さて、まずは・・・
「マーダー・・・ライセンス・・・」
触れ慣れていないモノ、初めて出合ったモノを理解する時。人は時間をようする。
ゴクリ。
ようやく、私の言った内容を理解したアンが、物騒な資格とその権限を想像して、ナニカを飲み込んだ。
「で? 誰から殺るんですかい?」
うん。飲み込み過ぎてる。
かい、って。貴女、どの物語の登場人物よ。
しかも、誰から?
まるで、私が普段から、何人も殺そうとか思ってそうじゃない・・・。
「まずはあのボンクラ、次に、ウキャン?!」
戻ってらっしゃーい。
私は、にた~っと変な笑いが、これ以上浮かばないよう、三角耳の中央に手刀を落とした。
「ひどいです~ぅ」
「ひどくない!」
なでなで。アンの頭は獣毛ではなく、髪の毛である。
ショートに揃えた毛並みは背中ほどではないが撫でごごち、良し。
「まあ、今回はちゃんと犯人を見つけないといけないわね」
「・・・?」
ここで「なんでですかぁ?」と聞かれて、華麗に答えを披露するのも気持ちいいけど、うんうんと考えてるアンを見るのも楽しい。
的外れな答えでも、正解でも一緒に笑えるしね。
「ああ! 狙われる御予定があるんですね!」
「無いわよ!」
前言撤回! 笑えんわ!
アンの答えは、微妙に的を外してきた。
大体はあってる。
今回、狙われたのは、あんなのでも、一応は王子だ。
つまり、今。
この国には誰にも捕まらず、警備された場所で重要人物に攻撃できる犯人が潜んでいる。
それだけでも脅威だし、もし、その方法が誰にでも使えたりしたら・・・。
ゆえに、今回は適当に、犯人をでっち上げたりは、できないのよ。
あ。
・・・、モチロン。
コンカイ イガイ モ イタシマセン コト ヨ?
◎ー ◎ー ◎ー
「犯人に近づくには動機を。捕まえるにはトリックを暴く必要がありそうね」
こくこく。
私の宣言にアンがうなずいた。
さすが、同じような本を読んでいるだけあって、理解が早い。
探偵と助手が活躍する物語は、私達の愛読書。
「まずは」
「現場ですね」
アンがどこからともなく◎ーを出してきた。
歪み無く磨かれたレンズがキラリと光る。
◎ー ◎ー ◎ー
光るけど・・・。
「何を探せばいいのかしらね?」
二人して現場にしゃがんでみたのだが。
「髪の毛とか」
「すごくたくさん落ちてる」
「掃除が、なってませんねー」
「魔法による痕跡とか」
「焦げはあるけど・・・。これパイプじゃない?」
「あータバコ。格好つけて落としたんですかねー」
「犯人が回収し忘れた仕掛けの部品とか」
なるほど。
それは重要なんだけど・・・。
「・・・何を探せばいいのかしらね?」
「・・・」
そもそも仕掛けなんか、使ってるのかしら?
◎ー ◎ー ◎ー
「嫌ですよ!」
むう。見てただけなのに、なぜわかった?
犬の鼻を使って犯人を追い詰めたのは、〈H&Wの冒険〉の最新話なんだけど。
「お花の匂いしかしませんよ」
フンフンとアンが鼻を鳴らした。
本物の犬には負けるんだろうけど、それでも犬人族をはじめとした○人系の人達は、人より優れた感覚を持っている。
「ちょっと濃いめかもしれませんね」
スンスン。どんな感じなのかな。
私にはさっぱりわからないけど。
改めて鼻を鳴らせば、慣れて感じなくなっていた桜の香りを再確認できるぐらいだ。
ぶえっくし!
「お嬢様・・・」
「ワタクシではないわよ!」
バッ!
ハンカチを手にしたアンが私を背に庇った。
◎ー ◎ー ◎ー
「いや、すまんすまん」
いつの間にか後ろ、というか広間の入り口から覗いていたのは宮廷魔術師長だった。
後ろでまとめられた長い白髪やひげでわかるように、立派なローブをまとったおじいちゃんだ。
「・・・」
「・・・」
「いや、違うよ?」
アンコンタクトを交わした私とアンに、あわてて魔術師長がワタワタと手を振った。
犯人は現場に戻る、らしい。
まさかこの人がねー、という予想は。
まだ、確定ではない。
◎ー ◎ー ◎ー
「うーうー言わんでほしいんじゃけど」
うーうーと唸りながら、しっぽを立てるのはアンの警戒態勢・その一である。
「ここに何しにきたんですか?」
さっきとは逆に、アンを背中で押さえながら、私は新たな登場人物に聞いてみた。
「お前さん達と同じじゃよ」
事件発生時、王様と王妃様の為に卒業パーティーの様子を魔法で別室に映し出していたおじいちゃんは、私と同様に、容疑者からは外されたそうだ。
とはいえ、魔術師団が関わっている可能性は残されているので、調査できる範囲は限定付き。
「どんな魔法だったか、調べるように言われたんじゃよ」
そう言って杖を掲げると、その先端から緑色の輝きがあふれ出した。
放射状に広がる、何が書かれているかわからない文字付きの目盛り。
ぐわっと、一点から膨らんだ黒い球体が、あの時の魔法の影響範囲だろうか?
新たに現れたラインが、その表面を規則正しく切り分けた。
「何か、分かりました?」
警戒解除。
初めて見る大魔法に、すっかり魅了されたアンがしっぽを振ってる。
「いや、まだ記録だけじゃが」
「そうなんですか・・・」
しっぽ停止。
「軽く、魔法の説明でも」
「聞きますっ!」
何かを研究している人は、大抵、はなしたがりである。
ここでする事もなくなったし、再確認するのもいいかな?
私達は、魔術師団にお邪魔する事になった。