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拉致旅行  作者: 弘田宜蒼
10/30

衝撃の事実

 六月も下旬に入った放課後。裕介は文夏を避け、裏門から帰ることにした。

 駐車場での一件以来、彼女は自分の顔を見ると挨拶なり必ず声をかけて来ては、脱兎のごとく去って行く。鬱陶しさに加え、絶句してしまう自分も悔しかった。

 

 今日は平穏無事に帰れるだろうと、安心していた矢先だった。

「いやあ、驚いちまったよ」

 石段下から、聞き覚えのあるべらんめい口調が聞こえて来た。

 裕介と同学年で運送会社に勤める石村だ。そしてもう一人、

「どうしたんですかあ? ニヤニヤして」

建設会社に勤める村田の声も聞こえる。二人はよくつるんでいる仲だ。


――何だよもう……。

 裕介は家路に入った邪魔者を鬱陶しく思いつつ、足を止め聞き耳を立てた。

「この前息子のパソコンでネットやってたんだけどよお。「お気に入り」の中に風俗情報のページがあったんだよ」

「へえ、それで観たんですか?」

「観ちまったんだよお」

――あのおやじそればっかだな……。

 裕介は呆れるばかりなり。

 

 石村は、気に入った女子生徒には欠かさず声をかけて回る、校内では有名人である。

「ったく……好きですねえ」

「そしたら、大変な事実を目撃しちまったんだよお」

――どうせくだらねえことだろ。

とは思いつつ、裕介は更に耳を澄ます。

「今年入って来た渋谷って子だっけ? 瓜二つの奴が載ってんだよ!」

「マジですかあ!?」

 女好きの石村は、当然文夏にも声かけ済みである。

 

 石村によると、洋服から下着姿となり、最後は手ブラで微笑むという内容らしい。

「ありゃどう見ても同一人物だな」

――マジかよ!?

 裕介は驚愕しながらも、足音を立てないように注意しつつ、裏門から遠ざかった。

 高鳴る鼓動を感じながら、裕介は校庭内を歩き続けた。


――風俗嬢が……身近にいた!?

 今までにそっち系の雑誌や、サイトでは何度となく見たが、そういう仕事をする人はずっと遠くにいるものだと思っていた。

 当てもなく歩いていた裕介は、

――そうだ……帰るんだ……。

 冷静を取り戻し、正門を目指して歩き始めた。

 

 早足で校舎の前を通り過ぎようとしていたその時、紙飛行機が目の前を横切り、前方に落ちた。

 後ろからは、「よっしゃあ!」「コントロール良いねえ」と女性の声がする。

 またしても聞き覚えのある声に振り返ると、

「お疲れさまでーす!」

 二階の窓から文夏が笑顔で手を振っていた。

――何も知らねえと思って……。

 裕介は鼻で「っふん」と笑うと、紙飛行機を拾って去って行った。


「愛想なくない?」

 山下が遠ざかる裕介を見ながら言った。

「あれが、彼の持ち味」

 気に留める様子もない文夏に、

「物好きなんだねえ」

 鈴江は呆れ気味に言った。


 七月に入った放課後。裕介は、急ぎ一階へと降りた。

 校舎から少し離れた玄関が見渡せる位置で、音楽を聴きながらターゲットの登場を、今か今かと待つ。

 次々に生徒達が家路につく中、女性二人を伴って文夏が現れた。

 しばらく立ち話をし、二人は自転車、文夏はトールワゴンの軽自動車に乗り込んだ。

 それを確認した裕介は、車に近付いて行く。


――今日こそは一言言ってやる!

 意気込んで助手席側のフロントガラスをノックする。

「ちょっと良いですか?」

 暗い車内でスマートフォンを観ていた文夏は、突然のことにビックリし、ルームランプを点けた。

 裕介であることを確認し、笑顔を見せると、躊躇うことなく「どうぞ」と言いながら招き入れる。

 車内はディズニーキャラ、スティッチのフロントマットとクッションが置いてあるくらいで、他はシンプルだ。

 

 助手席に座った裕介は、早速本題に入る。

「あんたさあ、いつもオレに話しかけて来るけど、一体何なんです?」

「話しかける? 挨拶でしょ? 挨拶は大事だと思いますけど」

 全く動じる様子もなく、ニコニコしている。それに言っていることは正しい。それ故に裕介は二の句が継げない。

 

 口篭る裕介を尻目に、文夏が口を開いた。

「私、渋谷文夏っていいます。シブヤって書いてシブタニ」

「そこまで訊いてないよ……とにかく、オレは挨拶が嫌いなんです!」

 やっとのことで出た二の句は、自分でも支離滅裂だと解った。

「珍しい。お名前は?」

「話を逸らすな!」と訴えたかったが、にこやかな文夏に調子が狂い、何を言いたかったのか見失った裕介は、またも二の句が継げない。

 そしてとうとう、

「……中山裕介です。……ユースケ・サンタマリアの本名と同じ」

 ペースに呑まれてしまう。


「ユウ君だって一言多いよ」

「ユウ君!?」

 なれなれしい文夏に目を丸くする裕介だが、彼女は意に介さない。

「多分私より歳下でしょ?」

「……十七だけど」

「タバコはいけないねえ」

 文夏は急に真顔になり、睨みつけて咎めた。


「だから!……」

「話を逸らすなよ!!」と続けたいが、今度は文夏の目に圧倒されてしまう。

 だが、ペースに流されている内にリラックスしたのか、やっと言いたかったことを思い出した。

「とにかく、オレには構わないでくれって申し上げたいんだよ!!」

「申し上げたいって……ウケるう!」

 爆笑され、顔が赤くなって行くのが解った。

 ムキになると、三言の内一言くらい丁寧語になる。裕介の変わった癖で、笑われては自己嫌悪に陥るが、一向に直らない。


「ユウ君って面白いねえ。なのにどうしていつも一人なの?」

「……あんたには関係ねえよ!」

 笑い続ける文夏から、裕介は顔を背けた。

「私はシブタニです」

「シブタニかシブガキか知らねえけど……」

 念を押して来る文夏に、うんざりした裕介は呟いた。

「今度はオヤジギャグかよ!」

 ツッコミを入れながら、文夏は笑いを蒸し返した。

 

 我慢ならなくなった裕介は、「バカにすんなよ!!」と言い返そうと文夏に目を向けた時、数日前盗み聞きした話を思い出す。

――そういやこの人、風俗嬢なんだっけ?

 裕介は文夏の身体を凝視した。

 視線に気付いた文夏は、

「私の身体って、ガン見するほどイケてる? それとも醜いかい?」

 こう言ってニヤつく。

 

 裕介はハッと我に返る。

「とにかく……って二度目だけど、オレのことはほっといて下さい。……それからこれ」

 裕介は鞄から、折り目の入ったルーズリーフを取り出した。文夏が紙飛行機にして飛ばしたやつだ。

「紙を無駄にしないように」

「これはご親切に」

「……お疲れさまでした」

 ルーズリーフを渡すと、裕介はそそくさと出て行く。


「お疲れさまでーす!」

 裕介の後ろ姿を、文夏はいつものように笑顔で見送った。

 「挨拶は嫌いだ」と言っておきながら、自分から挨拶したことに、裕介は再び顔を赤らめた。

 釈然としないまま家へ帰った裕介は、文夏とのやり取りを思い出した。はっきり物を言えなかった自分。笑われたこと。それらがグルグルと頭を回り、苛立ちに襲われる。

 そして、また両腿を殴りつけるのだった。


 七月十六日、前期最終日。ホームルームも終わり、裕介はいつものように急ごうとした。

 文夏と車内でやり合った日から今日まで、念には念を入れ、今まで以上に足早に校内から「脱出」していた。

 しかし、この日は運命の神様が、ちょっといたずらをした。さっきから尿意を催しているのだ。

 駅まで我慢するか迷うが、今から我慢するのではなく、三十分程前から始まっている。

――急いですれば大丈夫だろう。

 裕介はトイレへ向かい、用を足すと、小走りで階段ヘ向かった。

 

 緑ヶ丘学園高校は、一階は職員室や理科室などがあり、教室は二階から四階という造りになっている。

 一階へ降りる踊り場と、玄関を通り過ぎてしまえば、文夏に出くわすことはないはずだ。

 しかし、急いでいた足は、ものの十秒程度で止まる。

 案の定、文夏が踊り場の掲示板前に立っているのである。

 

 立ち尽くしたまま、このまま行ってしまおうか、戻って時間を潰そうか迷っている内、気配に気付いた文夏が振り返る。

「っあ、お疲れさまー」

 笑顔で手を振る彼女に、裕介は諦めて階段を降りた。

――ベタの王道だな……。

 裕介は思い切りの悪い自分と、尿意を催した運命を呪った。

「後期までどうするの?」

「ほっといてくれって言ったろ」

「彼女と海にとか?」

 裕介の意に反して、文夏はこの前の一件から更になれなれしい。

「いねえよ」

 裕介はハっとする。


――しまった……。

 彼女のペースに呑まれるどころか、お互いタメ口であることにも気付き、襟を正す。

「若いのにねえ」

「自分だって若いじゃないですか」

「十代と二十代は違うの」

「……そんなもんですかねえ……」

 裕介はこれで切り上げようと歩を進めた。

 その時、下の下駄箱に寄り掛かる石村と村田が、ニヤついてこちらを窺っている姿を見てしまう。

――!!!!……あのおやじ共。

 目が合っても、二人は動じる様子がない。


「……っじゃ、帰りますから」

「またねえ」

 ばつが悪くなった裕介は、逃げるように残りの階段を駆け降り、石村と村田には見向きもせず校舎から出た。

 裕介が去った後、山下が鈴江を伴い「ここにいたんだ」と言いながら現れる。

「さっきの彼と、なーんか良い感じじゃん?」

 山下が、肘で文夏を突きながら冷やかす。

「うちらより年下なんじゃない?」

「うん。現役」

 

 山下に比べ冷静な鈴江に、文夏は含み笑いをして答えた。

 文夏の様子を鈴江は怪訝な目で見たが、山下は気付かないのか、話題を変える。

「ねえ。さっき智広と話してたんだけど、夏休み海行かない? 文夏車持ってんじゃん」

「ああ。良いねえ。行こう!」

「何か企んでる?」

 含み笑いを続ける文夏に、鈴江は怪訝さを抑えられずに訊いた。


「ううん。別にい」

 鈴江の指摘通り、文夏は企んでいた。



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