依存
七月二十六日。裕介は精神科待合室のソファに座っていた。初めは小枝子が付き添っていたが、今は一人で通っている。
「中山裕介さん、二番へどうぞ」
初めて診察を受けた日から担当になっている女医のアナウンスを聞いて、診察室へと向かう。
カーテンを開け診察室へ入る。笑顔で「こんにちは」と挨拶する医師に、裕介は無言で会釈した。
「どうですか調子は?」
「はっきり言って、何にも変わりません」
溜息混じりで言った裕介に、医師は「そう」と答え黙った。何か考え込んだ様子だったが、裕介を見る目は優しい。裕介は通院する度、医師の目を見るとどこかホッとする。
「学校の方はどう? お友達は出来た?」
「友達や彼女を作る為に学校通ってる訳じゃないですから」
すげない返事に、医師は含み笑いをした後、
「でもね、医師の私が言うのもなんだけど、この手の病は薬だけじゃ治せないところがあって、人との触れ合いも重要な点なのよ」
と優しく諭した。
「そうでしょうね」。裕介ははにかんだように苦笑した。
返事の通り、理屈は理解している。高木に愛想を尽かされる前は、彼と会話をするだけで気持ちはスッとし、軽くなっていた。
だがあの一件以来、裕介には友達がいない。その状態を持続させる結果、正直、「会話の仕方」自体解らなくなっていた。
「自傷行為も相変わらず?」
そう言いながら、医師は両腿を叩く仕草をした。
「ここのとこ酷くなってます。歩いた時に痛みを感じるくらいに。……薬も効いてる感じがしません」
裕介の言葉に、医師は「うーん……」と唸ってパソコンに目を移した。画面には薬の画像と効能が映し出されている。
「安定剤を一つ増やしてみる?」
自分と目を合わせ早口で言われた提案に、裕介は「お願いします」と即答した。
「自傷行為が治まらない原因は、自分で何だと思う?」
「まあ、多分……っとういか、絶対……」
裕介は言おうか躊躇したが、医師は「何?」と言いながら身を乗り出す。この反応は何か言わなければ収拾が着かないと思われた。裕介は迷った末、両親や学校には漏れないだろうと思い、口を開いた。
「学校で、毎日のようになれなれしく接して来る人がいるんです」
「へえ。男の人?」
「女の人。僕から見れば……ギャル」
裕介の気持ちとは裏腹に、医師は「そうなんだあ」と言って声を出して笑った。裕介は溜息をついて医師から目を逸らした。
「笑ってごめんね。でも、その人と仲良くなれたら良いね」
「確率は低いでしょうねえ」
人懐っこい性格は自分でも解っている。だがわがままなもので、誰でも良い訳ではない。自分が認めた人。気を許せると判断した人のみ。なれなれしくされればされる程、気持ちは冷めてしまう。
「それじゃあ、また二週間後に来て。お大事にね」
「ありがとうございました」
処方箋を渡された裕介は一礼して席を立った。
通院し始めて二年。今では本音を言える唯一の場所。診察を受け気持ちは幾らか軽くなる。だが、裕介は引っかかっていた。
夏休みに入り、文夏には会わずに済むが、生活は引き篭もり同然となった。昼夜逆転した状態も相変わらず。それを酒乱親父に指摘されてはイラつき、自傷行為に及ぶ。
生活態度を改善しようともせず、薬を一つ増やしてもらう……。
治す気よりも、薬に依存する気の方が遥かに勝っている。そのことに、裕介もさすがに気付き始めていた。




