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婚約破棄されそうな令嬢、スカートの中から“三節棍”を取り出す

 大勢の貴族――子息や令嬢で賑わう王都のダンスホール。

 この華やかな舞台で、伯爵家の令息であるフレッド・ストームはこんな決断をしていた。


 婚約を破棄しよう――


 相手は子爵家の令嬢ドロシー・ランス。16歳。

 背中にかかるほどのさらりとした金髪と、凛とした美貌を持つ彼女。上質な薄いブルーのドレスを纏い、華やかさも兼ね備える。

 マナーも心得ており、婚約を破棄するに値する欠点はどこにもない。


 むしろ、問題はフレッド自身にあった。

 フレッドには夢があった。

 彼は現在17歳。18歳になったら家を出て、“武”の道を極める旅に出ると決めていた。

 貴族ではなく一人の武術家として、世界中の強敵と戦い、思う存分腕を振るいたい。自分がどこまで行けるか確かめたい。

 家は他の兄弟が継げばいいし、フレッドは湧き上がる衝動を抑えることができなかった。


 こんな旅に出れば、妻を幸せにできるわけがないし、未亡人にしてしまう可能性も大。

 親の意向に逆らえず婚約をしてしまったが、今日この場で婚約破棄しようと決意した。

 自分と、そしてドロシーのために。


 黒髪で勇ましい美丈夫のフレッドが、ドロシーに想いを告げようとする。


「ドロシー・ランス」


「はい、なんでしょう?」


 ドロシーを見ると、罪悪感が浮かぶ。今から自分は何の非もない令嬢に、婚約破棄を宣言しようとしている。だが、告げなければならない。


「君との婚約……」


 その時だった。


 ダンスホールの扉が乱暴に開かれる。

 剣や槍で武装した屈強な男が大勢なだれ込んできた。

 その中でも一際巨大な男が、こう叫んだ。


「我々は『紅の暴君(ブラッディタイラント)』! このホールは我々が制圧した!」


 『紅の暴君(ブラッディタイラント)』は王政に反対する過激派組織、一言でいえばテロ集団である。

 これまでもたびたび事件を起こしてきた。

 貴族たちが悲鳴を上げる中、首領格の大男が名乗りを上げる。


「俺はラドン・オウガ! 今からお前たちには人質になってもらう! 要求は二つ! 先日捕まった仲間の釈放と、身代金だ!」


 先日、『紅の暴君』と王国軍の間で大規模な衝突があり、大勢の構成員が捕らえられた。

 人手と資金が欲しい彼らは、このたび“貴族をまとめて人質に取る”という手段に打って出た。

 到底飲める要求ではないが――


「この要求が王国に認められなければ、お前たちは皆殺しにする!」


 この宣言に、貴族たちの間に恐怖が広がる。


「助けてくれっ!」

「死にたくないわ!」

「なんでこんなことに……」


 ラドンはこの状況に、侮蔑を含んだ笑みを浮かべる。


「ふん、こんな連中が王国の貴族とはな。全く嘆かわしい。やはりこの国は俺たちが支配しなければならん!」


 仲間たちがそうだそうだと気勢を上げる。

 今やダンスホールの空気は完全に彼らに支配されていた。


 フレッドは落ち着いたものだが、まずこの大多数の貴族が人質にされている状況をどうにかしなければならない。

 そして、あるアイディアを思いつく。

 フレッドがそれを口にしようとすると――


「あの……ラドン様」


 ラドンに声をかける令嬢があった。

 ドロシーだ。

 まさか声をかけられるとは思わなかったのか、ラドンも少し意外そうな顔をしている。


「なんだ?」


「私から提案がございまして」


「提案だとぉ?」


 ドロシーはうなずく。


「今このホールはあなた方とパーティー参加者が入り乱れています。この状況は、これからあなた方が王国と交渉する上で、何かとわずらわしい状況であると思います」


「……まあ、確かに」


「ですから、パーティー参加者は全員、あの控え室に閉じ込めてしまうというのはどうでしょう?」


 ダンスホールには出入り口とは別に、控え室があった。

 ホールほどの広さはないが、今この場にいる貴族たちを監禁しておくぐらいの広さは十分にある。

 窓もないため、外に逃げることもできない。


 フレッドは驚いた。

 僕がしようとしていた提案をドロシーが先にやってくれた、と。


「確かにその方がよさそうだな。貴族どもがうるさくてかなわん」


 ラドンもこの提案を受け入れる。


「軟弱な貴族ども! お前たちはとっととあの控え室に入れ!」


 数十人いた貴族子女が、控え室に押し込められる。

 皆、処刑台に赴くような青ざめた顔をしている。

 だがそんな中、二人だけ控え室に入ろうとしない。

 フレッド・ストームとドロシー・ランス。

 彼らだけはダンスホールに残った。控え室へのドアの前に立っている。


「何をしている? さっさと入れ!」


 ラドンが促すが、ドロシーは首を振る。


「いいえ、入りません」


「あ?」


「まだお分かりになってませんのね」


 ドロシーの目つきが変わる。


「控え室にパーティー参加者が全員入ったということは、あなた方と分断されたということですわ。つまり、これであなた方は人質に危害を加えられなくなりました」


 これを聞いて『紅の暴君』の面々が笑う。


「何言ってんだこのアマ」

「俺らがその部屋入ればいくらでも危害加えられるだろうが」

「それともお前らが控え室を守るってのか?」


 誰かが言った言葉に、ドロシーがこう答える。


「その通りですわ」


 直後、ドロシーはスカートを自らまくり上げる。

 スカートの中には折り畳んだ棒が収納されていた。

 フレッドはそれが何だかすぐに分かった。


「三節棍……!?」


 三節棍とは、三本の棒を鎖で連結した武器のことである。

 三本を繋げ一本の棒として運用することもできるし、時にはそれぞれを分割して振り回しても使用可能。

 変幻自在の武器であるが扱いは難しく、使いこなせる者はごく少数とされる。

 ドロシーはこれを一本に連結させ両手に持ち、姿勢を低くし、構えを取る。

 その姿には歴戦の武術家の風格が漂っていた。


「私を倒せねば、あなた方は控え室にいる方々に手出しすることはできない」


 フレッドはその姿に困惑するが、今はそれどころではないと悟る。

 ドロシーは自分がやりたかったことをやってくれたのだから。

 むしろ令嬢であるドロシーが提案してくれたからこそ、『紅の暴君』は深く考えず要求を飲んだ部分もある。

 フレッドは彼女の聡明さに心から感謝した。


 フレッドも拳を構える。


「これで僕も、思う存分拳を振るうことができる!」


 『紅の暴君』の数、およそ50人。

 そんな大人数と戦う気満々のフレッドとドロシーに、ラドンはあざけりの笑みを浮かべる。


「おそらくは貴族としてのたしなみで格闘技や武術の心得があるらしいが……我々をナメすぎだな」


 『紅の暴君』はただのテロ集団ではない。

 全員が日々訓練しており、先日の王国軍との衝突でも、軍は多数の犠牲者を出した。


「いいだろう、控え室を守ってみせろ。ただし、もし守れなかった場合……控え室にいる連中は最低限の人数を残し、殺すことにする」


 本来ならば、人質に犠牲者ゼロで終わることもあり得た事件だった。

 だが、お前たちが余計なことをしたせいでその可能性は潰えた、後悔しろ、と威圧する。

 そんな威圧に、フレッドとドロシーは臆さない。二人の構えは微動だにしない。


「まずはこの二人を血祭りだッ!!!」


 『紅の暴君』が襲い掛かる。

 よく統率された動きだ。


 ドロシーが叫ぶ。


「ハイィィィィィィ!!!」


 三節棍で打つ、打つ、打つ。

 顎の先端を打ち、脳震盪を誘う。

 鼻と唇の間、人中じんちゅうを突き、昏倒させる。

 足払いを仕掛け、転んだ敵の喉に一突き。

 一人につき一打か二打で確実に倒していく。


 ドロシーの腕前に舌を巻くフレッド。彼にも複数の敵が迫る。

 フレッドは幼い頃より武術に興味を持ち、父にせがんで様々な流派の人間を招聘した。打撃系の格闘技はとりわけ彼を魅了した。

 王国に伝わる格技はもちろん、異国のカラテ、ボクシング、ムエタイ……これらの技術を貪欲に吸収していく。

 彼に教える師範らも、「君に教えられることはなくなってしまったよ」とフレッドの才能を称賛した。


 そんな彼の体術は――


 一発のローキックで、敵の足をへし折る。

 ハイキックは死神の鎌のように、敵の意識を刈り取る。

 アッパーカットで、大の男が天井まで打ち上げられる。

 呼吸を整えた正拳突きは、鎧ごと敵の骨を粉砕するほど。


 ドロシーが四人に囲まれた。


「囲んだぞ!」

「やっちまえ!」


 だが、ドロシーは焦ることなく、棍で地面を突くと、その棍を軸に自らが回転して蹴りを放つ。

 四人はその蹴りでたちまち吹き飛ばされた。


 体術も一流か――フレッドは感心する。


「どこ見てやがるゥ!」


 フレッドに凶刃が振るわれる。

 フレッドはかわさない。防御もしない。なんと、手刀で対抗した。

 パキィン。

 弾けるような金属音とともに、敵の剣は真っ二つ。

 フレッドの手刀が、剣を折ったのだ。


「化け物か……!」


「刃に錆びが見えたからね。これなら手刀でイケると思っただけさ」


 高速で振り回される剣の錆びを見抜く。いずれにせよ化け物だった。

 フレッドの前蹴りが剣を折られた男の腹を射抜く。

 その衝撃は肉を越えて腰骨を折り、男はそのままダウンした。


「ハイァァァァァッ!!!」


 ドロシーの雄叫び再び。

 今までは一本の棒として使っていた三節棍を三本にバラし、縦横無尽に振り回す。

 一見無造作な攻撃だが、いずれも敵の急所を打っており、被弾した敵は吸い込まれるように地面に倒れていく。


「負けていられないな、僕も!」


 フレッドのカカト落としが、敵の頭蓋骨を砕いた。


「ぐはぁぁ……!」


 当然立てるはずもなく、残るはラドン一人となった。


 二人が声を揃える。


「さあ残るはお前だけだ!」

「さあ残るはあなただけよ!」


 50対2から1対2に追い込まれた形だが、ラドンにはまだ余裕がある。


「なるほど、予想以上にできるようだ。だが、今までの戦いを見て分かった。やはりこの俺には勝てん! 二人がかりでもな!」


 ラドンは腰の大剣を抜くと、突っ込んできた。

 二人の実力を見抜いたにしてはあまりにも無策な突撃。

 フレッドはその巨体に次々に拳と蹴りをぶち込む。


「……ッ!」


 確かにヒットした。ヒットしたのに――


「効いてない!?」


「どりゃあっ!」


 ラドンの力任せの斬撃をどうにかかわす。


「ならば私が! ハイヤァ!」


 ドロシーが棍による打撃を幾度も当てるが、やはり通用しない。


「軽いんだよ、お前たちの攻撃は。鍛え抜かれたこの俺には通じん!」


 ラドンが自身の頑強さを頼りに強引な反撃に出る。

 鈍重だが、決して怯まないその猛攻は、フレッドとドロシーの体ではなく心にダメージを与える。


 ついに――


「ぐあっ!」


 ラドンの斬撃がフレッドの右肩を裂いた。


「フレッド様!」


 助勢に飛びかかるドロシーに、ラドンは裏拳を浴びせる。

 ドロシーは鼻血を出す。


「大丈夫か、ドロシー!」


「ええ、この程度!」


 腕で鼻血を拭うドロシー。袖がべっとりと赤く染まった。

 深刻なのはフレッドの方だ。右肩を負傷し、これでは右拳はもう使えない。左拳も威力の低下は免れない。

 背が高く頑強な体を誇るラドンに、首から下への打撃は通じない。狙うなら顔面しかないが、警戒されては顔への蹴りなど当たるものではない。


「そろそろトドメといくか……」


 ラドンが大剣を構え直し、突っ込んできた。


 ドロシーがフレッドを見る。

 フレッドもドロシーの狙いを察する。

 目だけで意志疎通をするアイコンタクト。二人は実戦でやってみせた。


「いくぞぉ、ドロシー!」


「はいっ!」


 ドロシーは棍による突きの構えを取る。


 ラドンは計算する。

 フレッドの蹴りはまず喰らわない。ドロシーの突きは恐れるほどの威力はない。

 ラドンは勝ちを確信する。

 このまま勢いに任せて攻めて、二人ともぶった斬る。

 その後は回復した仲間とともに、人質作戦を再開する。

 ラドンの中で計画プランが立った。


 フレッドは蹴りの体勢に入る。ドロシーも突きを放とうとする。


「無駄だ! 二人まとめて地獄に落ちろォ!」


 剣を振り上げ、ラドンが迫る。

 ドロシーが軽く飛び上がると、フレッドはその足を思いきり――蹴った。


「!?」


 蹴られたドロシーは体ごとラドンに飛んでいく。

 いうなれば、フレッドという射出台から放たれたドロシーという名の超高速の弾丸。

 ドロシーはその速度のまま、ラドンの眉間めがけ――


「ハイヤァ!!!」


 三節棍を突き刺す。


 力、速度、タイミング、さらには“予想外”という要素も加わり、この一撃は完璧なる一撃と化した。


「が……は……ッ!」


 眉間から血を噴き出し、ラドンは背中から倒れる。

 白目をむくその姿は、退治された大怪獣といったところか。


 即席のコンビネーション技を決めた二人は、喜び合う。


「やったなぁ、ドロシー!」


「はいっ!」


 フレッドがドロシーの三節棍に目をやる。


「それにしても、君が三節棍の達人だったとは意外だった」


「私、子供の頃から棒術に憧れがあって、父にせがんで棒術の先生を招いていたんです。やがて、先生から『君なら三節棍も使いこなせるかもしれない』と言われ、使ってみたら相性がピッタリだったんです」


 ドロシーの生い立ちは自分に似ており、フレッドは親近感を覚える。


「僕も三節棍の使い手を見たことはあるが、君ほどの使い手は初めてだよ」


「フレッド様こそ、素晴らしい打撃技の使い手でした」


「ありがとう。だが、お互い未熟でもある。一対一ではラドンを倒せなかった」


「ええ、もっと強くなりましょう!」


 これまでは勝利の美酒を味わっていたフレッドだが、不意に真顔になる。


「ドロシー・ランス、君に話がある」


「なんでしょうか」


 フレッドの顔に貴族令息としての色が宿り、ドロシーもそれに合わせる。


「僕はさっき君との婚約を破棄しようとした。なぜなら、僕は武の道を進みたく思っていて、その道を進んだら決して君を幸せにできないと思ったからだ」


 ドロシーは黙って聞いている。


「だが、今は違う。僕は君の“棍”に魅せられてしまった。僕は君と“武”の道を歩みたい! どうか結婚してくれ!」


 この告白に、ドロシーはにこりと笑う。


「私とてあなたの体術に魅せられてしまいました。どうかあなたの険しい道のりのお供をさせて下さい」


「ドロシーッ!」


「フレッド様っ……!」


 大勢の『紅の暴君』メンバーが倒れる中、二人は抱き合った。


 後にホールに王国軍が駆けつけた時、兵士の一人はこうつぶやいたとされる。


「血痕の中で……結婚を誓い合っている……!」



***



 フレッドとドロシーはめでたく結婚した。


 そして、その直後に「武を極めたい」といって旅に出た。

 『紅の暴君』の一件は周知のところとなったので、もはや誰も止めなかったという。

 というより「あの二人を誰が止められる?」というムードだった。


 体術と棒術を携え、二人の武者修行は続く。


「この先の山には旅人を困らせる山賊がいるという。二人で懲らしめに行こう!」


「いい実戦の経験ができそうですね!」


 若く、才能に溢れた二人は加速度的に強くなっていく。

 しかし、世界は広い。

 今日も二人はまだ見ぬ強敵に立ち向かっていく。


「ドロシー、今日の相手はあまりにパンチが速く、その摩擦熱で拳に炎を纏うそうだ! 楽しみだな!」


「はいっ! 強い相手と出くわしますと、私の三節棍もうずいているのを感じます!」


 婚約破棄の運命から“棍”で結ばれた二人。

 フレッドとドロシーの伝説はまだまだ続く。






お読み下さいましてありがとうございました。

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ぶらっでぃたいらんとぉ~。 何だろう、このチャイニーズ○ラゴン(笑)に通じる残念感ある名前は。 カラテ、ボクシング、ムエタイ > あれ? ファンタジーじゃなかった? ………異世界、ファンタジーになっ…
めちゃくちゃ痛快な話で最後まで一気に読めました! お互い、武の探求者で相性バッチリですね。幸せになって欲しい。あと、三節棍と聞いて昔観たSPIRITSを思い出しました。ジェット・リーがぶん回してたなー
[一言] 最後の部分、ドロシーの言葉 「・・・、私の三節棍もうずいているのを感じます!」 危ないと思います(笑)。 フレッド様の言葉でなくてよかったよかった。 それと一言だけ言わせてください。 「も…
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