地図に無い村
ヒュータンの街を出て5日目。相も変わらず鬱蒼とした森の中を馬車が進んでいる。
「「最初はグー!ジャンケンぽん!」」
「あっち向いてホイ!」
レンとルシアナが手を使った遊びをしている。ジャンケンに勝ったルシアナが人差し指を上に向ける。それと同時にレンが顔を上に向ける。
「あっ…」
「いえ〜い!またウチの勝ちー!!レンレンざっこ〜〜〜ww」
「う゛〜……ムカつくこの人」
2人が戯れている中、私とクロエは密かに焦っていた。
「やっぱりあそこは左だったんじゃないか?」
「恐らく…。戻りますか?」
「そうするしかないけど、あの分かれ道から1日も進んじゃったからな…。この辺りに集落は無いんだよな?」
「地図を見る限りありませんね」
「戻るしかないか…」
進む道を間違えたことをクロエと小声で相談する。来た道を戻ることは決まったが、2人にはどう説明したものか。レンは別にいいが、ルシアナは思いっきり文句を言ってくるだろう。面倒くさい。
…いっそのこと気絶でもさせるか。
そんな感じの考え事をしていると…。
「すみませーん!」
馬車の外から人の声がした。
「ま、また盗賊ですか…?」
「どうだろうね〜」
盗賊だとしても近くに集落も無いし、加えてこの道を通る人なんてほとんどいないはずだ。
じゃあ何者なのか。
クロエが窓を開いて外を見る。声の主は農夫のような格好をした男だった。少なくとも盗賊の類ではないだろう。
「どうかしましたか?」
クロエが男に話しかける。
「いや、こんなところを通る人は珍しいと思って。旅人ですか?」
「そうですね」
「さぞお疲れでしょう。よかったら私が住んでる村へ寄って行きませんか」
「近くに村が?」
「はい。何もない小さな村ですが…」
クロエが私を横目で見る。申し出を受け入れるか否か、私の判断を待っているのだ。
私たちがさっき見ていた地図は、小さい集落も細かに記された正確な物だ。だけどこの男が言う村…地図を見てもそれらしいものはどこにも見当たらない。
この場合あり得ることは2つ。1つは、単純に未発見か。もしくは…。
私は考えた末に、クロエに向かって小さく頷く。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「では案内します」
男は歩き出し、後ろをついて行くようにクロエが馬車をゆっくりと進める。
「ね、アイツさっき村って言ったよね?」
ルシアナが話しかけてきた。
「言ったね」
「てことは、ようやくベッドで寝れるってことじゃん!!いい加減野宿に嫌気が差してきた頃だったんだよねー!」
「嫌気って…2日目から文句垂れ流しだったじゃないですか」
レンがツッコむ。
「そんなこと言って…。レンレンだって、『どうせヤるならふかふかのベッドの方が』って文句言ってたじゃん」
「なんで知っ…!?言ってませんそんなこと!」
「ほらぁ、リナっち〜。レンレンもふかふかベッドで虐めてほしいって」
「言ってないですって!!」
レンが顔を赤くして騒ぎ出す。
「2人とも、村の人とは会話しないでね」
「え、なんで?」
「なんでも」
「あ、危ない所なんですか?今向かってる村は」
「十中八九ね」
まだ決まった訳ではないが、言いつけを守らせるためにはこう言っておいた方がいい。
「カルトなん?」
「…」
「カルトって、何ですか?」
「カルトっていうのは、ある人物を神格化して危険思想にはしって反社会的行為を繰り返すは団体または宗教そのものを指す言葉だよ。簡単に言えば、危ない集団ってこと」
「ほえ〜、そう言う意味だったんだ」
「…ルシアナさんって、よく言葉の意味を理解しないまま使ってますよね」
「レンレンにディスられた〜、つらみ〜」
「…何でもいいけど、さっき言ったことは守るように。いいね?」
「わ、分かりました」
「努める」
「絶対と言え。お前に何かあっても置いてくだけだからな」
「そんな言う?ドイヒーなんですけど」
3人で会話していると、クロエが馬車を停める。
「降りてください」
「着いたん?」
「いえ、この先馬車が通れる道がないそうなので」
全員が馬車を降りる。クロエの言う通り、この先は馬車は通れない。というかまず道と呼べるものが無くなっている。
「村はこの先に?」
「ええ、もう少し歩いたところに…」
男が指差す先は、草木が生い茂り陽光すら届かない薄暗い森の中だった。
「え゛…まさかここ歩くの?」
「道すらありませんが…」
似たような反応をする2人を横目に、クロエに命令する。
「非常食2日分」
「畏まりました」
クロエが非常食が入ったバッグを背負う。
「お待たせしました」
「いえいえ、それではこちらです」
私たちは草をかき分けながら男についていく。虫だなんだと、レンとルシアナがギャーギャー騒ぐが黙ってついていく。
そして、森を抜けた先には…。
「ようこそ、私たちの村へ」
古めかしい木造家屋が十数軒立ち並ぶ、まさしく村があった。
「お〜、ほんとにあった」
「…私がいた村より、大分古そうですね」
「…あれ、レンレンって町娘じゃなくて村娘だったんだ」
「そうですけど、それが何か…?」
「ん〜…リナっちがレンレンのこと気に入った理由が分かった気がする。街の娼館じゃまだしも、そこら辺の村でこんな可愛い子いたら、自分のものにしたくもなるよね〜」
ルシアナがレンの顎を持ち上げて、目を見つめる。
「ねえ、今からウチのにしてもいい?」
「いいよ、虫の餌になりたければ」
「…じゃ、や〜めよ」
「いいから行くよ」
そして、私たち4人は村に足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
午後7時頃
「いや、マッジで何もないねこの村…」
「でも、新鮮な野菜をたくさん貰いましたよ」
レンがたくさんの野菜が入った木の籠を持っている。
「それ貸して」
「はい…」
レンから木の籠をもらうと、中の野菜をゴミ箱に棄てる。
「えっ、なんで…」
「な〜にしてんの〜?」
「3人は持ってきた非常食を食べてね。私は誘われた宴会に行ってくるから。とち狂ってもその野菜は食べないでね」
「自分は楽しい宴会に行って美味しいもの食べるくせに、ウチらには非常食だけ!随分とお優しいこって。そんなに行きたきゃ行けばいいじゃん!シッシッ」
ルシアナがしかめっ面であっち行けと私を手で払う。
チュッ チュッ
レンとルシアナの唇にキスをする。
「今日はシないから、これで我慢してね」
「…」
「…なんなんコイツ」
レンは少し驚いた顔で僅かに頬を赤くし、ルシアナはまだ少し不服そうだ。
「じゃあまた明日」
そう言って、村長から貸してもらった空き家を後にする。
「じゃあ食べましょうか、非常食」
「はぁ…ヒュータンにいれば乾パン・ドライフルーツよりも美味しいのいくらでも食べれたのに…」
「ついてきたのはルシアナさん自身でしょう。それにしても、リナさんはどうして野菜を棄てたりしたんでしょう?」
「嫌がらせ嫌がらせ、ウチらに対しての」
「さあ?毒でも入ってたんじゃないですかね」
「毒…?」
「ねえそんなことよりさ、昼間の赤ちゃん可愛かったよね〜」
「そんなことで済まない言葉が聞こえたんですが…」
3時間後 村の宴会場
「さて、そろそろお開きにしようと思いますが…旅のお方、本当に料理を食べなくてもよかったんですか?飲んだのも自前のお酒だけで…」
「ハハ、少し腹の調子が悪くて。連れも一緒ならよかったんですが、長旅の疲れが出ましてね…申し訳ない」
「いえいえ、とんでもない。何せこの村に旅人が訪れたのが3年ぶり。宴会に出ていただけただけでも、我々はとてもありがたいのですよ」
私が今話しているのがこの村の村長だ。昼間に村を回っている時に宴会に誘われた。昼間の野菜といい宴会の料理といい、やたらと食事を勧めてくる。
恐らくそうだと思うが、まだ確証は持てない。
「ところで旅のお方、この後はどうします?」
「この後?」
「はい、この村には屈強な漢が何人もおります。もちろん細いのも、子どもも…旅のお方が好きな者を選ぶことができます」
「ああ、そういう…。女の子は?」
「ん?」
「相手に女の子を選んでも良いの?男だけ?」
「…実を言いますと、旅のお方に一目惚れした女が何人かおりまして…。ほれ、こっちへ!」
村長が呼ぶと、閉鎖的な村には似つかわしくないほど可愛らしい者・美しい者が10人、私の目の前に来て正座をした。
「この者らは村でも指折りの美女です。さあ、誰でも何人でも選んでくだされ」
私は銀髪でシルクのような白い肌をしたエミルといった美少女を指名して、彼女の自宅の寝室へ案内された。
「選んでくださってありがとうございます。あなたを一目見た時から胸が熱く苦しくなって、肌を重ねたいと思っておりました」
「何歳?」
「歳は20になります」
「そんなもんか、じゃあ横になって」
「良いのですか?旅のお方を満足させるために…」
「私って、女の子が気持ちよくなってる姿を見るのが好きだから」
「なるほど、そうでしたか」
そうすると、エミルは私の言った通りにベッドに横になる。
「では、よろしくお願いします…」
「任せといて、嫌んなるくらい気持ちよくしてあげるから…」
4時間後。村長の家。
「こんな時間にすみません」
「旅のお方!?どうかなさいましたか。まさか、エミルが粗相を…」
「そう言う訳じゃなくて、取引をしに来たんです」
「取引…?」
「えぇ、取引です」
村長は私の後ろのクロエを一瞥する。
「…中へ」