さて、始めますか
「容疑が晴れて良かったですね。お嬢様!」
「そうね」
お尻で潰されていたクッションが、丸みを取り戻すようにアンの声が膨らんでいく。放っておけば、自然とポンポンと弾みだしそうなぐらいに。
彼女は、私の後ろからついてきているから見えないが、たぶん、しっぽもブンブンと元気よく振られているに違いない。
「何で彼らも? って思ってました!」
「何でも使い道はあるものね」
何とかとハサミは使いよう。
・・・公爵令嬢がお城の廊下で「馬鹿」発言もどうかと思うので、ぼかしてみたのだが、王子暗殺犯の容疑を晴らしてくれたのは、公爵家に飛び込んできた、あのお馬鹿だった。
まあ、正確には、そのお父様なんだけど。
「スレイプニルが決めてでしたね」
「あれで間違いなく、私が事件発生時、家にいたって証明されたのよね」
王子が襲われた→犯人はアイツだ!
・・・王子が嫌な顔をするようになったので、近づくのを止めたあと、彼らの中で、私の評価はどうなっていたのだろう?
「すぐさま、逮捕にむかいましたぁっっ!」
とか副団長の三男は叫んでたけど。
何故に、そうなる?
とはいえ、駿馬であるスレイプニルの足でも、途中で追い付きも追い越しもしなかった事実が、現場から私が逃げたのではない証拠になったのだから、皮肉なものだ。
王子の襲撃が物理以外=魔法で行われている以上、実行犯は私では無いのだ。
魔法攻撃って基本、目視できる範囲でしか使えないし。
「けど、余計なお仕事も増えちゃいましたね!」
「アン!」
これは聞き捨てならない。
私は、後ろを振り向いて人差し指を唇に当てた。
「御下命を、余計な仕事とか言わないの!」
「あっ!」
失言に気づいたアンがしゅんとなった。
彼女は、私の──以下略──。しっぽも力なく垂れてるに違いない。
「あれは、ね。ある意味ご褒美なのよ」
「王子暗殺未遂の犯人捜しがですか?」
「そう」
ここは、一つ。
アンを元気づけるべく、ちょっとだけ裏側の説明をしてあげよう。
「王様は、私をこの件の責任者にしたあと、何かおっしゃっていたでしょう?」
「『そなたの見つけた犯人は、王家が
責任持って処分を下す』でしたね?」
うん。ちゃんと聞いていて偉い偉い。
容疑が晴れたあと、私は事件に関係がなさそうという理由で、犯人捜しを仰せ付けられた。
本来ならば、近衛、騎士団、魔術師団の中から担当が選抜されるのだろうが、彼らの多くは、パーティー会場の警備にあたってその場にいたため、ほんの薄くではあるが、容疑がかかってしまっている。
犯人やその同僚に犯人捜しをさせるなどあってはならない。
「どこが、ご褒美なんですか?」
おっとっと。
私が黙ってしまったので、おねだりがきた。
「王様のお言葉なのだけど、大事な部分が無かったのよ」
「大事な?」
「確認後、とか。間違いなければ、よ」
「?」
それのどこがご褒美なんだろう?
後ろを歩くアンの様子はわからないが、先を歩く、案内人も聞き耳をたてているのがわかる。
「こちらになります」
問題だけ出して悪いが、彼には自分で答えにたどり着いてもらおう。あまり言いふらされても困るし。
彼が名残惜しそうに去っていくのと入れ替わりに、ススッと前に出たアンが、お城の公爵家用の部屋へと続く扉をノックした。
「お帰りなさいませお嬢様」
左右に使用人がズラリと、とはならない。
元々お城にきたのが夜なので、もう深夜だ。
出迎えくれたのはアンナ。
名前からもわかる通り、彼女はアンの母親である。
「お母様は?」
「もうお休みです」
おーい! 娘の一大事ですよ?
「お嬢様なら心配無いでしょうとおっしゃって」
・・・まあ、それなら仕方ないか。
「あれ? 照れてます?」
「お前は、もう!」
あーああ。余計な一言を言ってしまったアンがメイド長に捕まったのを尻目に、私は寝室のベッドに倒れこんだ。
◎ー ◎ー ◎ー
ぱちっ!
目を開けた私の目に映ったのは、天蓋のレースから透ける天井だ。
磨き抜かれたように見える天井の木目は、ドームの膨らみにあわせて楕円を重ねている。
「あ、お目覚めになりました?」
パタンと読んでいた本を閉じてアンが立ち上がった。
「はーい。こちらですよー」
ぼーっと頭に霧がかかったような状態の中、洗われたり、食べたり、着替えたり。
着替えたり?
「うぐぇぇぇ!」
絞めるとき足で背中を押すのは間違いでは無い。
「ちょ! ちょお! 出る! 朝ごはんが!」
「あ、やっと本調子ですね!」
く~ぅ。 コルセットが! コルセットが!
締め上げられるぅ!
◎ー ◎ー ◎ー
「それで、何がご褒美なのですか?」
アンにそう聞かれて、私はまだ答えを言って無かったと、思い出した。
別に秘密、というほどでもないが、案内人のいるところで話さなかったあれだ。
「確認後、とか。間違いなければ、まで話したわよね?」
「はい」
「それが無いというのは・・」
「のは?」
「私が決めた犯人を、王家が責任持って処するって事なのよ!」
「えええーっ!」
・・・まあ、それにかまけて、嫌いな人を犯人にしたりは、しないけどね。