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1.旧校舎のロッカー


夜中の旧校舎は、ひどく埃臭い。

ギシギシ音を立てる木造廊下を進みながら、松野榮太郎は呆れたように呟いた。


「ったく。何をやってんだか……」


松野榮太郎。25歳。

私立橋月高校一年五組担任である彼は今、敷地内の外れにある旧校舎にいる。


果てしない残業で学校に一人残っている榮太郎が、作業を中断し、普段は施錠して入れないはずのこんな場所にやってきているのは、不審なものをみかけたからだ。


明滅するような青白い光である。


生徒の誰かが忍び込んで悪さでもしているのだろう、と榮太郎は思った。


旧校舎は築七十年、まだ取り壊されていないだけのオンボロで、施錠はされているが警報はついておらず、周りもロープと張り紙で仕切っているだけ。どこかに教師陣の知らない抜け道があっても不思議ではない。そもそもなぜ榮太郎が出張って来ているかといえば、この学校に夜間警備員が常駐していないからだし、要はセキュリティがガバガバなのだ。


とはいえ、夜の学校に入るのはまちがいなく校則違反。

安全性の観点からも、時間帯を鑑みても、注意せざるを得ない。


だが、注意をして相手が素直に応じるかは微妙だ。

榮太郎はこの学校の着任して1年と1ヶ月。

新しいクラスを持つようになって少し経つが、決してうまくいっているとは言えない。


というか正直、なめられまくっている。


原因はシンプル。一対一なら生徒相手でも誰相手でも普通に接することができるのに、教壇に立ってクラス中の視線が向けられると途端にあがってしまうのだ。

おかげでろくに授業ができた覚えがない。

しっかりしてくださいと教頭先生にも叱られたが、どれだけ落ち着こうとしてもから回ってしまう。


それでも、だから教職を辞めようとまでは思わないほどには、榮太郎はこの仕事が好きだった。



「上だったかな」


本校舎から見た時の記憶を頼りに、構造もよくわからない旧校舎を進む。

階段は今にも踏み抜いてしまいそうなほど脆く、旧校舎が解体されないのは、勝手に老朽化して崩れるのを待っているからではないかとさえ思った。


2階の廊下に出る。

というか旧校舎は2階建てなので最上階だ。

非常灯すらない廊下は不気味なほどに真っ暗で、だからこそ、その青白い光は異質なほどに明るく見えた。最奥の教室から漏れ出た光の筋は、廊下にはみだし、窓にかかっている。これが本校舎から見えたのだ。


(いや、でも待てよ。ちょっと明る……すぎないか?)


スマホの明かりか何かと思いこんでいたが、明らかにそうではない。

少なくとも、最初思った『どうせカップルがいかがわしいことをしているのだろう』という線は薄くなりつつある。ここまで近寄っても、何かの話し声が聞こえるわけでもないからだ。


榮太郎は万が一の可能性も考えて、スマホの録画機能をオンにした。

そして、一番奥の部屋を覗き込もうとしたその瞬間、


ガンッ!


という大きな音が響いたので、榮太郎は飛び上がった。

間違いなくこの教室の中からだ。そう確信できる理由に、さきほどまで煌々と漏れていた光がふっと消えた。


榮太郎は素早く教室の扉に手をかけ、ガラッと開いた。

真っ暗だ。カビ臭い匂いがするだけで、人の気配も感じない。

声をかけてみる。


「だ、誰かいルノカ?」


しかしその声は、自分でも笑ってしまうほど裏返っていた。

ここで隠れている誰かが吹き出してくれればまだよかったが、教室に満ちているのは静寂だけで、榮太郎をますます心細くさせる。


手探りでスイッチを探す。

パチリ――、と音はするが、よく考えれば旧校舎には電気が通っていない。

仕方なく録画を回したまま、スマホライトをつけ、おそるおそる教室を見まわした。


年季物の机と椅子が隅にまとめられている以外、何もない。カーテンの裏も、教壇の下も、棚の中も見たが、誰もいなかった。


(……じゃあ、あの光と音はなんだったんだよ)


謎は深まり、恐怖感も高まるばかり。

まあ、もういいだろう。確認した結果、何もないのだからこれ以上どうしようもない。教員として取るべき姿勢は取ったはずだ。


そう判断をし、教室をあとにしかけて――、榮太郎はハッと気づいた。


教室の隅に、布を被せられた縦長の何かがある。

大きさからして掃除用具入れではないかと思った。

布を取り払ってみると案の定、アルミ製のロッカーが出てくる。


先程鳴ったガンという音を思い出す。

そうだ。あれはちょうど、金属製の扉を閉めるような音だった。

確かに人が一人隠れられそうな大きさがあるし、不思議なことに、他の用具が全て埃をかぶって汚れているのに対して、このロッカーだけは妙に綺麗だった。


(いや、ここで躊躇してたら余計に怖くなる。すっと開けるぞ。誰もいるな。誰もいるなよ〜……)






果たして、開いた先には誰もいなかった。

しかし、掃除用具が入っているわけでもなかった。


旧校舎のロッカーはなぜか、豪華でクラシックな部屋へと続いていたのだ。

シャンデリア、家族が描かれた肖像画、どでかいベッド、高価そうな家具。窓の外には青く晴れた空。

榮太郎は半ば無意識に、ふらふらと部屋に足を踏み入れた。


まるでヨーロッパ時代劇に迷い込んだかのような光景だが、けっして作り物ではなく、現在進行形でここに誰かが住んでいるのだという生活感も感じる。

榮太郎は美しい模様がしつらわれた天井を見上げながら、さらに歩を進める。


「うわ、なんだろこれ。残業しすぎて頭がおかしくなったのかな俺。仕事のストレスから逃れるための幻想? だとしてもリアルだな…………あ」


そして目が合う。

これまたクラシックな、古き良き白黒メイド服を着た一人の女性と。

いつからいたのだろう。

ひょっとして、最初からいたのだろうか。


「…………」


「…………」


なるほど。よれよれシャツ姿の榮太郎なんかより、よっぽどこの舞台に似合っている。メイド服というものを生で見たのは初めてだ――と、感動している余裕はない。

メイドの女性は手に持った箒を握りしめ、榮太郎をこれでもかと睨みつけていた。歓迎されていないことがヒシヒシと伝わり、確かに榮太郎も招かれた覚えはなかった。


「ちょ、違うんです。俺は決して、怪しい者とかでは――……」


「怪しいやつは全員そう言うのよ!!」



次の瞬間、榮太郎は強風にあおられ、真後ろへと吹き飛ばされていた。

ゴン、と言う鈍い音が後頭部から聞こえたなと思ったら、たちまち視界が暗くなっていった。


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