え、やっぱりそうなりますか
「はぇ~」
・・・はぇ~って。
後ろからついてきている───はずの───アンの顔は見えないが、どんな様子かはわかる。
たぶん、口をぽかんと開けて、金色の大理石のように見える床の木目を追って、彫刻の施された壁をつたい、内側に生えた枝に咲いた、可憐な花がほのかに光る天井を見上げているに違いない。
「わっぷ?!」
ほら、やっぱり。
ためしに立ち止まってみれば、私の背中にアンがぶつかった。
「何か?」
「いえ」
先を進む男性が、不思議そうに振り向いた。
真っ直ぐに続いている廊下には曲がり角や、交わる道も無いのだから、不意に足を止めた私達を見て、いぶかしげになるのも理解できる。
・・・ついでに、なぜか普段いない後ろに人がいる理由も。
それは、さておき。
案内人。
その名の通り、お城の内部を移動する時、先導する係。
なんだ、それだけかと思われるかもしれないが、非常に重要なお役目である。
王城の外観は変わらないが、内部は時々変化する。
このお城をモンスターのいない迷宮と呼ぶ人もいるぐらいだ。
大抵の場合は王様や皇太子が結婚したり、子供が生まれたり、王位が継承されたり、人事に大幅な増減があった時に変わるようだ。
それで無くても、入り組んではいるのだが。
入り口辺りはまだいい。
よくパーティーや式典が行われる大広間までは、誰でも行けるだろう。
それでも、途中の扉や廊下には、さりげなく警備が配置されているが。
その奥、例えば私の家に与えられた部屋に、家族や使用人以外が、一人で行けるかといえば、難しいに違いない。
他の国のお城だと、増築の繰り返しで迷路のようになってしまっているようだが、この城はどうなのだろうか。
模様まで似せた廊下からの~。行き止まり。
もしくは警備している騎士の詰所。
偶然にしては、できすぎていないだろうか。
重臣クラスでこれなのだから、王族の暮らす場所への行き方は複雑を極める。
そこで、登場するのがこの方々だ。
一見、わからない道など無いですよと澄ました顔だが実際は、交代制。
今もさりげなく。同じ制服の人が入れ替わった。
まあ、自分の担当している道しかわからないのは、警備上仕方がない。
案内人無しでも奥までいける私が特別なのだ。
・・・それも、あと少しの間だけかもしれないけど。
◎ー ◎ー ◎ー
「公爵令嬢。シャーロット様、御入室!」
案内人が声を張り上げて、重々しく扉を開いた部屋は、お城の結構奥の方、重臣の部屋と王族の暮らす境目辺りだった。
これだけでも、事の重大さが伝わってくる。
私の予想が正しければ・・・。
「ひっ!」
後ろでアンが息を飲んだ。
やっぱり。
広い部屋に置かれた長いバンケットテーブルは食事用では無く会議用。
そこに座る方々はこの国の重鎮達だ。
パーティーから直行しましたと主張している服は気合い十分。
そんな人達から一斉に注目されれば、普通? のメイドのアンが気後れしても仕方がない。
「シャーロット、参上致しました」
スカートをちょん、とつまんで持ち上げる。
まあ、一応、まだ王子の婚約者。
このぐらいで、気圧されるわけにはいかない。
ざわざわ。
そんな私の様子を見てうなずく人、首をふる人。
注意深く観察してくる人、あえて私を見ない人。
私もチラッと、伏せた顔を上げてみる。が、特に怪しい行動や表情の人はいない。
さすがに、いきなり、しっぽは出さないか。
あ、一番奥の方に座ってるお父様と目があった。
「よくぞ、参った」
全員、一番奥から発せられたその一言で押し黙った。
「なぜ、そなたが呼ばれたか、わかるか?」
たっぷりと間を開けた静かな声の終わりと同時に、後れ馳せながら、背後の扉が閉じられた。
◎ー ◎ー ◎ー
さて、どうしたものか?
後ろからの光が無くなり、部屋の重厚さが増している。
それでなくても。
質問してきたのは。
上座である。王様である。この国で一番偉い人である。
ただでさえ部屋の空気が重苦しい。
公爵令嬢である私は身分上、階級が上の人には許可なく話しかけてはいけないというルールの元でも、ほぼ自由に誰とも話せたりするが、数少ない自ら話しかけられない人なのだ。
まあ、立場上、プライベートでは砕けた会話もできるけど。
国のお偉いさんが集まっている今の状況は、ガッチガッチのオフィシャルである。
「さぁ、なんでですかね? あはは~」とか。まちがっても言っちゃいけないのだ。
さて、現実逃避もこのぐらいにしよう。
ここまでで0・5秒ほどか。
ちらり。
お父様からの指示は無し。
まあ、十中八九あの件がらみだろうけど。
お父様も含めてこの場にいる人達は、私があの件を知ってるなんて思ってないはず。
そこで「あ、王子の件ですよね?」とか言ったらどうなるかは、火を見るより明らかだ。
ちょっと。ほんのちょっとだけ、やってみたく・・・。
つんつん。背中がつつかれた。
「存じ上げません」
わかってるわよ、アン。子供の頃とは違います!
「今、そなたには、暗殺の嫌疑がかけられている」
ほら。私が言わなくても、他の人が火を点けてくれるんだし。