やっと、推理です
「それで、アントニー二さんが、〈シャーロット ストーリーズ〉って本を持ってきたんです。名前が一緒だから、これを参考にしようって」
「あっ! その本、知ってます」
アンとスジャーナ嬢が読書話で盛り上がる。
ああ、なるほど。道理で既視感があったはずだ。
私が嫌がらせをした覚えのない彼女が、自らでっち上げるわけはないし、男どもが考えたにしては、女同士のねちっとした雰囲気が出てると思ってたのよね。
なんて、考えている内にも、アンとスジャーナ嬢の会話は弾んでいく。
将来の王妃候補ともなれば、話の邪魔をせず気配を消すスキルの習得も求められる。
たまにだが、男同士の話に女が口を・・・、なんて国も存在してしまうからだ。
私が口を挟むとせっかくのアンの───なんか、普通のおしゃべりに見える───頑張りが無駄になりそうなので、ひたすらソファーの端に寄って。
ついでにスジャーナ嬢のカップにお代わりを注いで、のどに良さげなハチミツのビンもそえれば、話しはようやく、核心に近づいた。
「光の玉ですか? はい。飛んできたのとは違っていたと思います。最初からそこにあったみたいに現れて、あっ! と思った時には王子が・・・」
後から、映像でみるのと、実際に体験するのでは、受けた衝撃の大きさも変わるのだろう。
ぎゅっとスジャーナ嬢が自分の肩を抱いた。
「熱いとか、逆に冷たいとか。もちろん風圧でも、何か当たった感触でもいいんですが、そういうのとか、詠唱しているグループを目撃したりは?」
その様子を見ていると、あまり思い出させたくはなくなるが、ここで聞いておかないと、意味がなくなる。
自分もつらそうに質問したアンに彼女は首を振った。
「怪しい行動をしている人はいなかったと思います。そして・・・何も。何も感じませんでした。あんなに近くにいたのに。音さえ・・・。ただ眩しくて目をつむって、グラッと揺れて、目をあけたら、あんな・・・、あんな・・・」
今度は目を覆ってしまった。
人が倒れるような状況、それも親しい人がそうなる場面など、なかなかない。
今も王子の意識が戻らないとなれば、色々考えてしまうのだろう。
なぜ、あの時、目をつむっってしまったのだろう?
なぜ、あの時、倒れるあの人を支えれなかった?
なぜ、あの時、身代わりになれなかった?
なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?
考えて、考え抜いても現実は変わらない。
それでも、考えずにはいられない。
そんな彼女の様子に、私達は、これ以上の聞き取りをあきらめてしまった。
◎ー ◎ー ◎ー
「悪い事をしちゃった気分です」
アンの耳としっぽが力なく垂れている。
「事件解決に必要な事だったのよ。貴女はよくやったわ」
今日もデザートを、じゃないわね。
それでは失礼すぎる。
ぎゅっとアンをハグして、わしゃわしゃって、撫でまわす。
されるがままの彼女は、髪がくしゃくしゃになる頃にやっと、「止めて下さいよう」と笑えるぐらいに回復したのだった。
◎ー ◎ー ◎ー
「とはいえ、手がかりらしい手がかりがないのよね」
今までの調査では、犯人につながる証拠どころか、怪しい人物すらいない。
お話ならトリックをあばいたり、容疑者の行動のおかしなところをついたりするのだが。
まだトリックがどんなものか、誰が容疑者なのかすらわからない。
・・・何か見落としているのか。
正直、ここまで苦戦するとは思っていなかった。
「アンは」
「はい?」
「アンはこの事件をどう考えているの?」
ここは猫の手ならぬ、犬っぽい人の手を借りてみよう。
◎ー ◎ー ◎ー
「この事件の犯人は・・・」
「犯人は?」
「お屋敷にきた人です!」
「ダストングね」
てっきり、「わかるわけないじゃないですか!」と言われるかと思っていたのだけど。
名前が出てこなかっただけで、アンの声には自信が満ちていた。
「彼が王子に危害を加えるとは考えられないけど」
そんな事をしても、彼はなんら得をしないだろう。むしろ、せっかくお近づきになれた権力者(候補)がいなくなるので、損をしてしまう。
「彼の本当の目的は王子ではなかったのです」
調子にのってきたのか、アンが芝居がかる。
たっぷりと間を取って指差したのは、私?!
「考えて下さい。もし、あの場に貴女がいたならば」
婚約破棄された私が──。
「逆上して王子に魔法を使う。あり得ない話しではないですよね?」
──いやいや。ないから。ないない。
顔の前でぱたぱたと手を振る私を無視してアンの演技は続く。
「王子が襲われた。だから反撃した。パーティー用の刃のない飾りの剣でも、おもいっきり叩けば」
まあ、ひどい事になるわね。自分自身が血だまりで倒れてる姿なんて想像したくないけど。
「トリックは魔道具による発動の遅延。前もって何が、いえ小芝居が行われるのを知っていた彼なら、タイミングを調整するのも難しくなかったでしょう」
「はーい。質問。魔道具は使用された形跡がなかったし、そもそもどこに隠したんでしょうか?」
「ふっふっふっ」
おお、鼻で笑ったわね?
「確かに、この国に一つしかない魔道具は使われていませんでした。この国の物は、ね」
なるほど、つまり、国外から持ち込まれたと言いたいのか。
「そして、隠し場所はズバリ! 彼の行動が物語っています」
しゃがみ込んではいたけど・・・。
「絨毯は盛り上がっていなかったわよ?」
私の質問に、アンが幻の帽子の鍔を弾いた。今はかぶっていないが、彼女の山高帽はマジックバッグ機能つきだ。
「なるほど、薄い容器に帽子と同じくマジックバッグ機能を付加すれば隠すのは容易だと」
アンができのいい生徒を誉めるように一つうなずいた。
・・・絶好調ね。まあ、落ち込むよりはいいけど。
「そして最も重要なのは、人違いだったとわかった後の彼の行動です」
なるほど。迷わず、うちに突撃してきたわね。
なぜだろうと疑問だったけど、私を排除するのが目的だったなら・・・。
「まあ、扉が破られても、私がボコボコのボコにしましたけどね!」
フンス! っと鼻息荒く、拳で空気を裂いてアンの説明は終わった。
中々に聞き応えのある推理だと言えよう。
このまま、採用しちゃってもいいぐらいだ。




