さて、魔法とは・・・
複雑に入り組んだお城でも、自分にあてがわれた場所に行くなら案内人は不要。
魔術師団長室へ向かう中、きつめの階段が続いたのは、幹から枝に入ったからだろう。
「うっわ~」
途中、何人ものローブ姿に頭を下げられて到着した広い部屋の、入り口から中を覗いたアンの第一声がこれである。
そこは一つの独立した世界。
天井まで積み上げられた本は山。
執筆途中らしき紙の固まりは岡。
かろうじて床が見える曲がりくねった通り道は川のようで。
平坦な土地に見えるところにも、なにがしらの品物が置かれている。
色とりどりの羽が、独特の軌道を描いてその上を舞い上がり続け、私達を見つけて、チチチっと一鳴きして身を隠す放し飼いの使い魔の気配。
「すごいじゃろ」
「すごい(掃除のしがいがありそう)ですね!」
うん。なんだろう?
この噛み合ってそうで、反対回りの歯車のような会話は?
「こちら空きましたよ」
とりあえず、ソファーとテーブルのセットの発掘は成功したようだ。
平らにならされた本の固まりをテーブルと呼んでいいのなら・・・。
「お茶でいいじゃろうか? これもあるぞい」
魔術師長が首を掴んで振った丸フラスコの中では、黒い液体から細かい気泡が次々に沸いてあふれそうになっている。
「いえ・・・」
「ぜひ!」
え、アンあれ飲むの?
どう考えても刺激物だけど・・・。
貴族のたしなみとして、私は味が濃いものや、熱すぎる物は口にしない。
何が混ざっていてもわからなくなるからだ。
まあ、私はともかく、アンを毒殺したりはしないだろう。
・・・しないわよね?
「故意じゃなくても、結果として・・・」
「お嬢様?」
ぶつぶつ言っている私をよそに、それぞれの前に飲み物が供された。
「ビーカー・・・」
「それしかなくてのう」
いや、恐縮してもらう必要は無い。
透明な容器には利点も多いし。
例えば、ちゃんと洗ってるか、一目でわかるとか。
うん。香りと味は普通ね。
・・・ちょっと飲みづらいけど。
「しゅわしゅわしていて、う゛?」
黒い液体を「甘くて美味しい!」っとごっくんごっくん飲んだアンが、込み上げる何かと戦い始めた。
───彼女の名誉の為、表記自粛───
こらえきれなくなった彼女が、淑女ならざる曖気を盛大に吐き出したところで。
魔法講座の始まり、始まり。
◎ー ◎ー ◎ー
まずは、再確認。
会議室で用意された鏡には及ばないが、それなりに大きい鏡で、光の玉が発生してから消えるまでを何回か見直す。
・・・なんだろう。
画面が光るたびに階段から落ちたり、逆さまに階段をのぼる取り巻き二人を見ていると、軽快な音楽を添えたくなってくる。
「さて、見直してはみたものの、どんなものかの?」
口ひげをいじりながら、質問してくる魔術師長の目がきらんと輝いた。
これは在学中に見覚えがある。
簡単そうだけど実は難しいとか、答えが簡単なのと難しいのの二段構えとか、実はまだ誰も答えを知らない問題だったりした時に。
答えは・・・。
「ぜんぜんわかりません!」
「うむ」
わからない時は、下手に推論せず、受け入れよ。
満足気にうなずいた魔術師長が壁際に移動し、鎖を手繰ると、一見上中下、三枚に見えた黒板が裏に隠れていた、新たな仲間を迎えた。
「今、確認されている属性は?」
「火、水、風、土に、光と闇です」
それぞれのマークが黒板に描かれた。
「発動させられる条件は?」
「魔力持ちで属性に適正があること」
その中央に人の形が。
「制限は?」
「呪文を唱えなくてはいけないのと、魔力量によって発動距離に限界があること。後は障害物を回避するには余計に魔力がかかります」
ここで結ばれた紐が登場。人を囲んだ輪は、中央に刺されたピンに引っかかって、形を楕円から紐の長さの半分の二本線へと姿を変えていく。
さらに障害物として何本か白い四角が描かれて、それを回り込むたび、二本線の先端が届く距離が短くなった。
次に、目標である丸を四角で囲むと、当然、二本線が届く範囲でも先がふれる事はなかった。
「はー。なるほど」
分かりやすい説明。
アンも魔法の基礎は理解できたようだ。
「厳密に言えば、呪文を唱えなくても発動できる人がいたり、透明な物は障害物にならなかったり、集団詠唱により届く距離を伸ばしたりできるけど、これは応用編よ」
魔術師長がうむうむとうなずいているので、間違いや見落としは無いようだ。
「そうなると、どうなるかしら?」
私ばかり答えるのも、あきてきたのでここらで回答権を譲ってみよう。
さすがにパーティー会場にいた全員を調べるのは無理だし。
「まずは、使われた魔法の属性、じゃなくて。本当に事件が魔法で行われたかですね。そうでしたか?」
「うむ、いい質問じゃ。まだ特定できておらんが、魔力の変動は観測されておる」
花丸をつけそうな笑顔で魔術師長がアンの質問を誉めた。
事件が魔法以外で起こったなら、ここにいる必要がなくなるので、一番先に聞いておきたい質問だった。
「なら次は属性ですが、まだわかんないんですよね?」
「今言いきれるのは、闇以外だということだけじゃ」
アンの質問にあごひげを撫でながら、魔術師長が答えた。
火と光は当然光るし、水も風も反射を操れる。土は無理そうに感じられるだろうが、圧力によって石が破壊されるとき、光る現象は確認されている。
闇だけが発動時、光らない魔法。
「なら闇魔法の人は犯人じゃ無いんですね?」
「うむ。集団詠唱でも闇は影響があるのじゃよ」
例えばと、魔術師長が探し始めたのは、たぶん絵の具だろう。
混ぜる黒色の加減が難しいように、闇の魔力はとにかく目立つ。
これで何人かが、犯人では無くなった。
・・・そう、何人か、だけ。
闇と光の属性持ちは、他の四種に比べて圧倒的に、数が少ない。
「会場は閉め切られていましたか?」
「うむ。来賓の控室と会場をつなぐ扉は開いておったが、部屋からつながるのは会場のみじゃ」
ああ、それであの会議室にいた人は捜査できないのね。
「呪文の詠唱を聞いた人は?」
「今のところ報告は無い」
犯人はグループ?
詠唱している人をさりげなく・・・。
いや、あの王子だと聞いてても・・・。
「無詠唱で魔法を使える人は?」
「この国では、わしと、あと何人かじゃな。わしと副魔術師長は王の部屋にいたし、他は任務で王都以外じゃ」
口のなかでゴニョゴニョっと唱える方法もあるけど、横に人がいれば気づかれるはずだ。
「あと、なんか無いですか?」
やはり、何人かが手を組んだか、それとも・・・とか、私が考え始めたあたりでアンの推理も行き詰まったようだ。
なんかって、なによ。こんな質問じゃ。
って? あれ? 魔術師長?
「実は、最近研究中の技術に遅延魔法があるのじゃ」
「遅延?」
「そう。簡単に説明すると、魔道具で発動を遅らせるんじゃな」
「待って! それが本当だとすると」
まずい。このままでは。
「誰でもできちゃうじゃ無いですか!」
アンの言うとおりだ。
どのぐらいまで遅らせられるかにもよるが、犯人は会場にいなくてもよくなってしまう。
そうなれば、王子を狙った人物の特定は、まず不可能だ。
「まあ、まだ開発段階じゃし、一回使うと次に使えるようになるまで時間がかかるし、そもそも一つしかない魔道具はわしが持ってるんじゃけどな」
「な~んだ。脅かさないでくださいよ」
アンに笑顔が戻った。
戻ったけど・・・。
今、その話を、するって、ことは。
「もしかして・・・」
「うむ! この部屋のどこかにあるはずじゃ!」
その部屋は一つの独立した世界だった。
天井まで──以下略。
・・・魔道具ってどのくらいの大きさなのかしらね?
「今日の捜査内容は決まりね。では、ごきげんよう」
「おじょ、おじょ、おじょ、おじょ、お嬢様~っ?!」
任せた。アンの背中を叩いて、私は足早に魔術師長の部屋を辞したのだった。