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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
16/30

旅行の始まり

「夕食にしよ」

 中部地方の県に入り、文夏はファミレスの駐車場に停車させた。裕介は空腹を感じてはいたが、クタクタで逆に食欲がなかった。

「っあ、スマートフォン持ってるんなら、お父さんかお母さんに連絡した方が良いね」

「……ああ、そうだ……」

 思い出すように言った文夏の言葉に、裕介は頭を抱えた。

 

 無断欠席。当然大神は家に電話するだろう。そして今頃は……。想像しただけで目眩がした。

「自分は良いんですか? 学校に連絡しなくて」

「私ならご心配なく。前もって知らせてあるから」

「……」

 明るく言い放った文夏に、裕介は呆気に取られた。全身が硬直したように動けない裕介を尻目に、

「先入ってるから」

 文夏はさっさと行ってしまう。


「……羨ましいよ。その性格」

 彼女の後ろ姿に、裕介はボソッと呟いた。呆れが大きいと、人間はイラつきもしない。

 ポケットからスマートフォンを取り出し、裕介はポカーンとした。小枝子からの着信十六件。

「鬼電じゃん。しかも母親から……」

 呆気に取られ、ボソッと呟くこと再び。裕介は吹き出した。ここまで来ると人間は笑うしかない。

 今頃は……と想像して、目眩がしたことなど吹っ飛んだ裕介は、迷わず小枝子に電話をかけた。


 職員室は未だ沈黙に包まれていた。その時、握り締めていた小枝子のスマートフォンが振動し始めた。

 慌てて開いた小枝子は、

「裕介からです!」

 叫びのような声を上げた。

 それを見ていた譲一は、顔から火が出る思いだった。取り乱した妻には毎回頭を抱えさせられる。

「もしもし! 今どこにいるの!?」


 突然響く小枝子の怒号に裕介は顔をしかめ、スマートフォンを耳から離した。

「あのう……ちょっとそれは言えないんだけどさあ」

『言えないって、どうして!!?』

 歯切れの悪い返事に、更に激しくなった怒号が耳を劈く。

 裕介は電話の向こうが静かになったことを確認し、単刀直入に言おうと決めた。

「上手く言えないんだけど、……旅がしたいんだよ。今日から三日間」

 金曜に出発したということは、土日で収めるのだろう。容易に予想が出来た。

『……旅って、あんた』


 目が点になった小枝子から、譲一は苦虫を噛み潰したような顔で目を背けた。

 何も言わなくなった小枝子を不審に思った大神は、「ちょっと」と言いながらスマートフォンを受け取った。

「もしもし中山君? 大神です」

『先生……』


――やっぱ一緒にいたか……。

 裕介は苦笑した。だが、取り乱した小枝子とはまともな会話が出来ない。譲一とは「酒乱」のインパクトが強過ぎて、話す気にもならない。そう思うと却ってありがたかった。

『みんな心配してたんだよ』

「……はい。済みません」

 裕介は深々と頭を下げた。


『旅って聞こえたけど、もう直ぐ修学旅行だよ。何も今そんなことしなくても』

「ええ。そうなんですけど、もう来ちゃったんで」

『一人なの?』

「いえ、友達とです。……僕は大丈夫ですから」

『うーん。その様子だね。まあ、安心した』

「両親には、日曜には必ず帰ると伝えて下さい」

『そう。……解った。でも帰る時はちゃんと連絡するんだよ』

「はい。それじゃ、失礼します」

 裕介は電話を切り、「ふー」とゆっくり息を吐いた。



 大神は小枝子にスマートフォンを渡しながら、

「友達と一緒なんだそうです。日曜日には帰ると」

小枝子と譲一に目を合わせた。

 裕介にそんな友達がいるのか? 二人は訝った。

「気分を、晴らしたいんでしょうね」

 武田はしみじみと言った。

「現状を、何とか打開しようとした行動……」

 考えをまとめるように呟く武川に、大神と武田は無言で頷いた。


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