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エルフの娼婦

「はぁ〜あ、や〜っと見つけた」


 窓を突き破ってきた女性が気怠そうに言いました。声から女性だと判断しましたが、顔は黒いローブのフードを被っていて見えません。


「誰だ?」


 リナさんが振り返って尋ねます。


「うっそ、覚えてないとかある!?じゃあ、これで分かる?」


 そしたら女性はフードを取って顔を見せました。

 輝く金髪に赤いインナーカラー、可愛らしいツインテール、目は切れ長で瞳は深い緑色、それに真紅の口紅。あと、ローブの上からでもわかる大きくて立派な胸。これが都会の女性というものなんでしょうか。…なんと言うか、田舎育ちの私にはとてもキラキラして見えました。そして髪の間から見える細長い耳。私でも聞いたことがあります、とても長寿で死ぬまで美しいと言われる種族、エルフ。数が少なくて滅多に出会えないと言われているはずですが、リナさんはそんなエルフに知り合いが?

 そう思ってリナさんの顔を見てみたら、ピンときてないようで、微妙な顔で首を傾げていました。


 ギィ…


「待て!!」


 ヒュッ


 後ろのドアが軋む音が聞こえてリナさんの声にびっくりしていたら、いつの間にかクロエさんがエルフの女性の首に剣を当てていました。剣と首が接する部分からは、僅かに血が垂れていました。


「思い出した、いつぞやのエルフか」


「面識が?」


「ああ、剣を下ろせ」


 リナさんが命じると、クロエさんはゆっくり剣を下ろしました。


「いや思い出すの遅すぎんだけど。あとちょっと遅かったらソイツに首ちょんぱされてたんだけど」


「間に合ってよかったな」


「腹立つ〜」


「で、何でお前がここにいるんだ?」


「ちょっとさ、助けてくんない」


「そんな義理は無いはずだ」


「ね〜、お願〜い♡あんなに体を重ねて愛し合った仲じゃん。あなたしか頼る人いないの。か弱いウチを助けて」


 エルフの人がとても媚びた声でリナさんに抱きついてお願いしました。


「あの、この人はリナさんの恋人、なんですか?」


 この人の言葉を信じるなら、リナさんとそういう関係なんだと察せます。ただ、もしそうなら私の立ち位置がとても危ないものになります。最悪ここで捨てられるかも…。

 だからリナさんに関係を訊いてみました。


「いや違うけど」


 違いました。ならば捨てられることはないでしょう。

 じゃあ、この2人の関係は…。


「こいつはこの街の娼婦だよ。娼館でよく指名するから覚えられてただけ。恋仲じゃないし、なんなら初めて会ったの5日前だし」


「そうだったんですか。…え、娼館なんていつ行ってたんですか?」


「夜」


「毎晩私で遊んでましたよね?」


「レンが寝た後に行ってるんだよ。毎日」


「毎日…」


 リナさんはいつ寝てるんでしょうか…。


「この子はなんで裸のまま喋ってんの?」


「え…」


 私は自分が裸だと改めて気づきました。

 そういえばリナさんにお仕置きされてる最中でした。エルフの人が窓を突き破ってきて、中断したままでした。第2ラウンドとかふざけた言葉を聞いた気がしましたが、いっそこのまま有耶無耶にしてしまいましょう。


「あとなんでこんな床が水浸しなん?」


 あー、それは私の……私の〜………。


「それこいつの潮と尿」


 何で言うんですかねリナさんは。共感性というものが無いんじゃないですかこの人は。


 ボフッ


 そしたらリナさんが私の顔にタオルを投げつけて言いました。


「掃除しといて、ついでに窓ガラスの破片も」


 はいぃ?なんで全部私が掃除しなきゃならないんですか。そもそもこんなに汚れたのあなたのせいじゃないですか!窓ガラスに関しては私一切関係ないですし。1回言いつけ破っただけであんな拷問まがいのことしてきて、挙句掃除までさせてなんなんですかこの人。

 そう思いながら反抗的な目をリナさんに向けました。


「掃除とさっきの続き、どっちがいい?」


「…掃除します」


「なんかごめんね〜」


 エルフの人が空々しく謝ってきました。

 私は不貞腐れながら床の掃除をしました。流石に服は着てからですけど…。

 その間、リナさんとクロエさんがエルフの人と話していたので掃除しながら聞いていました。


「でさ〜…」


「でさー、じゃない。私にお前を助ける気は無い。帰れ」


「無理」


「は?」


「家賃滞納しすぎて宿追い出された。それに客への態度が悪いとかで仕事もクビになった」


「…」


 リナさんは見るからに呆れていました。仕事も住む場所も無くなったから助けろというのは、身勝手と言うほかありません。


「お願い!リナっちが助けてくれなきゃ、ウチもう野垂れ死ぬしかなくなっちゃうから!旅の途中、絶対迷惑かけないから!助けてくれたらタダで夜の相手してあげるし、そこのちんちくりんより良いこといっぱいしてあげるから!」


 ちんちくりんって、私のこと?

 は?


「そもそも、我々が泊まっていた宿をどうやって特定したんですか?」


 クロエさんがエルフの人に問いかけます。


「ウチさ、この街の情報屋と知り合いでさ、そいつに教えてもらったの。引き換えに有り金は全部持ってかれたけど…」


「…」


 クロエさんも呆れていました。


「…はぁ〜〜。分かった、同行を許す」


 リナさんが、長い溜息の後にエルフの人の同行を許可しました。


「マジ!?信じてよかったやっぱ、リナっちほんと大好き♡」


 エルフの人がリナさんにまた抱きつきました。


 チュ〜ッ


 そしたらエルフの人はリナさんの口にキスまでしました。


「…」ウズッ


 2人のキスを見ていたら…なんか、お股が…。

 まだ媚薬が抜けきってないんでしょう。私は掃除を終わらせて立ち上がり、リナさんに報告します。


「終わりました…」


「フフッ、このままシちゃう?」


 エルフの人は私のことを無視してリナさんに甘い言葉をかけます。


「遠慮する」


「え〜っ、シようよ。ウチまだ勝ったことないんだから。今日こそはリナっちのこといっぱい啼かせてあげるから♡」


「…あの」


「終わった?」


「はい…」


「あ、お疲れちゃ〜ん」


 …。あれ、私ってこんなにイライラしやすかったかな?


「この人も一緒に旅をするんですか?」


「残念ながら」


「よろ〜。えーっと、名前なんだっけ?」


「レンです。あなたは?」


「ルシアナ。ルーちゃんでもルーシーでも好きに呼んでちょ☆」


「あ、はい…」


 一緒に旅するということは、これからの道中この人と何日も同じ空間で過ごすことになります。

 憂鬱です…。



◇ ◇ ◇



 後日。少し急ですが、この街を出発します。

 リナさん曰く、この街でやることは終わったとのことです。

 今は荷物をまとめて改造馬車の隣に私とクロエさんとルシアナさんの3人でいます。リナさんはギルドに街を出る申請をしに行きました。


「あ、クーちゃん、ウチにも煙草ちょーだいっ」


「…1本だけですよ」


「サンキュー☆」


 私の両脇で2人が煙草を吸い始めました。


「フゥ〜…ねえ、レンレンは吸わないの?」


「吸いません。私16歳ですし」


「16歳なら別に吸ってもいいでしょ」


「この国の煙草の対象年齢は16歳以上ですからね」


「それは、そうですけど…」


「まあでも、発育によくないとは言いますよね」


「そうですよ!私もクロエさんみたいに身長高くなりたいんです。それに…」


 私はクロエさんを見上げた後、反対の隣を見ました。そこにはルシアナさんの、メロンのように大きい胸があるわけで。


「…デッッカ」


「アッハハ!レンレンって昨日からウチのおっぱい見てるよね。おっきいでしょ。この街で一番大きい自信あるよ。揉んでみる?」


「…いえ、いいです」


 正直、大きい胸は魅力的です。でもルシアナさんのは重くて疲れてしまうと思います。やっぱり私はクロエさんみたいに長身でスタイル抜群な女性が憧れです。

 今の私は、チビで、ぺったんこなので…。


「お、来た来た」


「随分長かったですね」


「こいつのデータ照合に時間かかったんだよ」


 リナさんがルシアナさんに指差して言いました。


「お前、不法滞在とかじゃないよな?」


「失礼な、あんなとこでも一応働いてたんだから。そうじゃなかったら1年足らずでお縄だっつーの」


「それもそうか」


「では、出発しましょうか」


 クロエさんはそう言うと馬車の扉を開けて、横に立ってお先にどうぞという風なジェスチャーをしました。

 ルシアナさんが一番に、それに続いてリナさんと私が乗車しました。


「すっご!内装もう超高級馬車じゃん!座り心地も抜群でさいっこーう!10年は暮らせちゃうね」


 ルシアナさんがはしゃいでいる内に、クロエさんが乗りこんでボタンを押して馬車を動かしました。

 馬車はゆっくりと動き出し、街の出口に向かっていきます。

 堀の上の橋を渡っていると、遠くから魔物の鳴き声と爆発音がしました。


「…。次はどこに向かうんですか?」


「タランヘイルっていう街が一番近いから、そこに行くよ」


 そこでも、この街みたいに初めての体験がたくさんできるでしょうか。

 楽しみです。

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