと決められたその薬だけは、いつでも飲めるよう携行していた。最初は二十五ミリグラムだった成分は、今や百ミリグラムになっている。

 

 月二回の通院。薬の成分が増えるにつれ上がって行く医療費を見て、小枝子が思わず口にしてしまった言葉が頭を過る。

「このまま行けば、一年で十万越え」

 計算機で弾き出された数字を見て、小枝子はリビングのソファに身を沈めて呟いた。

 裕介は返す言葉もなく、立ち尽くす他なかった。


「秋久の進学もあるし、……正直苦しくなるわあ」

 絶対に言うまいと決めていたこと。だが現実を突き付けられ、小枝子の口は止まらなかった。

「裕介、言いたくはないんけど……病気を治す気はあるの?」

 言ってはいけない。息子の心に動揺を与えては駄目だ。分かっていたはずだが、譲一同様、小枝子も心配から来る歯痒さにさいなまれていた。


「……」

 いたたまれなくなった裕介は、足早にリビングから出て行った。

 「治す気はある?」。いつかは言われるだろうと、少し覚悟はしていた。だが、裕介は「治す気はある!」と反論出来なかった。薬に依存し、快方に向かっている自覚が微塵もないからだった。


『シャーーー』

 背後から流れるシャワーの音を聞きながら、裕介は薬を見詰めていた。

「……飲まなきゃやってられないんだよ」

 そう呟いて一錠飲み、ベッドに横たわった。

 硝子越しの「物体」を眺めながら深呼吸をする。

――疲れたあ……。

 今日一日、これに勝る言葉はない。

 程なくして、裕介は深い眠りに就いた。


 翌日、文夏のスマートフォンのアラームで二人は目覚めた。

「おはよう」

 バスローブ姿の文夏に挨拶され、裕介は息を呑んだ。

「……おはようございます?」

 絞り出すような声の挨拶が終わらぬ内、文夏は微笑みながら裕介に顔を近付けた。

「何ですか!?」

 たじろぐ裕介に、

「きのう見てたでしょう?」

 文夏は微笑みをニンマリに変えて訊いた。

「きのう?……!」

 直ぐに理解出来た裕介だが、

「……何のことです?」

 咄嗟に惚けた。


「顔が浴室の方に向いてたけど?」

 文夏の追及は止まらない。眠気眼も重なり裕介は頭が真っ白になった。

 目を泳がせる裕介に、文夏は勝ち誇った笑みを浮かべ彼から離れた。

「私シャワー浴びるけど、先浴びる?」

「……いや、オレはいいです」

 裕介は放心状態で呟いた。


「恥ずかしいんだねえ」

 文夏は裕介の頭をポンポン叩いた。

「ドS女……」

 ベッドから降りる文夏の後ろ姿を見詰め、裕介はボソッと呟いた。

「そうかもね。アハハハハ! ……」

 静かな部屋に、文夏の高笑いが響いた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ