プロローグ
――俺は結構充実している。
友達もいる。彼女もいる。礼儀に厳しいが両親も優しい。
学校は遅刻はよくあるが、無欠席だ。
成績も中の上だ。前の校内テストはクラスで6位だった。
勉強?授業聞いてるだけだよ。
と、周りには言ってあるが家に帰ってやっている。
勉強は嫌いではない。覚えることは好きだ。
というふうに身の回りのことに不満は無かった。
強いて言うなら、一人称を家では僕、外では俺と
使い分けなければならないことぐらいだった。
今日は今まででそう、強く思った雨の日だった。
「早く起きなさい。遅刻するわよ。」
と聞き慣れた言葉で目が覚めた。
俺は寝起きが悪いので起きたと見せかけて二度寝する。
少ししてから、母親のわざとらしい大きな足音で体を起こし、さも起きていたかのような演出をするが、母にはバレバレの様だ。
「分かってんのよ。早く支度しなさい。」
まるで水をかけられたみたいに眠気が覚めた。
下に降り、シャワーを浴び、制服を着て学校に行く。
本当にいつも通りである。
使ってくれと言いたげな可哀想な靴べらを横目に、
靴紐を結び、玄関を出た。
「おはよう!」
と可愛らしげに言う彼女は中学3年生の時から付き合っている、白上千広だ。
今は高校2年だから、付き合って2年ちょっと経つ。
彼女とはダィズニーデートもした。Hもした。
喧嘩もしたことが無い。彼女は写真を撮るのが好きだったし、俺も一緒に撮るのが好きだった。
そういう意味では趣味が同じだったのかもしれない。
何気ない会話をしながらいつも一緒に学校に行っている。
今日もいつもと変わらず学校へ向かった。
俺は汗っかきだから手は繋ぎたくないと言っているのに、
彼女は無理やり繋いでくる。
もう。俺の彼女は可愛いな☆
どこが可愛いか諸君に説明しよう。
俺の彼女は目に入れても痛くないどころか、目に入れたくなるほど可愛い最高ビューティフルな……
「誰か!誰か助けて下さい!」
後ろの方から慌てた様な大きな声が聞こえた。
おい!説明の邪魔をするな!
後ろを見ると、雨なのに傘を刺さず、カバンを大事そうに抱えてこちらに走ってくる黒ずくめの男がいた。
「ひったくりか?ちょっと行ってくる。」
と彼女に言って走り出した。
(今日はいつもと違う、刺激的な日にする予定だったのに、まだ僕を刺激してくれるのか!?)
俺は男の前に立ちはだかった。
自慢ではないが幼少の頃、俺は柔道を習っていた。
受身が得意だ。中学一年生にして、体育の授業で先生に受け身が上手いと見本に選ばれたくらいだ。
男はただ鞄を持ちながらタックルしにきた。
捨て身か?甘い!
俺は男と激しくぶつかった。部活は水泳部だから体幹には自信がある。
俺は地に着けた足で踏ん張ったが、何故か力が入らず
膝から崩れ落ちてしまった。
痛い。力が入らない。痛い。息ができない。痛い。痛い。
右の腹部を見ると、赤く染まった服に何かが刺さっていた。
そして地面に蹲った。
彼女の声が聞こえてきた。ちゃんと目を開けているのに顔が見えない。正直何を言っているかも分からない。
どうせ死ぬのに俺は助かると考えていた。
やっぱり生きたかったのだろうか。都合の良い考え方だ、
と最後に悟った。
段々と目が見えなくなり、感覚が無くなり、意識が無くなろうとしている時に聞こえていたのは彼女の声ではなく雨の音だった。




